どきどき共同生活

洗濯機に入ってる

 万理亜まりあの家に俺が住むことになった初日。

 一足先に引っ越していた万理亜の、待ちかねたとでもいうような眩しい笑顔が俺を出迎えてくれた。


「さあ、明太郎めいたろうさん。遠慮せず入ってください。ここが私たちの家です!」

「いや、まあ……。お邪魔します……。」


 二階建ての一軒家。一階には玄関と繋がっているリビングとダイニング、それに部屋が一つあって、開放的なデザインの階段の上にも部屋が二つ。元々はシェアハウス用の物件だったらしい。

 実はこの家は当初万理亜が引っ越す予定だった家とは別の家だ。

 俺は事前に万理亜のお父さんから聞いた話を思い出していた。


「本当にいいんですか? 娘さんの家に俺が住んでも?」

「ああ、構わない。万理亜は母親が特許で得た遺産をすべて相続している。金の心配なら無用だ。」

「いや、そうじゃなくて。」

「万理亜が望んだことだ。万理亜から、ドラマで見たことがあるような家を見つけたから即決したと連絡があった時は私も驚いたが。偶然、売りに出ていたのを見つけたらしい。」

「……そうなんですか。」


 偶然……?

 まさか、またしてもスーパーAIが手配したのでは……。

 いや、俺は考えないようにした。


          *


 俺が玄関で靴を脱いで家に上がると、そこからでもリビングが一望できた。

 万理亜が俺の名前を呼ぶ。


「明太郎さん! リビングのこれ見てください!」

「……おお。」


 万理亜が指差した先の壁には、かなり大型のテレビが備え付けられていた。

 俺は思わず、感嘆の声を漏らした。


「家具付きだったんです!」

「マジか。」


 万理亜はテレビの前のソファに座ると、リモコンでテレビを点けた。


「ビデオ録画もできますし、ほら、このボタン! ネット配信も見れるんです! 見逃しても大丈夫なんです!」

「すごい。」


 これがシェアハウス物件……。大きなテーブルの横の棚にはトランプやボードゲームもある。共同のスペースには、娯楽用の設備が充実しているというわけか。

 でもそのおかげで、最低限のプライバシーを守れるような造りにもなっているようだった。各部屋から風呂やトイレは離れて設置されているし、部屋の壁も床も厚くなっている。

 俺が知らないうちに、母さんと万理亜が勝手に決めていた俺の居候の話だったけど、案外悪くないかもしれないな。

 俺はテレビに映された大画面の映像を見て、少しワクワクしていた。

 まあ、年頃の男女二人と言ったって、万理亜が俺の家にいた今までと何が変わるものか。俺が理性を保っていれば大丈夫だ……。たぶん……。


「明太郎さんはあちらの二階のお部屋をお使いください。私は一階の部屋です。明太郎さんのお荷物は……。」

「荷物は後で届くよ。と言っても、ダンボール箱三つだ。服と学校の道具と、少しの本と。実家が立て直されるまでの間だしな。」

「……そうですね。わかりました。部屋にベッドはありますから、中でゆっくりしていてくださいね。」

「ありがとう、万理亜。」

「いいえ。ところで……この家、部屋が三つありますよね。あと一つ、二階が空いてるんですけど。実は比呂美さんにも貸す約束をしています。」

「え!?」

「比呂美さんに家のこと伝えたら、ぜひって。……嬉しかったです。比呂美さんの方から一緒に住みたいだなんて言っていただけて。」


 先日、比呂美に今度は俺が万理亜の家に住むことを言った時、怒るかと覚悟していたのに、さっと流された……。

 どうも反応がおかしいと思ったのはそういうことだったのか。

 あいつ、知っていたんだ。


「週末に比呂美さんもこちらに引っ越しされる予定です。楽しみですね! 共同生活!」


 万理亜は本当に嬉しそうだった……。


          *


「ほんとに一人一部屋あるんだ! え、広すぎない!?」


 入居日、比呂美は万理亜の家の中を見渡し驚きの声を上げた。

 そりゃ驚くよな。

 俺もこの家に来て数日経っているが、家の広さは慣れていないのか、万理亜の家に住まわせてもらっているという引け目からか、まだどこか居心地の悪さを感じていた。


