108.やっと手に入った――SIDE前魔王

 ――やっと手に入った。憑依の仕掛けはしたが、ずっと水面下で動けずに我慢したのだ。奪った体は幼いが、最高の依代だった。


 何より、あの忌々しい竜女王の番だと言うではないか。これならば、一泡吹かせてやれる。にやりと笑った俺は、右手に炎を呼び出した。


「っ、カイ!」


 顔色を変えて騒ぐ声の、なんと心地よいことか。わざと手を核に燃やしながら炎を操る。痛みに弱い孫は、内部でぽろぽろと涙を溢した。痛い、助けて、そんな声を口に乗せる。それだけで狼狽える連中がおかしかった。


 殺される少し前、俺は魔族の女の腹に我が子を宿した。自我は必要ない。ただの傀儡だ。胎内で成長する子に、外から魔法陣を刻んだ。本体である俺に何か起きれば、魔力や記憶を含めて転移するためだ。避難場所として用意した。


 歴代最強の竜王ならば、戦う前に仕掛けをするのは当然だ。我が子に憑依し、その後、変わった能力を持つ人族の女に孫を孕ませた。血筋は孫だが、実際は子と変わらぬ。女達の持つ能力を受け継ぎながら産まれた孫は、自我があった。


 計画がここで狂う。自我などないはずの子は、幼いながらも俺を封じた。まるで母を守るように。俺の子に犯された記憶を都合よく忘れた女は、赤子に愛情を注いだ。その分だけ、孫は俺を奥へ押し込める。


 面倒だが様子見した俺にチャンスが回ってきたのは、皮肉にも竜女王の影響だ。嫉妬――暗く重い感情が、俺の憎悪の糧となった。膨らませて同化させ、体の支配権を奪う。


 計画は狂ったが、結果は予想通りだ。この女は、番を傷つける事ができない。俺の攻撃を防ぐことはあっても、この体に対して力を行使できないなら……口元が緩んだ。


「俺の勝ちだ」


「カイを返せ。私の命ならくれてやる」


「ふん。そう簡単に投げ出される命は要らん。この体を傷つける方が、貴様は傷つくはずだ」


 息を呑んだ彼女の顔が歪むのが、これほど心地よいとは。孫よ、お前を自由にさせてよかった。これで我が悲願が叶う。褒美に、お前から消してやろうか。


 痛いと泣き叫ぶ番を目の前で奪われ、何も出来ず項垂れる首を落としてくれる。あの日の俺と立場を入れ替えて、再現しよう。


 一歩踏み出した瞬間、右手の炎が消えた。痛みが消えて、皮膚が再生されていく。驚いた俺の足下に、初めて見る魔法陣が浮かんだ。後ずさるも付いてくる。


「なんだ、これは」


「俺はその子を気に入っていてな。味方するには、この程度の理由で十分さ」


 魔法陣の扱いに長けているのか、ツノや翼を見せつけるように現れた魔族は、黒い前髪をかき上げた。


「何者だ」


「一応、お前の後釜候補だ」


 魔王候補に名を連ねたとあれば、魔術に長けている。油断できないと気を引き締めた。

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