第215話 七影

――同時刻、王都のとある廃屋にて盗賊ギルドの幹部が集結していた。盗賊ギルドを構成する六人の幹部が円卓を囲み、それぞれが黒色のフードで身体を覆い隠す。



(六人、か……やはり、全員が来たか)



同じ幹部と言っても警戒心は解かず、むしろ最大限に高めた状態でリクは席に座る。この場に存在する幹部こそが「七影」と呼ばれる盗賊ギルドの頂点に立つ者達であり、現在はシチが無くなった事で六人しかいない。



『……シチが死んだ』



最初に口を開いたのはリクだった。彼はシチと手を組んでいる事は他の七影にも知られているため、率直にシチが死んだ事を報告する。だが、事前に情報は掴んでいたのか他の幹部たちは特に動揺した様子はない。


暗闇の中なので他の人間の挙動を掴むのは普通の人間はできないが、この場に存在するのは一流の盗賊であり、暗闇の中であろうと他の人間の一挙一動は見逃す事はない。空白となった七人目の席に全員が視線を向け、やがて幹部の一人が口を開く。



『失態だな、リク』

『…………』



予想通りにリクは他の幹部からシチが死んだ事を叱責され、彼は表面上は取り乱さないが心臓の鼓動が高まる。今回の一件でリクはもしかしたら他の幹部に粛清される恐れがあり、それだけは何としても避けなければならない。



『シチは優秀な暗殺者だった。奴を失ったのは盗賊ギルドとしては大きな損失だ』

『そうか?別に暗殺者ならいくらでもいるだろう』

『そんな事よりもシチが所有していた魔杖はどうした?まさか、奪われたのか?』



シチが死んだ事を惜しむ人間もいれば彼女が死んだ事に特に興味を示さぬ者もおり、彼女が所有していた魔杖の方を心配する幹部もいた。また、彼等が言葉を発する時は独特な響きとなっており、男なのか女なのかも分からない。


懐疑の際は幹部は風属性の魔石を加工した特殊な魔道具を使用し、声を隠蔽した状態で話す。同じ幹部といえども徹底的に素性は隠し、決して相手に気を許さない。だから彼等の中にはシチの存在を知らなかった者もいた。



『まさか伝説の暗殺者がエルフの女だとはな』

『リク、お前がシチと繋がっている事は知っている。シチが死んだのはお前の仕業か?』

『ふざけるな、手を組んでいたのは確かだがシチは死んだのは奴がからだ』

『ほう、あくまでも奴が死んだのは奴の責任だと言い張るつもりか?』



他の幹部はシチと協力関係であったリクが彼女の死に関わっているのではないかと疑うが、そんな疑問を抱かれるのは承知済みだったリクは事前に考えていた言い訳を伝える。



『俺がシチに指示を出したのはある女の暗殺だ。その女は元白銀級冒険者のバルルだが、お前達も名前は聞いた事があるだろう』

『バルル……』

『あの狂拳バルルか?』



バルルの名前を口にすると何人かの幹部が反応し、冒険者時代のバルルの渾名を知っている者もいた。



『俺はシチにバルルの始末を命じた。だが、奴は失敗してしまった』

『失敗だと?シチらしくないな……』

『その女はどうしている?』

『現在は教会で治療を受けている』

『始末しないのか?』

『バルルはどうやら魔法学園の学園長のお気に入りらしい。これ以上に下手に手を出せば我々が危ない』

『マリアか……忌々しい女だ』



学園長の話題が上がると幹部に緊張が走り、盗賊ギルドにとってもマリアは恐ろしい存在だった。かつてマリアは盗賊ギルドを幾度も壊滅の危機に追い込んだ存在である。


シチがバルルの暗殺を行おうとしたのは魔法学園の教師であるタンからの願いであり、彼女を始末すればタンは邪魔者がいなくなってこれまで通りに教師として学園に残るとリクに相談した。バルルは学園長とも関りがある相手なのでリクも暗殺を行うかどうかは悩んだが、結局は許可を出した。



(あのシチが暗殺に失敗するとは……信じられんな)



これまでにシチは暗殺対象を逃した事は一度もなく、どんな相手であろうと確実に殺していた。しかし、バルルは襲った時は彼女の死を確認せずに退散し、結果から言えばバルルは死の淵を彷徨ったが最終的には生き延びている。



(シチが暗殺に失敗したせいで奴の正体が世間に知られた。シチらしくもない……まさか、こいつらが裏で手を回したのか?)



バルルが生き延びた事で彼女はシチに関する手がかりを残し、そのせいで長年不明だった冒険者狩りの正体が世間一般に知られてしまう。その事にリクは疑問を抱き、何者かの策略を感じた。


シチが暗殺に失敗した事自体が不思議でならず、もしかしたらシチは罠に嵌められたのかもしれない。彼女と協力関係を築いていたリクだが、シチの行動を全て把握していたわけではなく、もしかしたら彼女を嵌めたのは盗賊ギルドの幹部の中に存在するかもしれないと彼は考えていた。

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