107.呪術なんかに負けないで――SIDE竜女王
目が見えなくなって、翌日は足が動かなくなった。両手、耳……聞こえないと不安そうに抱き着く番に何もしてやれない。医者ではなく、複雑な魔術も使えない自分が悔しかった。
「何とかする。くそっ、進行が早すぎる」
魔法陣を紐解くラーシュは、苛立ちで机を叩いた。だがすぐに、手を動かし始める。苛立ちに叫んでいる時間も惜しいといった彼の様子に、私はカイを強く抱き締めるしかなかった。
「カイ、皆が待ってるわ。頑張って。私の大切な番、命より大切な私のカイ」
聞こえないと承知で何度も声をかける。見えなくてさ迷う瞳を覗き込み、頬や額にキスをした。まだ感覚は生きているから、取り戻せるはずよ。呪術なんかに負けないで。
小さくて、幼くて、純粋で。私が強く力を籠めれば、折れてしまいそうな体は細い。こうなるまで、この子がこんなに細く弱い存在だと認識しなかった。私にとっては陽の光より温かく、誰よりも大きな存在だわ。身代わりになれるなら、私の目も耳も差し出すのに。
「愛してる」
囁く私の声に反応はない。いつもなら「僕も大好き」と返してくれる、その声がないだけで泣きそうだった。腕の中のカイを引き寄せた時、何か呟いた。いや、声ではない吐息だ。何かを堪えるような呼吸の直後、悲鳴が唇から飛び出した。
痛い、怖い、早く助けに来て。そう泣き叫ぶカイの内側で何が起きているのか。動かない手足であっても自傷する可能性があり、両手足に靴下や手袋が嵌められた。涙を流しながら、必死で訴えるのに何もしてあげられない。
徐々にカイは動かなくなり、それが怖くて全身で抱き締めた。温めれば大丈夫よ、必ず助かるの。死という単語を思い浮かべることさえ怖かった。
丸くなろうとするカイの体は不自然に強張り、肌の色が変化する。赤黒くなったと思えば、青ざめて色が抜けていく。やがて落ち着いたのか、やや黒ずんだ状態で悲鳴が止まった。
涙に濡れた赤い瞳がぱちりと瞬き、カイは何もなかったように視線を動かす。ぼんやりと焦点が合わなかったカイと目が合った。
「……あ、すっ」
掠れた声が途中で止まり、けほんと咳き込む。水を与えてもう一度目を覗いた。やはり見えているらしい。安堵の息を吐いた私は、番に頬ずりした。
「カイ、もう大丈夫よ。耳は聞こえる?」
声はないがこくんと頷く様子に、全身の力が抜けそうだった。カイを抱いたままベッドに座り、数日で艶が褪せた黒髪を撫でる。こんなに髪が硬かったかしら。まだ手足は上手く動かないようで、ぐったりと私の肩に首を預けたまま脱力していた。
「愛してるわ」
先ほどと同じ愛の言葉を紡いだ時、カイは笑った。でもその顔は、私が知るカイではなくて……どこか黒く薄暗い感じを残す。アベルとラーシュが顔を寄せて何か話す様子を横目に見ながら、私はカイをベッドに横たえた。距離を置くが、カイは手を伸ばすこともしない。
「っ……お前は?」
両脇についた腕に閉じ込めた幼子は、私の番の姿だった。だが違う。大切な私のカイではない。睨みつける私に、幼子は邪悪と表現するに相応しい笑みを浮かべた。
「もう遅い。この体は俺のものだ」
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