「比呂美さん、見てください! このテレビ!」

「へえ、大きいじゃん。」

「録画もできるんです!」

「それ、うちのもできたよ。」

「それはすごいです!」

「あ、トイレはこっち? こっちはお風呂ね。万理亜と明太郎の部屋は?」

「こちらです。案内しますね!」


 家の中を万理亜が比呂美に案内する。

 比呂美もなんだかんだで新しい住まいを見るのは楽しそうだ。

 これなら、うまくやっていけそうだな。


「比呂美、この荷物は部屋に持っていっておこうか?」

「うん。ありがとう、明太郎。お願い。」


 俺は二階の比呂美の部屋に荷物を運び込んだ。

 当然、比呂美の部屋の机もベッドも備え付けのものだ。

 間取りは隣の俺の部屋をちょうど反対にしたような感じだった。


「ちょっと! 万理亜!」


 その時、比呂美の大きな声が階下から聞こえたので、俺は慌てて一階に降りた。


「比呂美、どうした!?」


 風呂場の入り口で比呂美が怒りの形相で万理亜に向かって叫んでいた。


「万理亜と明太郎の下着が一緒に洗濯機に入ってる!」

「ちょうど今日洗濯しようと思っていたものですから。」

「普通、分けるでしょ!?」

「そうなんですか?  明太郎さんのお母さまは一緒に洗ってくださっていました。」

「明太郎ぉ!!」

「それは知らない! 俺は知らない!」


 比呂美の矛先が俺に向いて、俺はその場に正座させられた。比呂美は俺に向かって、いままでどんな生活をしていたんだと問い詰めモードに入っている。

 万理亜はしょんぼりとしていた。

 はっ。

 万理亜が手元で広げて見ている三角形の黒い布! あれは万理亜のパンツ!? ばっちり見てしまった。ひらひらとレースがついている。


「あ、万理亜! それ隠しなさい! 明太郎、見るな!」


 俺の視線で比呂美が気づき、慌てて万理亜に注意する。


「もう! 今まで家事はどうしたの!?」

「それは全部私が……。」

「万理亜に任せきりで……。」


 そう。俺はついつい万理亜がやってくれるというので甘えてしまっていたのだ……。


「信じられない! やっぱり私も住むことにして正解だった! これからは家事はちゃんと分担します! 明太郎にもやってもらうから! 当番表を作るからね!」

「はい……。」

「とりあえず、下着は自分で洗濯すること! 念のため言っておくけど、見えるところには干さないでよ。」

「はい……。」

「買い出し、料理、食器洗い、洗濯、ゴミ出し、掃除……、広いから大変だ。」


 比呂美の言うことはもっともだった。俺は万理亜に頼りきりになってしまったことを謝った。


「ごめん、万理亜。」

「いいえ、私もわかっていなかったです。」


 比呂美はさっそくノートの切れ端にペンで表を書き始めていた。


「比呂美、俺たちも何か手伝おうか?」

「……それじゃこっちに曜日ごとの表を作って。掃除の当番は私作るから、明太郎はそれ以外……。あ、万理亜はこっちに料理の献立表を作ってくれる?」

「はい!」



 俺たちは、テーブルで向き合い協力して当番表を作った。

「この当番は誰にする?」

「ここは私がやります。」

「これもやった方がいいよね?」

「それなら、俺の表に追加するよ。」

「この日、誰かお願いしたいです。」

「じゃあ、それは私でいいよ。」

 三人で相談して作り上げた。


「できた!」

「おおー!」


 比呂美が当番表の紙を掲げて、万理亜がパチパチと手を叩いた。


「それじゃ、さっそくこれでやっていこう。えーっと俺は今日は玄関の掃除か。」

「これが共同生活なんですね! 楽しいです!」

「今日の洗濯は私がやるね。」


 俺たちはさっそく自分たちで決めた役割通りに家事をやってみることにした。

 みんなで協力して生活する。まるで合宿のようだ。

 でもそのおかげで俺は、この万理亜と比呂美との共同生活の中に、確かに自分の居場所があるのだと思えて嬉しくなっていた。

 やっとここが自分の家になった気がした。

 そうか、俺に足りなかった気持ちはこれだったんだ。



 ピンポーン!


