第29話 罰
「……はぁー、クソ。最悪。」
そう悪態を吐きながら校門を出る。
太陽は既に建物の向こうに姿を隠し、空は藍色に支配され、辺りの風景は夜の訪れを告げていた。
そんな中、俺はあることに苛立ちながら駅までの道を進んでいた。
「……なんかイラついてんな。今朝の意気込み具合はどうしたよ?
そんな俺の名を呼ぶ声が1つ、隣から発せられた。
俺の名前は、
校内でもイケメンと持て囃されており、望むものは何不自由なく手に入れられるのが俺だ。
これまで女を抱いてきた数も覚えていないし、そんなものをわざわざ覚える気にもなれない。
金だって、適当に陰キャくさいやつから巻き上げればどうとでもなった。
……しかし、今の俺は超機嫌が悪い。
理由は、今日の昼にある女子生徒に告ったら振られたからだ。
俺は、学校では優男として通っているだけ、女ウケも良いし、体の関係を持つのだって向こうから喜んで提案してくるくらいだ。
それなのに、あの女は俺の告白を断るどころか、迷惑そうに俺のことを拒みやがった。
「うちの学校の【三大美少女】全員抱いてやるって息巻いてたじゃん。」
そんな俺の荒れた心中を察っさずに、またもや隣の男はそう言葉を発する。
……【三大美少女】。
生徒たちの暗黙のルールが作られた時とほぼ同時期から存在しているとされる呼び名。
その名の通り、女子生徒の中でも飛び抜けた容姿を持つ3人の美少女をそう呼ぶのだ。
生徒会が決めるとか、投票とかそんなことは一切しないが、誰が【三大美少女】になるのかは、生徒間で自然と共有されていく。
その意見が皆に異論も無く受け入れられる理由としては、単純明快。
そう呼ばれる女子生徒の容姿が、頭1つ抜けているからであろう。
うちの学校で美人生徒と言えば、だいたいその【三大美少女】のことを指す。
3年、
1年、
同じく1年、
現在、【三大美少女】とされているのはこの3人である。
ちなみに3年の先輩曰く、今の【三大美少女】がこれまでで1番容姿が素晴らしいとのことだ。
特に、3年の青名端先輩と、1年の白雲は外見的特徴が濃い。
青名端先輩は、ルベライトのような艶やかな赤髪に、儚く輝く琥珀色の瞳。
白雲は、雪のような白い銀髪に、透き通った碧眼。
と、どちらもとても個性的である。
それに、うちの学校は校則が厳しいはずなのに、何故かその2人に関しては、髪色などを注意されているところを見たことがない。
不思議に思ってはいたが、まぁ、そこは【三大美少女】補正とでも思っておこう。
それと、紹介が遅れたが、俺と並んで歩く隣の男は、【山田相馬】という同級生である。
最近仲良くなって、俺のよくつるんでいるやつらと同じグループに入れた。
昨日も、放課後は雨も止んでいたので、イツメンに山田を加えたメンツで遊びに行ったのだ。
そのメンバーで昨日遊んでいる最中に話題に上がったのが、その【三大美少女】である。
また今度遊びにでも誘ってみるか的な話になった時に、俺はふと思い立ったことを、口にしていた。
「誰が1番先に、【三大美少女】の誰かとヤレるかどうか1万賭けて勝負しようぜ。」
ノリのいい仲間たちはすぐさまOKし、全員から1万円を集めて、勝者がその万札を全て持っていけるようにしたのだ。
美少女とエッチができて、金も手に入るなんて得しかないだろ?
「今日にでも藤井ちゃんと寝るとか言ってたじゃねえか。」
そして、今日の昼に俺が告白した相手というのが、藤井真奈である。
もちろん理由はある。
まず、青名端先輩は既に彼氏持ちである。
寝取ればいけるかもしれないが、たかがゲームにそこまでリスクを背負いたくはなかったので、そこで諦めた。
そして、候補が1年の2人になった訳だが、今朝学校に来てみると、何やら白雲に関する変な噂が広がっていた。
彼氏がいるとかいないとか、登校中に2年の先輩とイチャついているのを見たとかなんとか。
噂という形で停滞していたとは言え、ややこしいことになっている渦中に、わざわざ飛び込む必要はない。
と言うことで、俺が狙ったのは藤井だったということである。
藤井は、【三大美少女】の個性的な2人に比べればややインパクトさに欠けるが、そこら辺の女子生徒に比べれば、やはりその容姿は抜きん出ている。
それに一時期、藤井にはある噂があった。
その噂とは……見た目に反して、かなりの男と経験しているビッチだというものだった。
もちろん、眉唾物の可能性はあったが、その噂が本当であれ、偽物であれ、俺が告白して落とせない訳がなかったのだ。
……それなのに。
「まさか振られたのか?お前が無理なら誰が行けんだよ。」
無言の俺に、山田は「はぁ……」とため息を吐きながらそう言葉を零した。
山田も、今回の【賭け】に参加した1人である。
学年でもお調子者で通っているこいつは、基本的には様々なことをズカズカやるやつだが、女性が絡んでくると急に尻すぼみするのだ。
今回の【賭け】にもあまり積極的ではない。
まあ、この件に関しては積極的でない方が俺のライバルが減るということなので、俺としては嬉しいことなんだが。
