第358話 マリアの頼み事

(朝を迎えれば校舎内に存在する怨霊も陽光に晒されて弱体化される。けれど、朝まで中の人間が生き残る可能性は……低いわね)



太陽が昇れば校舎内に日の光が差し込み、光を弱点とする怨霊は存在を保てずに消滅する可能性は高い。しかし、夜明けまでは1時間程の時が存在し、それまでの間は中のバルル達が無事に生き延びられる保証はない。


バルル達も異変を察知しているだろうが、外へ抜け出すためには窓か扉から脱出しなければならない。だが、魔物の襲撃の一件で校舎の構造が変わってしまい、現在の校舎は簡単には抜け出せない。それに怨霊も獲物を簡単に逃がすはずがない。



(陽光教会の人間を連れ出して怨霊の浄化に協力してもらうという手もあるけど、時間が掛かり過ぎる。かといって私が中に入っている時に外で問題が起きれば対処はできない……最悪な状況ね)



マリアが校舎内に入ってバルル達を救出し、脱出するのが一番の作戦だと思われた。しかし、もしもマリアが校舎内に入り込めば彼女は外の状況を把握できない。校舎内は既に怨霊の巣窟と化しており、中に入り込めば外部との連絡手段はなくなる。魔力感知も上手く作動せず、もしも外に残した生徒達が危険な目に遭わされてもマリアはそれを知る術がない。



(……これしか方法はないわね)



考えた末にマリアは校舎の近くにいる人間の中から一人の少年を見出し、彼女は屋上から離れて少年の元へ急ぐ――






――校舎の正面玄関に辿り着いていたマオは目の前の光景に唖然としていた。正面玄関は硝子戸なので普通ならば中の様子を探る事ができるのだが、現在の校舎内は暗黒空間に染まっていた。



(何だこれ……中が全く見えない!?)



校舎の中は黒霧で覆われて中の様子が全く分からず、まるで硝子戸が黒色の扉と化していた。マオは何が起きているのかと戸惑い、中にいるはずのバルル達を心配した。


バルトの計らいで先に校舎に辿り着いたマオだったが、先ほどマリアの連絡を聞いて彼は中に入る事を辞めた。しかし、後者の様子がおかしい事に気付いたマオは冷や汗を流し、先ほどから嫌な魔力を感じ取る。



(師匠達はまだ外に抜け出していないはず……)



マリア程ではないがマオも魔力感知の技能を持ち合わせており、意識を集中させて三人の魔力を探すが感じ取れない。魔力が感知できないのであれば既に学校を抜け出してマオが感知できない距離まで逃げている可能性もあるが、何の理由もなくバルル達が校舎を離れるはずがない。



(きっと、まだ師匠達は中にいるんだ!!この黒い霧みたいな物が邪魔をして居場所が分からない!!)



怨霊ゴーストの存在は知らないマオだが、黒霧の正体が闇属性の魔力だと見抜いた彼はバルル達の魔力が感知できない直感で見抜く。



「この霧さえ何とかすれば……」

「マオ、ここにいた」

「ミイナ!?」



後ろから声をかけられたマオは振り返ると、そこにはミイナの姿があった。女子寮の生徒達の避難誘導を行っていたはずのミイナがここにいる事にマオは驚くが、彼女は走って戻って来たのか汗を流しながら校舎の様子を見て驚く。



「……これ、もしかしたら怨霊?」

「怨霊?」

「死んだ人間の魂が闇属性の魔力に囚われて変異した存在……魔物とも違う怪異だと叔母様から聞いた事がある」



ミイナは怨霊の知識をマリアから教わっており、彼女は校舎内に蔓延した黒霧の正体を怨霊だとマオに教えると、改めて二人は正面玄関の様子を伺う。


校舎の内部は黒霧に覆われているせいで把握できず、中に入ろうとすると扉の隙間から滲み出す黒霧が黒腕と化して掴みかかろうとする。そのためにマオとミイナは近づく事ができなかった。



「くっ……師匠達は無事なのかな」

「大丈夫、バルルも生徒会長も簡単にはくたばらない」

「その言い方はどうかと思うけど……マカセ先生も無事だといいけど」



バルルとリンダはともかく、負傷して現在は治療を受けているマカセが一番危ない状況だった。どうにかマオ達は中にいる人間を救う方法がないのかと考えていると、後方から強風が発生した。



「うわっ!?」

「にゃっ!?」

「あら、ごめんなさいね。驚かせたかしら?」



二人が背後を振り返ると、いつの間にか先ほどはいなかったはずのマリアが立っていた。彼女が何処から現れたのかとマオは驚いたが、マリアは正面玄関の様子を確認して腕を組む。



「二人とも近付いては駄目よ。その装備では中に入った途端に生命力を奪われて死んでしまうわ」

「し、死ぬ!?」

「……叔母様なら何とかできるんじゃないの?」

「今回ばかりは私でも手に余る状況なの。だから貴方達の協力が必要なのよ」

「僕達の……?」



マリアらしからぬ発言にマオとミイナは戸惑い、普段の彼女は教え子に頼み事を行うなど滅多にしない。しかし、今回ばかりはマリアも他に手段はなかった。

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