第3章 野望を止めてみた
第15話 さすがローナさん
「というわけで、冒険者カード作りました」
冒険者カードを受け取った翌日。
ローナはできたてほやほやの冒険者カードを、町の門番であるラインハルテに見せていた。
「おお! さすがですね、ローナさん!」
ラインハルテは目をキラキラさせながら、我がことのように喜んでくれる。
それはいいのだが――。
「あのエリミナ・マナフレイムの試験で合格するとは。さすがローナさんだなぁ」
「…………」
「しかも、いきなりシルバーランクなんて、こんなの前代未聞ですよ。さすがローナさんだなぁ」
「…………」
「それでいて、それをひけらかさない落ち着いた態度。さすがローナさんだなぁ」
「…………」
「どうかしましたか、ローナさん? ローナさんのためなら、このラインハルテ・ハイウィンド、火の中、水の中、風の中、雷の中……命を張る覚悟ができていますよ」
「いえ、あの……」
「はい?」
「……そんな感じでしたっけ、ラインハルテさんって?」
最初に話したときは、なんかもうちょっと落ち着いていたような気がするが。
今では目深にかぶっていた兜もなくなり、爽やかな笑顔を浮かべて金髪を風になびかせていた。
「それはもちろん、ローナさんに膝を治してもらったからですよ」
憧れの英雄を前にした少年みたいな顔で、ラインハルテがまくし立てる。
「ローナさんに出会うまでの僕は死んでいたも同然でしたが、ローナさんのおかげで救われて、人生に希望が見えてきたというか……世界ってこんなに美しかったんだなぁと思い出すことができました。ああ、僕もいつかローナさんみたいな、人を救える冒険者になりたいなぁ」
「あ、はい……」
とくに救ったつもりがないローナとしては、強い感情をぶつけられても戸惑うだけだった。
(な、なんか、この人怖い……)
わりとドン引きもしていた。
「それで、ローナさんは今日からさっそく依頼ですか? さすがローナさんだなぁ」
「あ、はい。といっても、常設依頼の薬草採集ですが」
「ほぅ、薬草採集ですか。さすがローナさんだなぁ。それだけの力があるのに慢心せず、そういった地味でも人の役に立つ依頼を受けるなんて。さすがローナさんだなぁ」
「いえ、まずは簡単そうな依頼から始めようって思っただけですが……」
「ちゃんと基礎を大切にするなんて。さすがローナさんだなぁ」
(う、うるさい……)
とりあえず、ローナにとっては冒険者としての仕事は初めてなのだ。
いきなり難しい依頼を受けて失敗するのも怖いし、そもそも戦闘が好きなわけでもない。
というか、下手に戦ったらまた天変地異が起きかねない。
そういう面でも、薬草採集は今のローナにぴったりの依頼だった。
「それに、薬草採集はお金稼ぎに向いてるみたいなので」
「……? 薬草採集が?」
ラインハルテは首をかしげてから。
「ああでも、ここのところ町で奇病が流行ってるって聞きますし……それで薬草の需要が高まってるんですね。たくさんの人のためになるし、そこに目をつけるとは、さすがローナさんだなぁ」
と、1人で納得して、しみじみと『さすロナ』する。
ローナの目的は100%お金のためだったのだが、なんとなく言えない空気にされてしまった。
「でも、1人で冒険に行くのは危険じゃありませんか? 索敵から戦闘から荷物運びまで、1人で全部こなすのは曲芸みたいなものですし」
「そうなんですか?」
きょとんとするローナ。
彼女にはわりと、その辺りの常識がなかった。
つい数日前まで冒険や戦闘とは無縁に生きていたうえに、それからインターネットで冒険について学んだため、常識が完全におかしなことになっていた。
「まあ、大丈夫ですよ。空を飛ぶスキルを持ってるので、いざとなっても逃げられるかなぁ、と」
そう言って、ローナは手に入れたばかりの【エンチャント・ウィング】のスキルを使った。
ローナの背中から、光の翼がふわりと広がる。
その姿はまるで、天使かなにかのようで――。
「………………」
ラインハルテは思わず、ぴたりと固まった。
「それじゃあ、私はそろそろ行きますね」
「………………」
「ラインハルテさん?」
「え? あ、ああ……そうですか。うん、お気をつけて」
「はい」
そうして空を飛んで去っていくローナ。
その少女の背中を、ラインハルテはぽかんと眺め続けていた。
「ローナさんって、本当に天使だった……?」
ちなみに、ローナは翼を見たエリミナが無反応(絶望による硬直)だったので、『これぐらいなら普通にあるスキルなのかな?』と勘違いしていたのだが……普通に非常識なものだった。
各地を冒険してきたラインハルテでも、まったく聞いたことがないスキルだ。
「なんかローナさんと話してると、自分の世界が小さく感じてくるなぁ……」
あまりにもデタラメすぎる少女に、ラインハルテは苦笑を浮かべつつ。
「うん……僕もリハビリ頑張って、少しでも早く追いつこう」
そう気合いを入れて、槍の素振りを再開するのだった――。
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