Column2 「入れる」「容れる」「淹れる」

 前回のColumnで「間髪を容れず」と「間髪を入れず」の二つの表記が存在することを書きました。折角なので、今回はこれらの漢字に「淹れる」も加え、それぞれの使い分けについて考えてみようと思います。


 まず『漢字の使い分けときあかし辞典』を参照してみると、「入れる」「容れる」「淹れる」のうち「入れる」が一般的に用いられる漢字であると記載があります。つまり、「いれる」は全て「入れる」で網羅できるということ。よって「間髪を入れず」という表記は一般的な書き方と言えるでしょう。

 しかし元々は「間髪を容れず」。「入れず」とはどう違うのでしょうか。


 今回は『新明解国語辞典』の語釈を参考に考えてみます。

 一応その理由をご説明しておきますと、私が所有している辞書のなかで最も項目が少なく分かり易かったからです(他の辞書は最大二十項目の使い分けが書いてあります)。よって、簡単に三つの「いれる」の使い分けをするため、この辞書を使用いたします。


 それでは早速、語釈を見てみましょう。


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【いれる】『新明解国語辞典 第八版』

㊀<なに・そこニなにヲ――>はいるようにする。

㊁<なに・どこ二なにヲ――>〔必要があって〕相手に届くようにする。

㊂<なにヲ――>他人の主張を聞き、その意見に理のあることを認める。

㊃<なにヲ――>湯を注いだり湯で煮立てたりして、飲めるようにする。

*****


 上記の四つの項目は、全部「入れる」と表記することが標準です。

 しかし敢えて「容れる」と「淹れる」を使うとしたら、どの項目で使用することができるでしょうか。


 一つずつ確認して参りましょう。

 まずは「容れる」。

 これは「容器」という熟語をみても分かるように、「容」には「(うつわなどに)いれる」「収納する」という意味があります。またそこには「受け入れる余裕がある」というニュアンスが含まれており、転じて「受け入れる」「許す」というような意味に発展します。「包容」「許容」という熟語はそれを上手く表していますよね。


 そのため『新明解国語辞典』の㊂が「容」と置き換えてもよい内容です。使い方の例としては「要求を容れる」とか「提案を受け容れる」と使います。


 さてここで、何故『故故事成語辞典』では「間髪をれず」だったのかを改めて考えてみましょう。

 前回説明したように、「間髪をいれず」は「間に髪の毛一本が入る余地すらないほどの違いしかない」というのが元々の意味でした。「髪の毛一本が入る余地」という点が、ちょうど「容」の「受け入れる余裕(がある)」というニュアンスに通じます。

 また『漢字使い分けときあかし辞典』によると「きちんと収まるかどうかが問題になっているときは『入』の代わりに『容』を使うことができる」という記載がありました。その例として「倉庫を整理して、新製品を容れるスペースを作る」が挙げられていたのですが、「間に髪の毛一本が入る余地」と似通った状況であることが分かると思います。

 そのため故事成語辞典では「間髪をれず」と表記をしていましたが、一般的に「いれる」は「入れる」と表記するので、多くの辞書で「間髪を入れず」という書き方をしたといえるでしょう。


 さて、「間髪を入れず」は解決しましたが他の「いれる」も見ていきましょう。


 次は「淹れる」。

サンズイ」があるところから想像するに、『新明解国語辞典』の㊃が「淹」と置き換えられることがきっとお分かりになると思います。


「淹」は元々「水に浸す」という意味があり、転じて「湯で煮立てるなどして飲むようにすること」場合に使われるようになりました。


 使用する注意点としては、「コーヒーをカップに淹れる」のように単純に「カップという容器にコーヒーを注ぐ」ような行為に「淹れる」は使えないということ。

 つまり「コーヒーを淹れる」というのは、「挽いたコーヒー豆にお湯を注いでいれる」状態でないといけないということです。


×コーヒーをカップに淹れる(「コーヒーをカップに注ぐ」ような意味として使っている場合)。

〇コーヒーを淹れる(「挽いたコーヒー豆にお湯を注いで煮だす」ような意味として使っている場合)。


 ちなみにこの用法は日本語だけのもので、中国語では「水に浸る」「おぼれる」という意味で使われるようです。


*****

【淹(yān)】『中日辞典 第3版』

㊀⑴水に浸る;おぼれる.

 ⑵(皮膚が汗などで)ただれる,しみる.

㊁⑴広い

 ⑵長い.久しい.

*****


 良かったら、参考までに。

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