第35話 あの日の夢

……夢を、見ていた。


いつも通りの学校からの帰り道。


茜色の空に見下ろされ、1人の少年は、ただただ帰路を辿る。


辺りに人は全く居らず、1人だけのゆっくりとした時間が流れる中、少年はひたすら前に歩き続ける。


足の進むその先に終着点は無く、どこまでも果てしない道が目の前に広がり、いつも通り、そこで夢は終わる。



……筈だった。



気付けば、いつしか道は無くなっており、目の前には小さなボロ公園がポツンと1つ、白い空間に浮かび上がっていた。


辺りを見渡してみると、そこには真っ白な景色が広がっており、先程まであった夕焼けの街は無く、当然、振り返っても少年が歩いてきた道は無い。


その光景を怪訝に思いながらも、再びボロ公園へと目を向ける。


すると、そこには……

























「……」


そして意識は覚醒し、俺は静かに瞼を開いた。


毎朝、同じように見る天井。


何の変わり映えもない景色に、俺はため息を吐きながら、体を起こす。


……また、あの夢か。


俺は、今日見た夢の内容を思い出し、体を伸ばしながら欠伸をした。


何故か、不定期に俺に表れる夢。


夕日に照らされた街並みを、1人の少年が歩くのを、ただただ第三者の視点に立って客観的に眺めるだけの夢。


……だが、今日の夢はなんだかいつもと、少し違ったな。


あの白くて広い空間はこれまでで1度も見たことが無いし、最後に出てきたあのボロ公園だって……


そこまで考えて、俺はある1つの心当たりにぶち当たった。


錆び付いたブランコ、泥だらけの滑り台に、大中小と並ぶ鉄棒。


昨日、心音に告白した時の、あのボロ公園の雰囲気と酷似している。


……いや、そんなまさかな。偶然だろ。


頭に浮かんだその考えを一蹴し俺は、はぁ、とため息を吐いた。


まぁ、そんな夢の話は一旦置いておいて、今日は日曜日。心音から食事を誘われた日である。


時間を確認するために、壁に掛けてある時計を確認する。


時間は丁度、午前7時。


昨日と、ほぼ同じ時間の起床である。


そういえば、昨日の夜は、近くのファミレスで貴音と夕食を摂った後、そのまま真っ直ぐ帰宅した。


本当に荷物持ちをさせられただけで、昨日何か収穫があったとすれば、ねり飴くらいだ。


2個で100円くらいのやつ。


美味しかったから別に良いけど。


そんなことを考えていると突然、


ブー、と滅多に震えることのない俺の携帯端末が、音を立てて光りだす。


携帯から発せられる音と振動は止まず、どうやらメールでは無く着信のようだ。


……こんな時間からいったい誰が。


そう思い、すぐそこに置いてあった携帯を手に取る。


……そういや昨日もこんな時間から貴音に買い物へ連れ出されたんだったな。


そんなことを考え、まさか心音か?と思い、着信元の名前を確認する。


しかし、その予想は見事に外れ、思いもしなかった人物からの連絡であることが判明した。


「……父さん?」


そこに映し出されていたのは『父さん』の文字。


紛れもなく父親からの着信であった。


そもそも滅多なことで連絡してこない父親なので、こんな朝早くからの電話を怪訝に思い、俺は少し躊躇いながらも通話開始ボタンを押す。


「……もしもし、俺だけど。」


あまりにも久しぶりな為、どうやって入れば良いか分からなかったが、とりあえずでそう言うと、それに続く相手からの反応は、意味不明なものだった。


『よぉ、俺だよ、オレオレ。いきなりで悪いけど金貸してくんね?』


「……もう切るぞ?」


どうやら特に要件は無いらしい。


まぁ、昔からこういう面白くも無いふざけたことを言っていたイメージはあったが。


『嘘、嘘冗談だって。』


電話向こうで、はははと笑いながらそう抜かす父親。


しかし、次に発せられた言葉は、真剣な声色でのものだった。


『最近どうだ?ちゃんとした物食ってるか?勉強は付いていけてるか?適度な運動はしてるか?』


急に、子を心配する良いお父さんを出してくる。


……この人の情緒はどうなってんだ。


心の中でそう思いつつも、俺は言葉を返す。


「あんたに心配される謂れはねぇよ。」


『……俺は心配なんて1ミリもしてねぇよ。俺からすれば、お前の近況なんて屁ほど興味ねぇからな。ただ、お前の大好きなママが、心配だー心配だーの大合唱でうっせぇんだわ。』


「……そうかよ。あなたが思うより健康ですって言っといてくれ。」


……確かに、母さんは心配症なところがあるかもしれない。


この前も、大量の食料が母さん名義でアパートの玄関先に積まれていた。


仕送り云々と言うより、絶対に俺を飢え死にさせないという、母さんの強い意志を感じたものだ。


そこで、俺も両親の近況が気になったので、それとなく聞いてみることにした。


「父さんも、母さんを苛めて泣かせたりしてないだろうな?」


『アホ抜かせ、お前は俺と母さんのラブラブ具合を知ってるだろ?俺が今まで母さんを1度でも泣かせたことがあったか?』


お前に心配される筋合いはねぇよ。と言われてしまうが、実は、俺と両親はあまり会ったことがない。


どういうことかと問われると、そのままの意味で、俺と両親が顔を見合わせた回数は、数える程しか無いのだ。


訳あって、幼少時代から俺はこのアパートの近くで祖母と2人で住んでいたのだが、数年前、祖母が他界し、1人になった俺は1人暮しを始めた。


仕事が忙しいという理由で俺を祖母に預ていた両親は、祖母が亡くなった後に、「お前も充分大きくなったし、3人で暮らそうか。」と提案してくれたのだが、俺はそれを断った。


