8 火傷と刺青と危機一髪

さて、ある程度ばい菌にやられた皮膚をやっつける治療が続いたタイミングで、へっぽこは次の金曜の退院を希望しようと決意した。というのは、高額療養費制度を活用するにはそのタイミングが一番良かったし、土日は病棟看護師さんの数が少なくなるので、手のかかるへっぽこがいると不都合が多そうだったから。

それで、そうと決めた翌日の治療の合間に、退院日の希望を先生に伝える。その日は二人の先生が診てくれていた。


二人は互いに顔を見合わせて、暫し黙った。先に男の先生が口を開く。


「ま、退院は大丈夫と思うけど、家に帰ったらズレないように薬塗ってガーゼ貼って包帯巻かないとだよ。自分で出来る?」


「はい、出来ます!」


間髪入れずに答えるへっぽこ。嘘だ。火傷の傷は背中にもある。手が届くかって、多分届かない。


「あ、えーと、出来ない所は家族に手伝って貰うので」


慌てて追加するが、ダンさんの了解はまだ貰ってない。心配症のダンさんのこと、難しいと思ったらあっさり退院を延ばされそうだから。

「それなら、まぁ大丈夫かな」


先生の言葉にコクコクと頷く。先生のOKが出た後に説得すればいいだろう。退院の話が出た後なら話も通しやすい、と悪どい画策をするへっぽこ。


「じゃあ手当の仕方を説明するよ。ちゃんと覚えてね」


突如言われて慌てる。


「あの、ムービー撮って良いですか?」


出来ると即答したものの、覚えておく自信がなかったので咄嗟にそう言ってしまう。


「あ、いいよ。ケータイ持ってる?」


「いえ、今は」


さすがに処置室に携帯を持ち込んではない。すると先生はあっさり答えた


「じゃあ、明日の処置の時に撮ろうか」

「はい!」



ふと思う。昔はケータイを病院に持ち込むなんていけないことだった気がする。でも今は普通なんだなあ。それも治療室内を撮影なんていいのかしらん。いや、出産の時はビデオ持ち込みとかあったか。へっぽこが息子を産んだのはパパの立会い出産が増えた頃で、へっぽこも単純に乗ったのだった。分娩室には携帯は持ち込まなかったけど、出産直後の赤猿息子をカメラで撮れたのは良かったなぁ。

なんてぼんやり考えていたら、主治してくれていた女医のY先生が感慨深そうに呟いた。


「でも最初に思ったよりずっと治りが早くて、炎症もそんなに続かなかったから本当に良かったですね」


「そうそう。手術で皮膚を削ることになるかと危惧してたからさ」


男の先生が続ける。ワハハと笑いそうな勢いで。


「け、削る?」


皮膚を削るって刺青みたいに?


刺青って物凄く痛いんでしょ?へっぽこの中では、そのスジの方の我慢比べ的なイメージ。世界にはそんな成人行事を行なう民族があると聞いたこともあるような。


い、いやだぁ。


おののいてY先生を振り返ったへっぽこに、Y先生は静かにコクリと頷くと


「良くなってくれて本当に良かった」と穏やかに微笑んだ。その笑顔と声から、心から案じてくれていたことが伝わってとても嬉しかった。


と、その時はそれで終わったんだけど、後から落ち着いて考えてジワジワと怖くなる。へっぽこの火傷の状態は削るかどうかの瀬戸際だったということか。どうりで毎回、複数人の先生がゾロゾロとやって来てチェックしていったワケだ。研修か?と思っていた。確かにいかにもな研修医さんもいたけど、他はちゃんと?した先生みたいだった。この病院てば暇なのかしら?救急科の先生方が治療を担当してくれて、おまけに何人も来てくれるなんて手厚いなぁ、なんて考えてたへっぽこは、とんだおマヌケである。頻繁に先生のポケットの中の携帯が鳴っては先生が忙しく応答指示して入れ替わり治療してくれてたのに。



