第50話 海王を救ってみた


 海底王国アトランの玉座の間にて。

 ローナは海王に化けていた水月の魔女マリリーンと対峙していた。

 いや、正確には、魔女マリリーンの無数の“分身体”と対峙していた。


「くら――くららららら――ッ☆」「ローナ・ハーミット!」「くらら☆」「あなたの頭脳があろうと」「くららら☆」「本物がどこにいるかわからないでしょう?」「くららら☆」「さあ、あたしの幻に溺れなさい!」「くららららららら――――ッ☆」


 広間に漂っている霧から、魔女マリリーンの分身体が高笑いとともに次々と生まれてくる。

 そんな光景を前に、ローナは……。


(……えっと、どういう状況なんだろう、これ? あれ、御前裁判は……? というか、『くらら』ってなんだろう? 普通、そんな笑い声になる……?)


 いまだに、ちょっと混乱していた。

 ローナとしては、牢屋での暇つぶしに“サブクエスト”をこなしていたら、御前裁判の時間になったので、玉座の間に来ただけなのだが。


 なぜか、知らない女の人がいきなり自白を始めたかと思えば、いきなり戦いが始まったのだ。


(え、えっと、この魔女っぽい人の情報は……これかな?)


 ローナは急いでインターネット画面を操作して、お目当ての情報を発見する。



――――――――――――――――――――

■ボス/【水月の魔女マリリーン】

[出現場所]【海底王国アトラン】

[レベル]60

[弱点]雷・氷・風

[耐性]水・火・地

[討伐報酬]【ダイオウクラゲの魔石】(100%)、【水月の涙】(50%)、【深海のローブ】(20%)、【水月杖クラリス】(10%)


◇説明:メインストーリー8章で登場するボス。

 幻・分身・透明化など、トリッキーな戦術を使ってくる。

 本体の位置を知るために、閃光か広範囲攻撃手段があると便利なほか、空中にいる本体を攻撃するために遠距離攻撃手段がほぼ必須となる。

 ただし、攻撃手段は魔法のみであるため……。

――――――――――――――――――――



(……な、なるほど……レベル60かぁ……)


 かなりの手だれだ。

 そういえば、海王エナリオスになりかわっていたとインターネットにも書いてあった気がする。


「くららら☆」「ローナ・ハーミット」「あなたも、もしかして“魔女”の名を持っているのかしら?」「ただね、それだけじゃあ……」「あたしには勝てないわ」「あたしはこの世界に復讐するために、魔王にだって魂を売ったの」「今のあたしは人間の力を超越しているわ!」「くららららららら――ッ☆」


 魔女マリリーンの分身体が、次々に声をかけてくる。


「あなたにどれだけの力があろうと」「しょせんは人間!」「魔法も使えない今のあなたになんか」「――負けないわッ!」


「わっ」


 そんな言葉とともに、魔女マリリーンの分身体が一斉に襲いかかってきた。

 四方八方から、分身体たちが魔法陣を構築し、そして――。


「溺れなさい! あたしの必殺の水天魔法――」


「えっと、とりあえず――リフレクション」



「アクアレイぃいいぼぼぼぼぉおぼぼぉおぼォオオ――ッ!?」



「からのぉ――星命吸収テラ・ドレイン! 星命吸収テラ・ドレイン! 星命吸収テラ・ドレイン!」



「――あぁああああっ!! 負けたぁああああッ!!」



 20秒で決着がついた。

 魔法しか使えないタイプが相手なら、魔法反射スキルを使っている間に、相手のMPをゼロにすれば勝てるのは当然だった。



「「「………………」」」



 MPを吸われすぎて床でぴくぴくと痙攣している魔女マリリーン。

 それを、この場にいた全員がぽかんとしたように見下ろす。

 いろいろと説明を求めるような視線が、ローナに集まる中――。


(……な、なんか、最後までよくわからなかったなぁ)


 ローナはあいかわらず、ぽけーっと口を半開きにしていた。

 こうして、海底王国アトランの偽王事件は、誰もよくわかっていないうちに幕を下ろしたのだった。



         ◇



「おおおおっ! 出られたぞぉおおお――っ!!」


 魔女マリリーンを倒したあと。

 ローナの牢にあった謎の宝箱を、魔女マリリーンの持っていた鍵を使って開けると。

 ぼふんっ! と、白煙とともに本物の海王エナリオスが出てきた。


 本来は、兵士に隠れてこそこそと城のギミックを解き、海王の寝室にある金庫を開けて鍵を手に入れる……という手順が必要だとインターネットには書いてあるが。

 とりあえず、開けられたので問題はないだろう。



――――――――――――――――――――

■キャラクター/【海王エナリオス・ル・リエー】

 【海底王国アトラン】を統べる水竜族の王にして、【水竜姫ルル・ル・リエー】の父。

 長い年月、海の秩序を維持するために尽力し、人間たちの間では半ば神格化されている。

 海底に封印された【原初の水クリスタル・イヴ】の監視をになっている。

――――――――――――――――――――



(これだけ見ると、かなりすごい人っぽいけど……)