そんなことを考えながら、電灯が照らす太道を、俺は無言で歩き続けていた。
そして、突き当たりの別れ道を左に曲がり、駅方面へと歩を進めたその時、前方からある1人の少女の姿が大きな満月を背に、近付いて来ているのが見えた。
やがて、その少女は俺の前に立つと、静かに口を開くのだった。
「……こんばんは、今夜は月が綺麗だね。」
「……君の向く方向からじゃ、月は見えないと思うけど?」
俺は、いきなり現れたその少女に優男の仮面を被りながら、そう返答する。
その少女の髪は月の光を吸収し、鮮やかな銀色に輝いている。そんな月の影となる瞳は、光のない深い藍色に染まっていた。
「……そうかな?」
その特徴的な見た目から、この人物はうちの学校に通っている生徒ならば、見間違えるはずがない。
白雲心音である。
彼女は、俺のその仮面越しの言葉に、スっと双眸を細めながら答えた。
この時、俺は内心ではガッツポーズを取っていた。
何故ならば、ここで白雲を落とすことが出来れば、結局俺の勝ちだからである。
そんな頭をお花畑にしている俺は気付かなかった。
少女の表情の移り変わりも、『さっきまで隣にいたはずの山田』がいつの間にか姿を消していたことも。
「そうだ、白雲さん。ここで会ったも何かの縁だし、これから俺と一緒に飯にでも行かない?この時間だとまだ夕飯は食べてないでしょ?」
できるだけ穏やかな口調で、優しく彼女にそう問いかける。
そこで、一瞬悩む素振りを見せた彼女だが、
「……うん、良いよ。」
と、微笑みながらそう返してきた。
俺は再び心の中でガッツポーズを取る。
ここまで順調なら、俺の恋愛テクニックを駆使すれば2人でin the bedはほぼ確定である。
湧き上がる喜びを必死に隠しながら、俺たちは並んで歩く。
……あれ?山田は?
ここでようやく、俺は共に校門を出た生徒の存在を思い出した。
そういえば声を聞かないと思っていたが、先に帰ったのか。
……まさか、気を使ってくれたのだろうか。
俺とこの子が2人きりになれるように。
……もしそうだとしたら感謝しなくちゃな。
後になって考えてみれば、あの空気の読めないお調子者がそんな気を遣わせる訳が無いのだが、俺はそんなことも忘れ、【賭け】に勝ったも同然のこの状況に有頂天になっていた。
そんなこんなで、俺たちは世間話をしながら、駅までの道のりを進んでいたが、不意に思い出したかのように隣の彼女が口を開いた。
「……そう言えば、今日の昼休み、同級生の藤井さんに告白してたよね?」
藤井という言葉を聞いた瞬間、俺の口の中は一瞬にして干上がる。
……不味い、見られてたのか。
さすがに声までは聞こえていなかっただろうが、迫っていたのは誰が見ても一目瞭然であった。
だからこそ2年の先輩が邪魔をしに来たのだろう。
先程まで感じていた余裕はどこに行ったのか、俺は少し慌てながらも言い訳を考える。
「あー、まぁ、そうだけどやっぱり白雲さんが1番だよ。それが今日ハッキリと分かった。」
自分でも何言ってるのか分からない言い訳を必死に並べる。
それを聞いていた彼女は、何か、本当に僅かに口を小さく動かした気がしたしたが、俺はきっと気のせいだろうと結論付け、取り急ぎ話題を変えようと、声を大にして叫んだ。
「そんなことより、何か食べたいものある!?何でも言ってくれて良いよ!金は沢山あるからさ!」
俺は、さりげなく金を持っているアピールを兼ねながら目の前の少女に目を向ける。
すると、その少女は微笑みを絶やさずに、静かに呟いた。
「……【大人しそうな子から巻き上げた金】が、ですか?」
……ッ!?
俺の顔を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳は、全てを見透かしているかのようで、俺の次の言葉を言い淀ませるには充分であった。
「な、何言ってるの?正真正銘、俺がバイトで働いて稼いだ金だよ?」
必死に笑顔を張り付けながら、俺は笑いかける。
しかし、次に少女の口から発せられた言葉によって、俺の仮面は剥がれ落ちた。
「……正直に言わないのならもういいです。お休みなさい。」
「……は?」
そう呟いた次の瞬間、首筋に鋭い痛みが走る。
「いッ!?」
反射的に痛む箇所を手で触れると、そこには小さな注射器のような物が刺さっており……
そこまで理解した途端、体から一切の力が抜け、俺の体はその場に倒れ伏した。
受け身も取らずに勢いよくうつ伏せに倒れたというのに、全く痛みは感じない。
意識も朦朧とし始め、本能でこのままではマズイと感じ、暗転していく世界に飲まれまいと必死に目をこじ開ける。
しかし……
……ダメだ、眠い。
抵抗虚しく、襲い来る睡魔には耐えられず、俺は意識の泥沼の中に落ちていく。
「……これは、あの子にあんな顔させた罰です。もう二度と日の目は見れないと思っていてください。」
意識を手放す瞬間、耳元で女の声で確かにそう聞こえたような、そんな気がした。
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