水の色

「葵君、どれ乗る?ジェットコースターとか乗れる?」


と僕に聞いてきた。


 彼女はいつもより明るく振舞おうとしていたが、差し出した手がかすかにふるえていた。


それもそうだ、クラスメイトとはいえ男と口論をしたんだ。


 怖くないはずが無かった。


 僕のせいで渚さんに怖い思いをさせてしまったせめてものお詫びに楽しんでもらおうと思い、僕も明るく振舞うことにした。


「うん乗れるよ。むかし家族と一緒に乗ったことがあるから平気だと思う」


「やったぁ!じゃああれ乗ろう!」


 この遊園地の目玉になっている絶叫コースターを指さして言った。


 高低差六十メートルで途中縦に一回転するコースになっている。


 順番待ちをしているときに思ったが、ジェットコースターに乗ったのは小学校三年生ぐらいの時で、小さいのしか乗っていた記憶がない。


 こんな本格的なのに乗るのは初めてだなと思っていたら、あっという間に乗る順番になってしまった。


 ジェットコースターに乗り込み安全装置を下した。


「楽しみだね葵君!」


「う…うんそうだね」


 ジェットコースターが動き出す。


「あれ?もしかして緊張してるの?」


 彼女は僕の方を見て言った。


「うん。思い返すと本格的なのこれが初めてかもって」


 僕の心臓の鼓動がドクドクと波打つ。


 ジェットコースターはどんどんと頂上に上がっていく。


「え?それは…」


と彼女が言おうとしたとき、一気に急降下した。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 僕は思わず声が出てしまった。こんなに速いとは思ってもいなかった。


 遊園地のアトラクションだから死ぬことはないのに、走馬灯のようなものがちらちらと視えた。


終始僕は叫びっぱなしで最初の場所に戻ってきた。


「葵君大丈夫?!」


「うん、大丈夫。想像より速くてびっくりしちゃったよ」


「葵君すごい叫んでたもんね」


と彼女に言われて思い出し、恥ずかしくなった。


「葵君ってあんなに声出るんだね」

とさらに追い打ちをかけられたので


「まって恥ずかしいから忘れて!」


両手で顔を隠しながら言った。


「次はゆっくりめのにしようか」


彼女は僕に気を使ってそう言ってくれた。


「そうしてくれると助かるかも……」


 その後も僕たちはいろんなアトラクションに乗った。


 シューティングゲームができる乗り物やコーヒーカップ、ゴーカートで競争もした。


「あ~楽しかった。そうだ最後に観覧車乗ろうよ」


「あそこの大きいやつ?」


「そう!高いところは大丈夫?」


「高いとこは大丈夫だよ」


「ほんとに?無理してない?」


「うん、ほんとだよ」


 彼女はじゃあと言って順番待ちの列に並んだ。


 だいぶ遅い時間になってきて人も少なくなってきたのですぐに乗れた。


 観覧車はゆっくりと上がっていく。


「わぁすごい景色」


 彼女がそう言うので窓の外を見ると街の明かりがキラキラと輝いていた。


 昼間視た色がこの景色で上書きされていく。


「きれいだね」


 僕は心からその言葉が出ていた。


「うん!すっごくきれい!葵君また来ようね」


と彼女は言った。


 今日は情けない姿しか見せていなかったがこんな僕を友達と言ってくれた。


 『また』と次を考えてくれた。


 小さな事かもしれないがそんな彼女の何気ない言葉に、涙が溢れそうになった。


 必死にこらえて僕は


「そうだね」


と返した。


月の明かりか街の明かりのせいか分からないけど、僕が見ていたものはまぶしくてとても綺麗だった。


「家まで送ってくよ」


 電車に揺られながら僕は彼女に言った。


「いいよ葵君そんなことしなくて」


「でももうだいぶ遅い時間だし心配だから」


「そこまで言うならお願いしようかな」


 僕は彼女の森野駅で降りて家まで送っていった。


「じゃあまた学校で」


「うんまたね葵君」


 僕は彼女が玄関を閉めるのを確認した後駅に向かって歩き出した。

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