第220話 王妃

「全く、また母親に悪知恵を仕込まれたか……すまんな、リオンよ。儂の方からきちんと叱っておく」

「いいえ、気にしていませんので」

「そうか……それよりもお主のその剣はまさか、アルトの剣か?」



リオンが身に付けている剣に国王は視線を向け、彼はリオンが装備する剣が亡くなった第一王子のアルトの物である事に気付く。彼の死後、アルトの剣はリオンが受け継いだ事は知っているが、今まで彼は兄の剣を身に付けて訪れた事は一度もなかった。



「はい、これは兄上の剣です」

「どうしてそんな物を……身を守るための武器ならばお主にはもっと相応しい物があるだろう」

「いいえ、この剣こそが僕の……私の武器です」



国王の言葉にリオンは否定し、そんな彼の返答を聞いて国王はため息を吐き出す。息子リオンの事を誰よりも理解している彼だからこそ、リオンに相応しい武器は「剣」ではない事を知っている。



「リオン、お前が兄の事を今でも大切に想っているのは嬉しく思う。だが、憧れを抱くのは悪いとは言わんが、お前に必要な物は

「父上、しかし……」

「いいから聞け、お前はアルトとは違う。無理にアルトの真似をする必要はない、お前には兄と違って魔法の才があるのだ」



リオンの兄であるアルトは優れた剣士であったが、彼と違ってリオンには剣才はない。しかし、一方で兄とは違ってリオンには魔術師として才能を持ち、無理に兄の様に剣を武器として扱う必要はないと国王は諭す。


だが、父親からの言葉であろうとリオンは剣を手放す事はなく、彼は死ぬ間際に兄に誓った。それは兄の代わりに彼の夢を果たす事を誓う。



「父上、何と言われようと私はこの剣を手放しません。いずれはこの剣に相応しい男となります」

「お主という奴は……そこまで言うのであれば儂はもう何も言わん」

「ありがとうございます」



リオンの意志が固い事を感じ取ると国王はアルトの剣を装備する事に何も言わず、そして久しぶりに戻ってきた息子との再会を楽しむ。



「さあ、久々に戻ってきたのだ。今日はゆっくりとするがいい」

「はっ……ではそうさせてもらいます」



二人は国王と王子という立場を忘れ、父親とその息子として久々に親子の時間を楽しんだ――






――同時刻、窓から庭園を見下ろせる位置にある部屋にて女性が立っていた。その女性は黒髪が特徴的な女性であり、胸元には様々な宝石の装飾が施されたペンダントを身に付けていた。


女性の外見は20代後半ぐらいに見えるが、実年齢は国王とそれほど変わりはない。黒髪が特徴的で美しい顔立ちをしているが目つきは非常に鋭く、肉感的な体型だった。



「忌々しい……」



女性は庭園を見下ろして一言呟き、彼女の視線の先には国王とのどかに会話を行うリオンの姿があった。彼女の名前は「ダツキ」この国の王妃にしてラギリの母親でもある。


ダツキは狐の毛皮で作り上げたドレスを身に纏い、彼女の事を「狐姫」と呼ぶ人間もいる。ダツキ自身もその異名は嫌いではなく、部屋の中には狐の毛皮で作り上げた絨毯を敷いているほどである。



「ダツキ様、ラギリ様がお会いしたいそうですが……」

「断るわ。今日は顔も見たくないと伝えなさい」

「は、はい……分かりました」



メイドが部屋の外にラギリが訪れた事を伝えると、ダツキは振り返りもせずに伝えた。彼女はラギリの母親ではあるが自分の言い付けを守れなかった子を許す程寛容ではない。


ラギリがリオンを国王と会わせないようにさせたのは全てダツキの指示であり、それにも関わらずにリオンは庭園にいる国王と会ってしまった。そのせいでダツキは機嫌を悪くし、彼女は不甲斐ない息子に苛立ちを抱く。



(本当に役に立たないわね……)



実の息子であろうと自分の命令を実行できなければ顔も見たくもなく、彼女は庭園にいる国王とリオンを見つめて内心で呟く。



(笑っていられるのも今の内よ。いずれこの国を手中に収めるのは私達よ)



ラギリを国王に即位させればダツキは裏でこの国を支配し、その時は目障りな王子リオンを始末すると心の中で誓う――

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