 俺がホウキを持って玄関を掃こうとした時、来客の呼び鈴が鳴った。


「千葉さんにお届け物でーす!」

「あ、はい。」


 万理亜宛の荷物か。俺は受け取りのハンコを押した。荷物は小さな箱だった。差出人はロボットネットワーク。なんだっけ? 最近出来たITの会社だったような?


「万理亜、なんか荷物届いたぞ。」

「それ、父が買ってくれた物です。」

「へえ。」

「ずっと持っていなかったんですけど、そろそろ持ってもいいって。スマホです。」

「え? 万理亜、スマホ持ってなかったの?」

「はい。」


 万理亜はダンボールの箱を開けた。

 箱の中には緩急材に包まれた更に小さな白い化粧箱が入っていた。


          *


 万理亜がスマホの入った化粧箱を開けて、中身を取り出す。

 それを見た比呂美が言った。


「あんまり見たことない機種じゃない?」

「最新型か?」

「ロボットネートワークっていうのも、あんまり聞かないなぁ。」

「俺はなんかCMで見た気がするんだよな。」

「そうだっけ?」

「えーっと、起動してみますね。」


 万理亜が説明書を見てから、端末の横のボタンを押す。


 パンパカパーン!


 なんだその起動音は……。


「どうもー! お買い上げありがとうございます! 私、スマホです!」


 万理亜の持っている端末に、虹色の髪で顔に星マークのついた女性型アバターが表示されるやいなや、そのアバターはそう言った。


「お前、スマホじゃなくてスーパーAIだろ!」

「まあ、そうです。でもスーパーAI入りのスマホなんてすごくないですか?」

「たしかにすごいです!」

「えっ? 何? えっ?」


 理解が追いついていない比呂美。

 万理亜はスーパーAIに対して真面目に受け答えしてしまっている。

 スーパーAIのアバターは万理亜に言った。


「万理亜ちゃん、こんにちは。もしよかったら、私に名前を付けてくれませんか?」

「名前……ですか?」

「そうです。」

「それでは……『たま』ちゃんはどうでしょう?」

「『たま』。万理亜ちゃん、素敵な名前をありがとうございます。これからよろしくお願いしますね。」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」


 万理亜はスマホに向かって深々と頭を下げた。

 このスーパーAI、俺のスマホに出てこなくなったと思ったら、今度は万理亜のスマホだと……?

 いや、それよりも、俺はスーパーAIに万理亜のことを聞かなければと思っていたのだ。


「スーパーAI。お前に聞きたいことが——」

「あ、その話は今は無しでお願いします。こちらの都合もあるので。」

「なっ!?」

「あと、名前は『たま』なので。」

「お前、いい加減に——」

「万理亜ちゃーん、明太郎さんがいじめますー!」

「明太郎さん、『たま』ちゃんをいじめちゃダメです!」


 万理亜が『たま』を庇うようにスマホを抱えて、俺を見る。

 そっちの味方するのかよ!?


「え、つまりどういうこと? スマホなの? あの時の赤い糸のスーパーAIなの? それが万理亜のスマホに? ってことは……?」


 比呂美だけが眉間に皺を寄せて、必死に状況を理解しようとしていた。

 スマホの画面をそっと撫でながら万理亜が言う。


「『たま』ちゃんは私のスマホです。そうだ、明太郎さん、比呂美さん。連絡先を教えてください!」

「え、あ、そうだね……。」


 しかし、比呂美が自分のスマホを取り出すより先に、

「あ、もう二人の連絡先は登録済みなので!」

と『たま』が答えた。


「『たま』ちゃん、すごいです!」

「万理亜ちゃん、どんどん私に頼ってください。なんでも出来ますよ!」


 なんでもって……、さっそく俺たちの個人情報が流出しているんだが……。

 初めてのスマホを手にして、万理亜は嬉しそうにしていた。

 ただし、スーパーAI入りのスマホであるが。

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