第132話 バルトが選ばれない理由

月の徽章に憧れを抱き、それを目標にして努力する生徒は大勢居る。その中でもバルトは月の徽章に対して強い憧れを抱き、彼は誰よりも努力していた。しかし、何時しか彼の月の徽章に対する想いは変わり始めていた。


切っ掛けは彼が三年生になった時、バルトは自分よりも年下でしかも一年生のリオンに月の徽章が与えられたと知って嫉妬心を抱く。どうして自分ではなく、年下の生徒に月の徽章が与えられるのかと怒りを抱いた彼はリオンに勝負を挑んだ。


しかし、リオンとの勝負では彼は惜敗し、それ以来に変わってしまった。かつての彼は月の徽章に憧れを抱いて頑張っていたが、今の彼は月の徽章を手に入れようとする理由は憧れなどではなく、ただの執着心へと変貌してしまう。



「昔の彼は少しひねくれていたけれど、それでも努力家で他人を貶めるような子ではなかったわ。けれど、リオンに負けてからは卑屈になって自分よりも劣る人間をけなし、誰よりも自分が優れている事を示すような態度を取るようになった」

「それが問題なのかい?」

「ええ、月の徽章を持つに相応しいのは強い探求心を持つ生徒のみよ。昔の彼ならともかく、今の彼は月の徽章を与えるわけにはいかない。もしも彼に月の徽章を与えれば今よりも他人を見下すような性格になって、自分が強くなろうとする理由を失うでしょう」



バルトが未だに強くなろうとする理由は月の徽章を手に入れるためであり、仮にマリアが彼に月の徽章を与えてしまえばバルトは強くなることを辞める可能性もあった。もう彼にとって月の徽章は他の人間よりも自分が優れている事を証明するための勲章でしかなく、昔のような憧れはもう一切抱いていない。


マリアが月の徽章を与えるのに相応しい人物は能力が優れた人間ではなく、探求心が強い人間だけである。そういう意味では魔力量が少ないにも関わらずに一人前の魔術師を目指すために努力を怠らないマオは月の徽章を持つ人物として相応しく、一方でバルトの方は能力は優れていてもを忘れてがむしゃらに月の徽章を手に入れようとする彼には渡せない。



「バルトの奴が月の徽章を手に入れたら先生はあいつが駄目になると思ってるのかい?」

「ええ、目標を失ったあの子は次は何をすればいいのか分からなくなって、きっとそこで成長は止まってしまうわ」

「それだったらどうして放置したんだい?あいつに正直に話せばいいじゃないか?」

「本人にこの話を伝えて納得すると思うの?」

「……まあ、無理だろうね」



月の徽章を与えられない理由をバルト本人に話したところで問題解決するはずがなく、むしろ逆にバルトの怒りを買ってしまうだろう。今の彼は月の徽章に執着心を抱いて強くなろうとしており、結果的には成長していると言えなくもない。


学園長としてマリアは生徒の成長を阻むような真似はしたくなく、だからといってこのままバルトを放置するわけにもいかずに困っていた所、今回の問題が起きて彼女としては内心では良い切っ掛けになるのではないかと思った。



「バルル……貴方はマオ君がバルト君に勝てると思うの?」

「何度聞かれても答えは変わらないよ。あたしは勝って欲しいと思っている」

「もしも負けたらどうするの?」

「その時は……まあ、その時さ」



敗北した場合はバルルはマオを弟子と認めないといったが、本音を言えば彼を本気で見捨てるつもりはない。しかし、マオが少しでもやる気を起こすために彼女は敢えて厳しい言葉を告げた。


マオの強さは知っているが同時にバルトも侮りがたい敵である事は承知しており、はっきり言ってどちらが勝つのか見当もつかない。それでも師としてバルルはマオの勝利を願い、そんな彼女が信じるマオにマリアは願う。



(どうかあの子との戦いで光を見出す事ができれば……彼は前に進める)



バルトにとってはの月の徽章を持つ生徒との戦いであり、一人目の戦闘で敗北した彼は心が折れてしまい、今のように自分よりも能力が低い人間を見下すような存在になってしまった。


もしもバルトがマオに勝てれば彼は自分の強さを証明し、自信を抱いて今よりも尊大な性格になるかもしれない。しかし、もしもマオに敗北した場合は彼がどうなるのか分からない。もう彼を変える事ができるのはマオしかおらず、マリアは学園長として不甲斐ないと思いながらもマオに希望を託すしかなかった――

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