32.婚約式をしたいの――SIDE竜女王

 お昼休みがこれほど楽しみなのは、可愛い番が部屋で待っているから。浮かれる足取りの私は、書類片手に話しかける文官を目で抑え下がらせた。邪魔したら殺す、気迫に押されて彼は後ろに下がる。そう、それでいい。時間外に仕事を持ち込むなんて、無能な証拠だ。


 ノックして、返事を待ってから扉を開く。カイは今日も可愛い。赤いワンピースを着て、黒髪を後ろに流していた。やっぱり伸ばした方が似合う。邪魔にならないよう、明日からきちんと結んであげよう。


「戻ったわ、カイ。ただいま」


「おかえり、アスティ。あのね……」


 ちらちらと視線が向かう先は、食事を並べるテーブル。その上に高価な玻璃の花瓶が置かれ、赤、黄、白の花がバランスよく活られていた。午前中は庭に出て花を摘むと聞いているから、これはカイの力作ね! 今までは侍女が活けた花だが、明らかに雰囲気が違う。きっとカイ自身が差したんだわ。


「この花は素敵ね」


 カイが活けたんでしょう? そう尋ねるのは簡単だけど、彼が自分で言いたそうにしてる時は待つの。褒めて待つ私に、もじもじしていたカイの表情が明るくなった。


「素敵?」


「ええ。とっても素敵。私の好みだわ」


「よかった。えっと、僕が差したの」


「まあ! さすがは私のカイだわ」


 自己肯定感の低いカイを褒めて頬にキスをする。その間に侍女が並べた料理、カトラリーは二種類あるけど、すべて一か所に集められていた。ドラゴンである竜族にとって、番を抱き寄せて食べるのは当たり前。給餌行為は愛情表現のひとつだった。


 カイのために作らせた純銀製の小さめのカトラリーを、彼が握るのはまだずっと先の話よ。大きくなるまで私が食べさせるんだから。膝に座らせて、まだ軽いカイの体重を確かめる。もっと肉を付けて、そうね。食事中に足が痺れるくらいまで育って欲しいわ。


 番が出来たら、他の誰も愛せなくなる。竜族で幼い頃から言い聞かされる話、だから人族のように幼い頃から婚約などしない。番が見つかれば解消されるから。もし幼い頃から婚約しているとしたら、互いが番の場合のみ。


「カイ、婚約式をしたいの。綺麗な服を着て、皆の前でご飯を食べるだけよ。どうかしら」


 可愛いカイをお披露目して、自慢するのが目的。同時にこの子が竜女王である私の番であると知らしめ、手を出さないよう警告する意味もあった。カイが裏事情を知る必要はないけれど……もし嫌なら、式をすっ飛ばして婚約の儀だけ行えばいいわ。


「アスティも一緒?」


「ずっと一緒よ。お膝に乗せて、抱っこして離さないわ」


「それならいい」


 言葉の裏に隠された「怖くないよ」の響きに、怒りと悲しみが胸を満たした。まだ傷つけられる痛みを忘れていない。怖さを覚えている。カイを傷つけた人族は、誰一人許さないわ。そのために過去をすべて調べさせた。もうすぐ復讐に動ける。


 暗い感情を隠して、いい子ねと頬や顳にキスをした。嬉しそうに笑うカイに釣られて、私も笑顔になる。本当に愛らしい。この子と過ごすために、お昼休憩を長くするか。早速戻ったら事務官に相談しよう。


 腕の中で、与えたご飯をもぐもぐと咀嚼する姿が愛らしい。カイのためならば、何でも出来る。幼い番の頬を撫でて、髪を梳く。この穏やかな時間が何よりも大切に思えた。戦うことに明け暮れた過去の私が見たら、さぞ驚くだろうな。自然と苦笑が浮かんで、すぐに満面の笑みに変わった。


「あーん」


 拙い仕草で、果物を差し出すカイの給餌を受け入れ、美味しいと頬を緩める。午後もしっかり仕事をしよう。カイが誇れる番でいることも、私の新しい目標のひとつだから。

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