第47話 風の渦
「今日は……とりあえず、中級魔法のスライサーにしときますわ」
「何だと!?その魔法はまだ教えていないぞ!!」
「俺を誰だと思ってるんですか?他人に魔法を習ってばかりだと格好悪いでしょ?」
「す、凄い!!流石はバルトさん!!」
「格好いい!!」
バルトが宣言した魔法は授業ではまだ教えていない中級魔法らしく、彼が使用すると聞いた他の生徒達は騒ぎ出す。しかし、白髪の教師は彼が魔法を発動する前に止めようとした。
「待て!!勝手に魔法を……」
「いいから下がっててくださいよ、巻き添えを喰らいますよ?」
白髪の教師の言葉を無視してバルトは小杖を上に構えると、雰囲気が一変した。先ほどまではふざけた態度を取っていたが、今度は真剣な表情を浮かべて的当て人形に視線を向ける。
彼の雰囲気が変化した事に気付いた他の者たちは誰も止める事ができず、白髪の教師でさえも彼に近付く事ができなかった。やがてバルトは小杖を円を描くように振り回すと、彼は魔法名を唱えた。
「スライサー!!」
「うわぁっ!?」
「な、なに!?」
「馬鹿なっ……!?」
バルトが魔法を唱えた瞬間、彼が振り回す杖から「渦巻」が誕生した。風の魔力で構成された渦巻は徐々に規模が大きくなり、それにつれてバルトは汗を流す。
「くぅうっ……」
「止めろ、バルト!!それ以上に大きくすればお前が……」
「まだまだっ!!」
きつそうな声を上げながらもバルトは杖を振り回すのは辞めず、どんどんと風の渦巻は大きくなっていく。それを見た白髪の教師は慌てて他の生徒に声をかけた。
「お前達、巻き添えを喰らうぞ!!下がれ!!」
「ひいっ!?」
「に、逃げろ!!」
「バルトさん、止めてくれ!?」
さっきまで騒いでいた生徒達も教師の言葉を聞いて距離を置き、その一方でバルトは杖を止めると彼の頭上には「円盤」のように回転し続ける渦巻が形成されていた。
「へっ、良く見てろよ……いくぞおらぁっ!!」
「いかん、全員伏せろ!?」
『うわぁあああっ!?』
バルトが杖を振り下ろした瞬間、彼の頭上に形成されていた円盤のように変形した風の渦巻が放たれる。渦巻は派手な土煙を舞い上げながら標的の木造人形の元へ向かい、粉々に吹き飛ばす。
木造人形は渦巻に飲み込まれた瞬間に木っ端みじんに砕け散り、やがて魔法の効果が切れたのか渦巻は膨れ上がると飲み込んだ木造人形の破片が周囲に飛び散った。この時に破片の一つが女子生徒の一人に目掛けて飛んできた。
「きゃああっ!?」
「危ない!!」
女子生徒に目掛けて吹っ飛んできた木片に対して動いたのはリンダであり、彼女は女子生徒の前に立つと右拳を繰り出す。この時にマオはリンダの右腕に風が纏う光景を確認し、まるで「竜巻」のように風を纏わせた拳でリンダは木片を殴りつける。
木片は彼女の右拳が衝突した瞬間にさらに粉々に砕け散り、腕に纏った竜巻に吹き飛ばされた。それを見たマオは驚きを隠せず、彼女は小杖を利用しないで魔法を使った。しかもリンダの場合は魔法名さえも唱えていない事に気付く。
(何だ、今の!?魔法じゃないのか!?)
リンダが魔法を使った様子は見られず、まるで彼女の身体に風が纏ったようにしか見えなかった。この時にマオは初めてリンダと出会った時の事を思い出し、彼女はマオを追いかけてきた時も今の様に風を纏った事を思い出す。
(身体に風を纏う……魔拳士……そうだ、思い出した!!)
マオは昔読んだ絵本の中に魔法の力を自分の肉体に宿して戦う「戦士」を思い出した。この戦士は魔術師のように杖などの武器で魔法を使ってたたかうわけではなく、自分の肉体に風や炎を纏わせて敵と戦っていた。
今の今までマオは忘れていたが、魔術師の中には自分の肉体に魔力を宿して戦う存在が居る事を思い出す。そのような人間は「魔拳士」と呼ばれ、彼等は普通の魔術師のように魔法を扱う事は不得手とするが、自分の肉体に宿す魔力を利用して独自の攻撃法を生み出す事ができる存在だった。
(リンダさんは魔拳士だったんだ……それにしてもさっきのあの人、とんでもない魔法を使ったな)
木造人形を木端微塵に破壊したバルトにマオは冷や汗を流し、確かに魔法は凄かったが下手をしたら大惨事になっていた。もしもリンダが女子生徒を庇わなかったら今頃女子生徒は酷い怪我を負っていた。白髪の教師もバルトの行為に怒りを抱き、彼に詰め寄る。
「き、貴様!!何を考えている!!」
「はあっ、はあっ……どうですか先生?俺の魔法は?凄かったでしょう?」
「ふざけるな!!危うくお前は自分の仲間を傷つける所だったんだぞ!?」
「仲間?俺に仲間なんていませんよ、それに俺は失敗なんてしていない。そうでしょう、先生?」
「ぐぬぬっ……」
バルトの言葉に白髪の教師は怒りを抱くが、彼自身は魔法を失敗したわけではない。確かに魔法は的当て人形を破壊し、その際に木片が女子生徒に吹き飛ぶという事故は起きたが、魔法の実践を行う授業では事故などよくある事だった。しかし、それでも危うく同じ学年の仲間を傷つけかけたというのにバルトは悪びれもしない。
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