第6話 禁断〜side story

 きっと仕方の無いことなのだ。

 どれだけ好きでも、心の底から愛していようとも、結ばれることはない。

 そういう運命ーーというか、そういう星の下に生まれてしまったのだから。


 どうして姉と妹として生まれてしまったのか、心の中で何度も嘆いた。


 それでも考えようによっては。


 姉妹ならば、一生ほどけない絆がある。もしもお互い結婚してそれぞれの家庭を持ったとしても、姉妹としての絆は決して切れないのだから。

 たとえば愛し合って結婚した二人でも、もしも別れてしまえば、赤の他人となり、もう二度と会うこともない。

 それに比べれば姉妹というのも悪くない。この気持ちを封印して姉妹として生きていくならば。


 ずっと、そう思っていた。


 想いを伝えないことが、私と、そして彼女のためなのだと言い聞かせていた。

 私の想いが暴走しないように、高校を卒業したら親元を離れ彼女と距離を取る。そう決めていた。


 それがあの日--私が家を出ると伝えた日--彼女の想いの方がが暴走した。


「やだっ」

「お姉ちゃんが、どこか行っちゃう」

「好き、お姉ちゃんが好きなの」


 嬉しかった。

 妹がーー瞳が私を好きだと言ってくれた。

 それでも私は姉として、妹を守らなければと思っていた。

 その好きは『姉妹としての好き』なのだと言い聞かせようと思ったのに。


 嘘でしょ、ちょっと待って。

 妹にキスをされて、パニクった。


 私は何度も止めようとしたけれど、妹は「一度でいいから」と、キスだけにとどまらず私を押し倒した。

 こんなにも私を求めてくれるなんて、驚きと同時に嬉しさが体を熱くする。

 流された形ではあったけれど、いつしか私も妹を求めていた。




 あの夜以降、私は妹と出来るだけ顔を合わさないよう帰宅時間を遅くしたり、休日には出掛けたりした。一方で、一人暮らしをする準備をすすめ、早々に--隣の市なので卒業を待たず--引っ越しをした。

 あのまま近くにいたら、今度は私の方が手を出してしまいそうだったから。

 今ならまだ引き返せる。一夜限りの過ちとして忘れることも可能だ。妹には別の人と恋をして幸せになって欲しい。

 辛いけど、そう思って。


 大学に入ってからは、いろんな人と出会い、広く浅くの交友をすすめた。

 心の奥深くで燻っている想いを溢れ出させないように。

 軽い気持ちで付き合ったり別れたりするのは、それなりに楽しいけれど、だんだん虚しさが募っていった。心を偽ることは心をすり減らしていく。


 半年が過ぎた頃、本屋で懐かしい顔に出会った。

「瑠衣さん?」

「あれ、香織ちゃん?」

 後輩の香織ちゃんは、妹の友達でもある。お互いに時間があったので、お茶をした。

 お互いの共通の趣味である小説の話に興じ盛り上がった後、ふいに香織ちゃんが言った。

「瞳、最近元気ないんですよ」と。

「え、そうなの?」


 私は逃げるように家を出たものの、月一くらいのペースで実家へは帰っている。妹と顔を合わせることもあるけれど、以前のように仲良く話すことはなくなっていた。自分が望んだこととはいえ、寂しい。


「2年になった当初は、かなり荒れててそれはそれで心配だったけど、今は意気消沈してるっていうか、かなりヤバい状態かも。瑠衣さん、心当たりないですか?」

「まさか」

 え、それって……私のせいなの?


「瑠衣さん、瞳のこと好きですよね?」

「えっ!」

 妹のことを考えていたため不意打ちの質問に言葉を失った。

「あぁ、もちろん妹だから、好きよ」

 誤魔化せただろうか。

「瞳は好きですよ、瑠衣さんのこと」

 真剣な顔は、誤魔化せてないようだった。

「瞳が言ってたの?」

「言わなくてもわかりますよ、そんなこと」

「そ、そうなの?」

「瑠衣さん、瞳を助けてください」


 

「瞳、入っていい?」


 その日、私は実家へ帰って妹の部屋をノックした。

 返事はなかったけれど、勝手に入ってベッドへ腰掛けた。

 こちらを見る素振りもないから、仕掛けた。

「--そういえば香織ちゃんと付き合うことにしたから」

「--香織から聞いた」

「そっか、それで?」

「は?」

「それで怒ってるの?」

「別に怒ってないし--でも」

「ん?」

「香織を泣かせたら許さないから」

「わかってるよ」



 どうやら賭けには負けたようだ。


 香織ちゃんは「瞳を助けて」と言った。そして、ある提案をした。

 私と香織ちゃんが付き合うことになったと、瞳に教えるのだ。それで瞳が嫉妬して本音好きを伝えたら、私はそれを受け入れる。そう約束をした。


 妹が幸せならそれでいい。

 でも。


「私は泣いてない--」

「もう、何とも思ってない--」

 そう言う妹の顔は、泣き顔に見えた。


「嘘だよ」

「え? 嘘って何が?」

「香織ちゃんと付き合うってこと。瞳の本音が聞きたくて騙した。ごめんね。それに、私が本音を言ってないのに瞳に言わそうとするなんて最低だよね」

「お姉ちゃんの本音って?」

「瞳が好き」

「うそっ」

「私ね、あの夜を忘れようとしたけれど、忘れられなかった。大切な思い出だから。ずっと逃げててごめん。こんな弱いお姉ちゃん、もう嫌いになった?」

「んなわけない。ずっと好きだよ」

「瞳、私も覚悟決めたから、どんな困難も二人で乗り越えていこう」


 二人一緒なら。

 きっと大丈夫だって、今なら言える。


【了】


※ひばりのお話は「きっと仕方の無いことなのだ」という台詞で始まり「きっと大丈夫だって、今なら言える」で終わります。

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