第4話 共に歩む家路

 蒼い瞳の白い小狐は、晴明に心を開いてくれるだろうか。

 寂しさという点については、同調している。


 小狐は、これからどうするつもりなのか。自害を考え、実行しようとしていたくらいなのだから、もう生には執着が無いのかもしれない。


「なぁ……もしよければ、俺と共に暮らさぬか?」


 晴明の提案に、また小狐は眉間と鼻の上にシワを刻む。


『頭に蛆(うじ)が湧いたか?』

「なぜ、そうなる」


 まぁ、脈絡は無く思われても仕方がない。

 苦笑している晴明に、小狐は警戒の色を滲ませた。


『俺と共に暮らしても、利点がなにもないだろう』

「利点があれば、考えてくれるのか?」


 小狐は『ぐ……ぅ』と言葉に詰まる。

 言葉に詰まるということは、嫌ではないと受け取ってしまってもいいだろう。

 晴明は、小狐に提案を続ける。


「俺が知る知識の中で判断すれば、そなたの容姿は……神から授けられた特別だ」

『俺が、特別?』


 信じられないと、小狐は頭を振った。


『ならば……特別ならば、なぜ除け者にされなければならなかったのだ。なぜこんな容姿で生まれてきてしまったのかと、恨まない日は無かった。大好きなおかーにも、苦労と迷惑をかけたのだ。俺がこんな容姿でなければ、他の狐達と協力して狩りもできただろうに。そうすれば……猟師に撃たれることもなかった!』

「知らぬとは、罪なことだな。本来ならば、狐を統べる王になっていても不思議ではないだろうに」


 晴明は小狐を抱き上げ、視線を合わせる。


「俺には、陰陽寮に入り、天文博士になるという目標がある。縁起のよいそなたが共に居てくれると心強いのだが、どうだ? 一度は捨てようと決めたその命。俺に預けぬか?」


 小狐は考えを巡らせているのか、晴明の真意を図ろうとしているのか、蒼い瞳を逸らさない。


『それは、お主に従うということか?』

「まぁ、そういう関係にはなるだろう」


 小狐は、また考え込む。


「住む場所と食事は保証しよう。どうだ? 生きてさえいれば、楽しいと思えることが、心を震わせて感動するなにかが待っているやもしれぬ」


 晴明は、小狐の頭を撫でる。


「俺と共に暮らしてみて、それでもまだ死にたいのであれば、そのときは……止めないかもしれないし、止めるかもしれない」


 小狐は、フッと小さく笑う。


『なんだそれは。ずいぶんと勝手ではないか』

「そういうほうが、図太く生きられるのさ」


 どうだ? と晴明は続けた。


「除け者にされた経験がある、寂しいモノ同士。共に暮らそうではないか」


 微笑を浮かべる晴明に、小狐はフンと鼻を鳴らす。


『そこまで言うなら、お主のために共に暮らしてやらんでもない』


 尊大な物言いと、微かに揺れる尻尾。きっと、嬉しいのだろう。


「では、そうしてもらおうかな」


 晴明が応じると、小狐は初めて嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ときに、名はあるか?」

『名は、ある。おかーから坊やと呼ばれていた』

「う〜ん。それは、ちょっと違うかなぁ」

『そう、なのか?』


 キョトンとする小狐の耳が不安げに下がる。


「よし。俺が新たに名付けよう。新たな名で、心機一転するといい」

『どんな名だ? 気に入る名をつけてくれ』


 名をもらうことに前向きな小狐は、嬉しそうに尻尾を振った。


「そうだな……」


 いざ名付けるとなると、なにがいいのか迷ってしまう。


「白蒼(ハクソウ)はどうだ? 白に蒼と書く。名は体を表すが、美しいだろう」

『白蒼……』


 蒼い瞳に輝きが宿る。


『よいと思う。白蒼……』

「気に入ってくれたのなら、よかった」


 白蒼は、自分を抱き上げている晴明を見つめた。


『そなたの名は、なんと言うのだ?』


 白蒼のような存在に、真の名を告げてはならない。魂を掌握されてしまうから。

 だが、思惑どおりに、小狐を名で縛ることはできた。喜んでいるから、少しだけ心苦しくはあるが……まあいいだろう。


 腹で考えている内容とは裏腹に、晴明は微笑と共に答えた。


「名は晴明(セイメイ)。安倍晴明だ」

『晴明、か……』


 覚え込むように、何度も晴明と口に出す。

 白蒼はニカッと笑い、今までで一番の笑顔を見せた。


『晴明! これから、俺に尽くせよ』

「白蒼。お前が俺に尽くすのだ。俺の従者となれ」

『ああ! 任せておけ』


 白蒼が威勢よく答えると、全身が淡い光に包まれる。


(これで、契約成立だ)


 名を与え、命令に応じた。


(さて……これから、どんな働きをしてくれるのか楽しみだ)


 白蒼を地面に戻し、晴明は顎に手を添える。


「ところで。白蒼は化けられるのか?」

『人の姿にか? 造作もないことぞ』


 クルリと宙返りをひとつすれば、女児の姿に変じた。しかし髪色は白く、瞳の色は蒼いまま。


(まぁ、そこは影響が残るだろうな)


 だが、しかし。


「お前、雌だったか?」

『おかーが、人間に化けるなら幼い女子(おなご)のほうが優しくしてもらえると教えてくれた』

「なるほど、そういうことか……」


 晴明は眉間を揉み、小さな溜め息を吐いた。


「これからは俺の従者となるのだから、女児では困る。男児にはなれぬか?」

『なれる』


 もう一度、宙返りをひとつ。

 水干姿の男子(おのこ)に変じた。相変わらず髪色は白く、瞳の色は蒼い。

 晴明は頷いた。


「うん。いいだろう。上出来だ」

『よし! ならば、早く晴明の屋敷へ行こう。腹が減ってかなわぬ』

「さっきまで死のうと考えていたヤツが、腹が空いたもへったくれもあるか」

『生きるとは、そういうことだ』

「まぁ、そうだが」


 白蒼は晴明の手を引き、早く行こうと急かして歩き始める。

 繋いだ手は、晴明の手と比べて何回りも小さい。人の子にすれば、五歳か六歳くらいだろうか。


(小さいな……そりゃ、絶望もするだろう)


 人の姿に変じても、髪と瞳の色がこれでは、待ち受ける境遇は同じかもしれない。

 でも、これから白蒼には晴明が居る。少しは、心の支えになれるかもしれない。悪しきほうへ堕ちてしまわぬように、気を付けなければ。


『のぅ、晴明』


 白蒼の呼びかけに「なんだ?」と応じる。すると白蒼は、狐の姿に戻って軽やかに飛び跳ねると、晴明の肩の上に乗った。


『俺を従者にするのだ。必ず出世しろよ!』

「ふん。任せておけ。何十年かかろうと、必ず天文博士になってみせるさ」


 まずは、なにから始めよう。宿直明けの頭は、そろそろ考えることを放棄したがっている。


(寝て、起きてから考えることにしよう)


 肩に乗る白蒼の温かさが心地よい。

 山を抜け、家路に着く。

 晴明の心にポッカリ開いた穴は未だに埋まらないけれど……白蒼を得たからか、今日は、ぐっすりと眠られそうだ。




【終】

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若き日の晴明、山中にて語らう妖。 佐木呉羽 @SAKIKureha

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