 と思いつつ、ローナが実物に視線を移すと。


「おぉんッ! ルルぅうう――ッ!! 寂しくなかったかぁあ――っ!! パパだよ~っ! ちゅっちゅ~っ!!」


 本物の海王エナリオスは親バカだった。

 そして――。


「「……パパ、臭い。近寄るな」」


「がーん!?」


 ルル×2は反抗期だった。

 それから、海王エナリオスは娘に抱きつこうとした姿勢のまま固まり、ルルをじっと無言で見つめ――。



「…………いや……なんで娘が2人いるの……?」



(……あっ)


 そういえば、ルルを増殖させたことを忘れていた。

 ひとまず、その辺りの事情も含めて、これまでの経緯を説明する。



「――というわけで、古代遺物アーティファクトの暴走によってルルちゃんを召喚して2人に増やしたあと、海底王国アトランで海王様になりかわっていた魔女マリリーンも倒して捕らえて、今にいたるというわけです」



「いや……わしが封印されてる間に、いろいろありすぎではないか?」


 海王エナリオスは、しばらく困惑したようにうなっていたが。


「だが……うむ、わかった。古代遺物アーティファクトの暴走ならば、娘が増えたのも仕方あるまい」


 と、拍子抜けするぐらい、あっさり納得してくれた。


「えっと、いいんですか? そんなにあっさり……娘が増えるとか大事件だと思いますが」


古代遺物アーティファクトの暴走は天災みたいなものだ。誰のせいでもないし、巻きこまれた娘の身が無事だっただけでも幸運といえよう。そもそも……かわいい娘が2倍になるとか最高ではないか!」


「あ、はい」


「それに――結果として、ローナ殿が来てくれたおかげで、我が国は救われたのだからな」


 と、海王は隣にある牢へと視線を向ける。

 その中にとらわれていたのは――。


「…………ふんっ」


 魔封じの手錠をつけられた水月の魔女マリリーンだった。

 MPもなく魔法も封じられているためか、とくに抵抗することなく大人しくしている。


「しかし、魔女マリリーンか。どこかで聞いた名だが……まさかっ! おぬしは1000年前の巫女か……?」


「くらららっ☆ よく知ってるわね。まさか、昔の生贄の名前を覚えてる人がいるとは思わなかったけれど……あたしのことはなんて伝わってるのかしら? 海王をたぶらかして国を滅ぼしかけた悪しき魔女――といったところかしら?」


「む? いや……そんなことは……」



「くらららら☆ ま、もうどうでもいいわ。あたしも、あなたたちも、どうせみんな――ここで滅びる運命なのだから!」



「「るっ!? おまえ、なにするつもりだ!?」」


「するつもり、ですって? くらららっ☆ だから甘いのよ、あなたたちは。もしかして、あたしを負かせば、それだけでこの国が救われると思った? 残念だったわね。言ったでしょう、あたしの復讐はまだ終わってないと――ッ!!」


 魔女マリリーンがそう言った瞬間――。



 ――ごごごごごごごごごぉおお……ッ!!



 と、海底が激しく震えだした。

 城の壁や天井が悲鳴を上げるようにきしむ。


「わっ」


「「るっ!? なんだ!?」」


 あまりの揺れに立っていることもままならず、水竜族たちが騒ぎだす。


「う、うわぁああっ!?」


「海底火山でも噴火したか!?」


「「るっ、違う……そういう揺れじゃない!」」


 まるで海が恐怖に震えて、悲鳴を上げているような……なにか不吉さを感じさせる異様な揺れだった。


「魔女マリリーン! おぬし、まさかっ!」


 海王エナリオスは顔を青くしながら、魔女マリリーンを睨んだ。


「ええ、そうよ――この海底王国アトランに封印された“原初の水クリスタル・イヴ”。やつの封印に傷をつけておいたの。封印を破壊するところまではできなかったけど……この感じじゃあ、長くはもたないでしょうね!」


「「おまえ、なにが目的だ!?」」


「やつの封印が解けたら……この世界が海に沈むぞ!? やつは七女神が総力を結集して、ようやく封印することができた神話の大怪物――人に制御できるものではない! おぬしも、ただでは済まぬぞ!」