ひえー。


今更ながらに背筋が凍る。あと少し炎症が酷かったり細胞が再生しなかったりしたら、その削るという手術が行われてたのだろう。


だがへっぽこの身体は頑張ってくれたのだ。有難う、あたしの身体さん。これからはもっと気を付けて丁寧に動くからね。


 退院後にチラッと調べたら、火傷は細胞を著しく壊してしまうので、その部位だけでなく全身の代謝バランスに影響が出るらしい。もしかしたらそれでへっぽこの足はひどく浮腫んだのかもしれない。また体内の水が足りなくなって◯秘になり、頑張った結果、出血。よく「身体は繋がってる」と言われるのがなんとなくわかった気がした。どこかが不調だと他にも伝播してあちこち負の連鎖を起こす。手だけ、足だけ、なんてことはないのだ。火傷は身近だが意外にコワイ。気を付けよう。



へっぽこがラッキーだったのは、最初にそんなに痛みを感じなかったことだろうか。だからそんなに落ち込んだりすることもなくご飯もしっかり食べて寝て、体力気力十分でいられて、細胞さんが復帰するのを応援出来た。


入院中ずっと御守りにしてた森先生のフトマニ図の赤エプロンも助けてくれたように感じる。それは「信じる者は救われる」というジンクス的なものかも知れないけど、作ろうと思いつつも延ばし延ばししてたのを丁度描き上げたばかりだったというのが、へっぽこ的に不思議だなぁと思うのだ。まぁ、無理をしてヤカンを火にかけなかったら、そもそも火傷も負わなかったんだけどね。つい、もっと動きたい、動けるよ、と欲張った結果の厄災でした。つまり、今回の火傷は、やはりおみくじの通り、「欲を出し過ぎたらアカン!」って結論に至るのか。




さて、火傷のその後だが、退院して一、二週間経った辺りから、チクチクピリピリと痛みが走り出した。これまた勝手な推測だが、痛みを感じる細胞さんとか神経さんが復帰してきて、痛いよー、と声をあげ始めたのではないか。


でもこれは、日焼けの後のピリピリと同じ。優しく洗って清潔にして、たっぷり保湿して眠るしかない。火傷して救急搬送されてから、もう三カ月だが、復帰してきた細胞さん達は今頃元気にアピールしてくる。


おーい、痛いよー、痒いよー」


でも構わないでいると、また呼ばれる。


「おーい、痛いってば。痒いってば。そこの◯△□、何とかしてくれよ」


そこの、なんじゃい?


おねーちゃんでなくて悪かったね(怒)




火傷も日焼けと同じように保湿が大事。そして紫外線を避けることも。


ということで、へっぽこはそれから暫く家の中でも遮光カーテンをびったりと閉めて昼夜エアコンの生活が続いたのだった。電気代が怖いったらない(涙)



余談だが、火傷にはアロエという民間信仰があるが、知人は小さい時に庭のアロエを塗られてかぶれてしまったそうだ。アロエ成分に火傷に効能があるかはよくわからないけど、雑菌がついてるだろう庭のアロエを切ってそのまま塗るのはやめた方がいいということらしい。


また、火傷はホッカイロや湯たんぽ、電気式毛布でも簡単に起こるらしいので気をつけましょう。低温やけども断ならない。下手にジワジワとゆっくりくる分、ハッと気付いたら、というのが余計に怖い。


たかが火傷と侮る事なかれ。「注意一秒怪我一生」いついかなる時も注意を怠ってはならぬのです。特にへっぽこのようなポンコツの場合、什の掟風に言えば「ならぬことはならぬもの 11.持ってはならぬもの 不足感と慢心」


でも、それが難しいんだけどね(涙)

というわけで、ヤケドはコワイぞ、気をつけよう。の話は終わりです。長々と失礼しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

余命(意識)半年のへっぽこ秘書の覚え書 山の川さと子 @yamanoryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