第43話 無謀な挑戦、惨敗して掴んだもの。
その日は調子が良かった。へっぽこは天気の良い日はじっとしていられなくなる。良くも悪くも活動的になり、気が大きくなる。それで上手くいった例も沢山あるのだが、勿論同じだけ失敗もしてる。
で、その日、へっぽこは抗がん剤をお休みしようと思った。それはまぁ良かった。でも、抗てんかん薬まで飲むのを止めてしまったのだ。まず、抗がん剤を飲まずに誤魔化した。それは何とか成功?した。だが次、抗てんかん薬を飲み損ねた時に、「飲めた?」と問われて、つい動揺してしまったのだ。
——あ、ヤバイ。
そう思った瞬間にそれは来た。脳が刺激に対処出来なくなり、パニックに陥る。
誦句集を心の中で唱える間もなかった。
次に気付いたら、救急車の中だった。
「大丈夫ですか?」
へっぽこを覗き込んでる救急隊員さんの顔。問われて頷く。
「はい、大丈夫です」
——ああ、やっちゃった。
病院に到着したへっぽこは、一通りの検査を受けて、また元の病室に戻された。
やがてU村先生がやって来る。
「てんかんを起こされたんですね。お薬は飲んでましたか?」
問われ、へっぽこは観念してごめんなさいと頭を下げた。
「昨晩は飲みましたが、今朝は飲んでませんでした」
U村先生はそうですか、と答えて、とりあえず休んでいて下さいと言って去って行った。
——しまったなぁ。一気に両方ストップは無茶だったか。
今更反省しても遅い。やがてEらい先生まで現れる。
「どうされました?」
「はぁ、ちょっと倒れてしまって」
ちょっとも何もない。見事ブッ倒れたのだ。普通、数分から十数分でてんかん発作は収まり、意識は戻るらしい。だが、へっぽこはそうでなかったのだろう。だから息子は初めに発見した時に救急車を呼び、ダンさんも救急車を呼び、へっぽこは意識を取り戻せないまま救急車に乗せられたのだ。その、てんかん発作を抑えてくれる抗てんかん薬。それをへっぽこは飲まなかった。それで起こした騒動。
申し訳なさに身の置き所がないとは、まさにこのこと。へっぽこは大反省した。
「あの、もう意識戻ったんですけど帰っちゃ駄目ですか?」
やらかしたと言え、入院してなきゃいけない重篤な患者ではない。先生方や看護士さんたち皆のお仕事を増やさない為にも早くここを出なきゃ。そう思ったへっぽこだったけど、Eらい先生は首を横に振った。
「救急車で運ばれたその日は退院出来ないことになってます。ちゃんと検査しましょう」
——ヒィィ。
しかし、へまをやらかした以上、抵抗は出来ない。止む無くへっぽこは造影剤を注入されてMRIを受けることになる。
「大きな変わりはないですね」
そりゃそうだ。ついこの一月程前に退院したばかりなんだから。
やがて食事が運ばれてくる。
それを綺麗に平らげ、抗てんかん薬を飲んだ後、少し迷ったが、意を決して先程誤魔化して隠していた抗がん剤1粒を口に放り込む。
——ゴクン。
何とか飲み込んだ。
だがその数秒後、突如襲い来た物凄い吐き気。止める間などありはしない。お手洗いに駆け込むなんて、絶対間に合わない。手近にあるのはベット横のゴミ箱だけ。へっぽこはゴミ箱を手に取り、そのビニール袋の中に戻してしまった。先程食べ終えた食事全てを薬もろとも。
「あ、戻した」
誰か男性の声が聞こえた。ここは女性の病室。多分面会に来ていた家族の人だろう。
——うん、戻したよ、悪かったね。汚くてごめん。
そう心の中で謝りつつ、同時に思った。
——こりゃ、ダメだ。身体が嫌だと言っている。抗がん剤を受け入れてくれない。拒否してる。いや、身体でなく心だったんだろうけど、それが如実に出た。ヤダって言ってる。
へっぽこは翌日のEらい先生の診察で訴えた。
「抗がん剤を飲みたくないんです。吐き戻してしまう。体が受け付けないんです。放射線治療は受けるけど、抗がん剤はもう止めたいです。てんかんは睡眠不足とかストレスでも起きると聞きました。私にとっては、抗がん剤を飲むのが物凄いストレスなんです。もうてんかんを起こしたくないし、抗がん剤お休みしちゃ駄目ですか?」
Eらい先生はうーん、と暫し黙ってへっぽこを見てからPCのへっぽこカルテに向かう。
「これは標準治療なんですけどねぇ。でも、患者さんご本人の意思が優先ですから。ただ、カルテには、本人の強い意志で抗がん剤を停止、と書いておきますよ」
そう言った。
今後再発、また悪化した時に、病院の手落ちだと責められたり医療ミスだと問題にならない為に「本人の強い意志」という文言が必要なんだろうなと理解した。
それから一通りの退院検査と書類提出があって、へっぽこはまた退院する。放射線治療はあと数回。でも抗がん剤服用は止めることが許された。
快く、でははいだろうけど、へっぽこの我が儘を許してくれたEらい先生には感謝している。「こちらの言うことを聞かないなら、もう診察にも来ないでいい」と言われて仕方ないかと覚悟していたのだが、そう言わなかった。へっぽこ自身は、「診てくれないなら他を当たるさ、フン」
と行き当たりばったりでテキトーなお子さま性格なのだが、Eらい先生はさすがに大人だった。(この時は)
それで家に帰ったへっぽこ。抗てんかん薬はちゃんと飲もうと決意して。
だが、気付いたら服用すべき抗てんかん薬の量が増やされていた。
——ガーーーン!!!
朝晩1.5粒ずつだったのが、2粒ずつになってる!入院当初は朝晩1粒ずつだったのだが、手術後に朝晩1.5粒ずつに増やされていた。それが今回無茶な挑戦をしてしまったことで発作を起こした為に量を増やされたのだ。
——マジか。天気がいいからと調子に乗るんじゃなかった。
心からそう悔んだが、遅い。そこからまたへっぽこの長い闘いが始まるのだった。
また、注入された造影剤の為に蕁麻疹が出て大変なことになる。
教訓。
「ご挑戦は計画的に」
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