「だから言ったでしょう? これはあたしの復讐よ! 人間も、水竜族も、みんなみんな――海の藻屑になればいいのよ! くらららららら――ッ☆」


「くっ……どうして、このようなことに!」


 海王エナリオスが悔しげに歯噛みをする。


「「……げぼく、どうにかならないか?」」


 ルルが不安そうに瞳を揺らしながら、ローナの服のすそを引っ張ってくるが――。


(ど、どうしよう、ちょっと話についていけてない……“原初の水クリスタル・イヴ”ってなに? そんなに強い敵なのかな?)


 とりあえず、インターネットで調べてみる。



――――――――――――――――――――

■ボス/【原初の水クリスタル・イヴ】

[出現場所]【海底都市アトラン】

[レベル]160

[弱点]魔法攻撃(水部分)・物理攻撃(コア)

[耐性]物理攻撃(水部分)・魔法攻撃(コア)

[討伐報酬]原初装備(確定)、アイテムボックス拡張+50、原初のコア(70%)、原初の雫(50%)、原初の涙(10%)


◇説明:【海底都市アトラン】解放後に戦える高難易度ボス。

 世界が創造されたとき【七女神】によって作られた最初の生命体であり、進化・増殖・再生の機能だけを与えられたこの“水”は、この星の表面の7割を海へと変えたとされる。

――――――――――――――――――――



(…………うん、これは無理なやつだね)


 レベル160だし、なんか神によって創られたとか書いてあるし……本当に神話に出てくる化け物だった。今まで戦ってきたどんな強敵よりも、圧倒的に格上だ。


 レベル80の終末竜ラグナドレクすら『ザコ』と言い放ったインターネットの神々も、この敵は強いと認めているし……。


(さすがに、これは私の力の範疇を超えてるなぁ……って、ん?)


 そこでふと、とある文章を見つけた。



『まともに戦うと強いが、ハメ技が存在するため倒すのは楽』



(……ん? んん……?)


 無言で目をごしごしとこすって、ふたたび見るが。

 やはり、『ハメ技』『倒すのは楽』と書いてある。

 今までのパターンからして、この感じは――。


(あっ……これ、普通に倒せそうなやつだ……)


 ローナはしばらく、ぽかんとしてから。


(と、とりあえず、よかったぁ……早くこのことを、みんなにも伝えないとね)


 と、ほっとして、みんなのほうをふり返った。


「あ、あのぉ……みなさん、その怪物についてですが――」


「海王様、祠の封印がほころんでいます! このままではっ!」


「むぅ……海が悲鳴を上げておるっ! これでは、いつ封印が決壊してもおかしくないぞっ! 1年後か、1か月後か……あるいは今日、崩壊するかもしれぬっ! 封印を維持するには、海王の血を引く者が生贄になる必要があるが……」


「え? そんなことしなくても、普通に倒せ――」


「「パパ! なら、ルルが生贄になる!」」


「あっ、ちょっ――」


「…………ならぬ。これは王命だ」


「「ど、どうしてっ! パパはこの海に必要な王だ! だけど、ルルは……落ちこぼれの姫でっ!」」


「……よいか、ルル。おぬしはこの海の未来なのだ。立派な海王になれ。願わくば、そなたが立派な王になった姿を見てみたかったが……」


「「……パパっ!」」



「「「――海王様ぁっ!」」」



(あぁぁ……どんどん言いづらい空気に……)


 海王エナリオスとルル×2が抱き合い、その光景に水竜族たちが涙を流す。

 ローナが言いあぐねているうちに、なんか感動的なドラマがくり広げられてしまったが……。



「――――あ、あのぉ」



 ローナがおずおずと挙手をした。

 それで、ようやく水竜族たちが黙って、ローナの言葉を聞く姿勢になってくれたらしい。

 毎度のことながら、言いづらい空気になってしまったが。



「――私が倒しておきましょうか、それ?」



「「「…………へ?」」」


 ローナがそう口にすると、先ほどまでのしんみりした空気が一変。

 呆けたような沈黙が、辺りを支配した。

 先ほどまで高笑いしていた魔女マリリーンですら、ぽかんとしたようにローナを見つめている。


「え、えっと……倒すとは、“原初の水クリスタル・イヴ”をか?」


「はい! なんか、けっこう簡単に倒せるみたいなので」



「「「…………え、えぇぇ……?」」」



 そんなこんなで、ローナは神話の怪物と戦うことになったのだった。


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