家族と言えど、顔を見合わせた回数だって数える程しかない人達と共に暮らすのは、息が詰まりそうだったから。


嫌だーと駄々をこねる母親を思い出し、ふと懐かしさを感じながらも、頃合を見て話を切り出した。


「……で、前置きはこれくらいで良いだろ?今日電話してきた理由は何だ?」


……この人が理由も無く電話してくる訳がない。


そう本題を話すように、こちらから話を振る。


『……たくっ、可愛くねぇな。』


ボソッとそう呟く父の声が聞こえたが、そこは言及せずに、父親からの次の言葉を待った。


『例のアルバイトをしっかりやってるかどうかの確認だよ。』


「……あぁ。」


……アルバイト。疑問に思ったことは無いだろうか。


俺がどうして1人暮しをできているか。平日の放課後も、休日も働いている様子は無いのに、何故、親の支援も無しで今生活できているか。


その理由は、今の俺のアルバイトにある。


1ヶ月に1度、月の半ば頃に自分の体温、1分間の心拍数、血圧、健康状態。を紙に書いて、その封筒をとある住所に送る。それだけである。


それだけで、このアパートで1ヶ月を余裕で過ごせる程のお金が入ってくる。


初めの方は、『そんな美味い話がある訳ない。』と思いながらも、その怪しさ全開のアルバイトをしていたのだが、どうにも1年経っても何も起きずに、ただお金だけが入ってくるだけだったので正直、怪しむのも面倒になって、それからはずっと1ヶ月に1回のアルバイトを続けている。


そもそも、このアルバイトは父さんが俺に持ってきたもので、 『是非ともやって欲しい。』とお願いされたので、続けているものだった。


一体、俺の体の事情なんてどこに需要があるのか分からないが、まぁ、別に減るもんじゃないし、お金も貰えてるし、どうでもいいや。と考えている。


「……やってるよ。毎月欠かさずにな。そのおかげで俺は今も生きてる。」


『そうかそうか、そりゃ良かった……だが、生活が困難になったら親を頼ってくれても良いんだぜ?』


父親は、何か思うところがあったのか、そんな提案を俺にする。


しかし、


「……それは遠慮するよ。そもそも、1人暮しを始めたら関わらないでくれって2人に言ったのは俺だしな。」


俺は、自分が1人暮しを始める前に、両親に言ったことを思い出しながら電話先にそう言った。


『……そうかよ。』


父さんは、俺の言い分にそう返しながらも、ため息を吐き、「1つだけ」と言葉を零して、語り始めた。


『お前って、自分の都合が悪くなったら人に助けを求めるなんてことは、失礼すぎて出来ない。なんて考えてるのかもしれないが、それは違うぜ。その分、助けてくれた人に恩を返せば良いんだよ。人なんて所詮1人じゃ生きていけない。誰かと助け合って、支え合って、共に生きていくものなんだ。もし、自分は1人で生きてるんだ。なんて考えがあるのなら捨てろ。傲慢なやつは、結局誰からも見捨てられて、本当の意味で1人になる。』


父親は、いつになく真面目な声でそう語った。


「……肝に銘じとく。」


俺はその真剣さに圧倒され、そう返すことしか出来ないまま、話は終わりを迎えようとしていた。


『……じゃ、そういうことでな。そろそろ仕事に戻らないといけないし、また何かあったら連絡寄越せよ。』


「……分かった。」


父親のその言葉に短くそう返すと、父さんは

『じゃあな。』と言いながら通話を切ろうとする。


「……あっ、待ってくれ。」


そこで俺は、慌ててそれを呼び止めた。


『?どした?』


当然の如く、父親はまだ何かあるのかといった様子で俺の次の言葉を待つ。


「……母さんによろしく伝えといてくれ。」


顔も、薄らとしか覚えていない母親を思い出し、俺は咄嗟にそう言った。


父さんは、俺のその言葉を聞いた直後、驚いたように一瞬黙ったが、やがてニチャアと嫌らしい音を立てながら、


『……こりゃ母さん喜ぶぞ?』


と、画面の向こうでニヤニヤと笑っているのが分かるくらいのにやけ具合でそう言った。


「分かった、分かった。じゃあな。」


父親から、次の言葉が発せられる前に、俺は通話終了ボタンを押す。


……要らないこと言っちまったかも。


携帯をベッドに投げ捨てながら、俺の体もベッドに投げ出す。


なんとなくで横になりながら、目を瞑る。


……まぁ、また今度、2人と会うのも良いかもしれないな。


そんなことを考えながら、目を瞑っていた俺は、いつしか眠ってしまったのだった。

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