第20話 マダムと足ツボ
一時退院の間に、へっぽこは一つだけ試してみたいことがあった。昔に奇縁で繋がった、とある足ツボマッサージの人に治療をお願いしたかったのだ。その人は不思議な人だった。出逢いはもう12年ほど前。東京に住んでた時に、ある行列に並んでいた時のこと。へっぽこの隣には一人の細身の女性が同じように並んでいた。冬の最中なのにコートもなく薄着で。お洒落な人って皆そうなのだろうか。ヒラヒラした感じの黒のシックな上下は清上品なマダムって感じで、荷物も小さなハンドバッグのみ。そのマダムがコートも着ないで真冬の行列に並んでいた。へっぽこは寒がりだったのでヒートテックにセーターに分厚いコート。大量に着ぶくれた上にマフラーにストールまで羽織って大荷物で立っていた。寒風吹き荒ぶ中、ぼんやりと列が動くのを待ってたへっぽこだけど、隣に並んでいたそのマダムがあまりに寒そうにガタガタ震えていたので、余計なお世話かと思いつつ、つい声をかけてしまった。
「あの。このストール、良かったら使ってください。私、もう一つこのバッグの中に持ってるので」
寒いことは覚悟して並んでいたので、建物の中に入ってからクッション代わりに使おうと思ってバッグに畳んで入れておいたストールを差し出す。
初めは遠慮していたマダムだけど、何度かやり取りするうちに、では中に入るまで、と受け取ってくれた。ホッとする。やがて列が動き出し、無事に中に入る。丁重に礼を言われ、それがきっかけで連絡先を交換した。数回だけランチをご一緒した。ストールのお礼に、と素敵なお店に招待していただいた。そしてお話してたら、マダムは実は足ツボマッサージの達人だという。細かくは忘れてしまったけれど、タイかどこかで本格的に修練して、専門の称号?まで得てる人だとわかった。でも彼女と出逢った当時のへっぽこは、自分は健康だし関係ないやと思っていた。でも足ツボマッサージの講座を開くというので、お付き合いとして数回お願いした程度。実際に足裏を診て貰ったけど、その時には特に悪い所は見付からなかった。ただ、その時、施術を受けながら、高齢の女性のガンを消したとか虫歯を当てたとか、奇跡のような話は聞いていて、それはすこいですねぇ、と他人事のように聞き流していた。だって、正直わからなかったし。ただ、施術はとっても痛かった。その後、色々経験した令和の今のへっぽこならわかる。痛いってことはそこに異常があったのだ。でも、自分に限ってまさかと思ってたから身体からのサインを見逃した。皆、痛がるものなんだろうなぁと思ってた。結局、数回の講義で足ツボと身体との対応表をいただき、
「よくわからなくても、やり方が間違ってても、やらないよりは少しでも自分を信じて続けてやってみると奇跡は起きるんですよ」
という言葉と、水をたくさん飲むようにという言葉だけへっぽこの中に残って、マダムとの縁は切れた。
というのも、その時の講義は初級コースで約一万円。そこから先、中級コース、上級コースと続いていたが、当然講習費用は跳ね上がる。マダムなんて言葉とは程遠く、鬱のダンさんを抱えて自転車操業のへっぽこにはまるで余裕がなかった。ただ、そのマダムはとにかくパワフルな人だった。何ていうか、どこか不思議なオーラを持った人。だから忘れられなかった。その後数回、メールや年賀状でのやりとりはしたけど、それくらい。でも1回目の手術が終わり、2回目の手術をせにゃならんとなったへっぽこの脳裏に、ふと彼女の存在が思い出されたのだ。確か、癌が消えたって言ってたよなぁ、と。
それで、思い立ったが吉日。早速メールしてみる猪突猛進へっぽこ。が、メルアドが変わったのかエラーで返ってくる。しかしそこで諦める気に何故かならなかった。ネットで名前でググってみる。足ツボと合わせて。だが見付からない。やっぱり駄目かぁと諦めかけた時、ふとFacebookのアイコンが目に入り、名前検索したら、あら、いるじゃない!忘れようのない、インパクトのあるマダムの笑顔。早速へっぽこは友だち申請し、メッセージを送った。前回会った時から既に9年が経っていた。年賀状がなくなってからは5年くらい?普通、どちらも忘れてて不思議はないのだろうが、なんと覚えててくれた。施術をお願いしたい旨を伝えたら、今、出張治療中で静岡にいるから丁度いいと言われた。あちこちで呼ばれるので全国を飛び回ってて、でも偶然ポコンと空いてる日があるという。ラッキーね、と。でも、その静岡から、へっぽこが住んでた大阪までの新幹線代と、大阪から、彼女の居住地、東京までの新幹線代、そして治療費が3万円かかるという。合わせてほぼ10万円。次の予約待ちがあるので、返事はすぐして欲しいと言う。
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