四首目 木曜の夜 短文付
触れる髪
星降る夜に
足元の
君にお願い
軽く嚙んでよ
「夢」
この一字にどれだけの人間が身を焦がす程の情熱を傾けて来たのだろう。
この一字をどれだけの人間が言い訳に利用してきたのだろう。
僕は後者だ。
才能が無い事は今までの作品が証明している。だけど、漫画を捨てる勇気がない。
別の道に踏み出す決意が出来ない。人に説明するには余りにも格好が悪い。だから僕はいつもこの言葉を使う。
「夢だから」
持ち込んだ漫画は受け取られることなく、帰宅する僕の手にある。
家を出るときは軽かった原稿封筒が今は捨ててしまいたいほどに重い。
原稿を仕上げる為に、ここ二日はろくに眠らず風呂にも入っていない。梅雨の湿度が肌とシャツを湿らせて貼り付け、不快感が全身を覆っている。
曇天の空が泣き出した。原稿用紙を乱暴に頭上に掲げると大粒の雨が封筒を叩く。
刹那原稿が、と頭をよぎるが力任せに封筒を中の原稿ごと握る。
「どうにでもなれ」
アパートの階段前で原稿封筒を振り下ろして水気を払う。
幸福壮と冗談のような看板のついた、錆びた鉄階段を上がる。
4段目を踏み外して脛を階段にぶつけた、雨脚は強くなり顔をゆがめる僕を
あざ笑うように打ち付けてくる。
「クッソッが!」
原稿を叩き捨てると痛みを無視して階段を上がり、薄剥げた木製の木戸を開けた。
驚いた顔の君が僕を見る。
君は慌てて手拭を手に取ると頭を拭いてくれた。
僕は身をゆだね、そのまま彼女を抱きしめた。暖かい温もりを抱擁した髪に顔を埋める。目を閉じるとたちまちに夜だ。何も彼女は言わない。
空に星が瞬いている。自由に生きろと言う、その為に世界は広いのだと。
君がシャツの中に手拭を入れる。Gパンのボタンが外され、君が跪く。
僕の隆起した下腹部を君が咥える。ひんやりと感じた直後にたちまちにお互いの温度が交わる。
君の暖かい髪に指を絡ませる。
僕はきっとまた君に言うのだろう。
「夢なんだと」
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