86.完全なる勝利――SIDE竜女王
幼いカイは不安定で、注意しなければ壊れてしまう。理解しているつもりで、忘れていたらしい。配慮が足りぬと魔族ラーシュに指摘され、悔しさに声を荒らげた。
ラーシュは心を読むことに長けた魔族だ。かつて何度も争い、諍い、和睦した。時には戦で私の味方をしたこともある。変わり者の魔族は、悪友と表現するのが近いか。
不安に揺れるカイを落ち着かせ、檻を壊すラーシュを見守った。今は私が動かぬ方が良いだろう。カイを泣かせるくらいなら、この哀れな子ども達を見捨てることも厭わない。嫌な音を立ててひしゃげた檻の鉄格子の間から、ヒスイは中に入り込んだ。次々と連れ出して、整列させる。
「魔族の子は、この場で貰い受ける」
ラーシュの言葉に頷く。すでにヒスイにより、種族別に分けられた子ども達の一角が消えた。転移を地下で使うほど、魔族の魔法は質が高い。イース神聖国は「悪魔の一族」として魔族を蔑んだが、元の意味は「魔法に優れた一族」だ。
人族は僅か100年ほどで寿命を終える。誰かが作った嘘の情報を信じ、裏を調べる時間も知恵もなく溺れて従う。奇妙な連中だが、繁殖力はどの種族より強かった。地に溢れた人族は、我が物顔で他種族を見下す。
舌打ちしそうになり、目に入ったヒスイの姿に自嘲した。いや、愚かなのは人族だけではない。最強と謳われる竜族も同様だった。私が即位する前の竜王は、竜族以外を下等と定めた。奴隷より下の家畜として存在を認める、と。
よき友人であった熊獣人が殺されたことで、私の怒りは爆発した。今にしても思えば、あれも差別ではないか。獣人はドラゴンより劣ると決めつけ、一方的に支配しようとした。抗う者を殺して、黙らせようとする。暴力が伴うのは、今回の事件と変わらない。
竜族はその優れた力で捩じ伏せ、人族は力が足りず幼子をターゲットとしただけのこと。深呼吸して、ラーシュが消えた牢内を見回した。この地下牢を壊すのは簡単だが、愚かな所業の証拠として保存してやろう。
「さあ、ここから出ましょう。家族が待ってるわ」
促す声に押され、子ども達は外を目指した。暗い階段も、じめじめした壁も恐れず。ひたすらに地上を求め、明るい日差しに目を閉じて立ちすくむ。しかし後ろからせっつかれ、再び足を踏み出した。
かつて味わっていた自由と明るい日差しを、家族の愛を取り戻すために。目を慣らすのは竜族より獣人の方が早かった。
「わっ! 明るい」
「あれはお母さん?」
「おとうさん! お母さん!」
迎えに来た家族を見つけて、一人また一人と離れていく。そこへ竜族の親達も到着し、さらに感動の輪は広がった。
「みんな、よかったね」
にこにこと笑顔を振り撒く番の頬に頬を押し付け、私は暗い過去を吹き飛ばすように勝利の声を上げた。
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