第一章「選ばれた場所」-030
「あぁ、気づいたさ。これは地味にきついな。『管理者』は相当に悪辣だ」
俺は肯いた。
「そうよね。自分の考えをまとめる事も出来ない。誰かに情報を伝える事も出来ない。実際に会って話すしかないし、そもそも人間の記憶は曖昧だからね。頭に記憶しているだけじゃ、どうしても改変されちゃうわ」
1103の言う通りだ。完全に生徒間のコミュニケート手段を奪っている。自分の考えをまとめる事も出来ない、自由に記録を残す事も出来ないのだから、『管理者』が最初から分かってこうしているならば、とんでもなくえげつない奴らだ。
紙とペン。いつでもどこでもあると思っていたものがないというだけでこんなにきついとは……!!
「まてよ、生徒手帳……!」
胸ポケットに手を入れかけて、俺はその事を思い出した。
生徒手帳のページはすべてラミネートでパウチされていた。それでは油性ペン以外では書き込めない! 木炭やパステル、仮に鉛筆が手に入っても不可能だ。
「ラミネート加工されているから無理よ。『学園』内の張り紙もすべて『管理者』が用意したものだから、同じようにラミネート加工されているの。図書館の本も同じよ。油性ペンでも手に入らない限り書き込めないわ」
なんて事だ。地味にきついなんてものじゃないぞ。記録を取ったり何かを調べるとなると致命的だ。
「そもそも『学園』に関する記録がないのよ。生徒の間では何十年も前からあるという噂も流れてるみたいだし、つい数年前に出来たとも言われてるわ。でも口頭でかわされてる噂程度で、ちゃんとした記録はまったくないのよ」
「管理委員会で記録は取っていないのか?」
俺が尋ねると1103は頭を振った。
「管理委員会は管理を委任されているだけ。記録を取る事は許されてないわ。監視カメラの映像もモニターしているだけよ。『管理者』は記録しているでしょうけど、あたしたちが見る事は出来ないわ」
管理委員会の話で思い出した。
「そうだ。ファックス! 『管理者』からの連絡はファックスで来る事もあるんだろう? ファックスの記録用紙は? 使えないのか」
用意周到な『管理者』の事だ。対策はしてあるだろうと思っていたが、やはりそうだった。
「ファックスはプリントアウト出来ないわ。液晶画面に表示されるだけ」
「参ったな……。他に紙と言えば……」
「トイレットペーパーくらいね。あとは美術の授業で、何とかしてパステルとスケッチブックを持ち出すしか……」
「美術の授業でスケッチブックを持ち出すとか可能なのか?」
「普通のスケッチブックみたく、ページ毎切り取れるようになっていないし、使った枚数分、ちゃんと返却しないと教室から出られないし。まぁ難しいわね。でも成功した生徒もいるって噂よ。でもしょせんこれも噂レベルだわ」
「……まぁ、いい。不審に思われない程度に挑戦してみよう。なんにせよ記録する物がないのは不便だ」
うん、何か妙にやる気が出てきたぞ。俺は理不尽な状況に置かれると、逆に燃えるタイプみたいだ。
「よし、まずは記録手段の入手だな。そして『学園』の謎を暴いて、『管理者』の正体を探る!! これでいいんだな、1103!!」
「う、うん……」
1103は俺の勢いにたじたじとなっていた。正直、ちょっと不安げにも見える。俺が必要以上にやる気を出してきたんで、心配になってきたのかも知れない。
しかし、1103か……。1103……?
俺はふとそれに気づいて首をかしげた。
「どうしたのよ」
いきなり黙り込んだ俺に、訝しそうな顔で1103は尋ねた。
「1103……」
「な、なによ」
俺から出し抜けに番号だけ呼ばれて1103はちょっとたじろいだようだ。
「1103か。1103」
「だから、なに!?」
俺が番号ばかりを繰り返すので、1103はいささか不快になったようだ。ムッとして突っかかってくる。そんな1103に向かって俺は言った。
「1103てさぁ……。『ヒトミ』って読めないか?」
「………………はぁっ!?」
俺の発言に1103は呆気にとられたようだ。そんな1103に向かって俺は説明した。
「1103だろう。1は『ひいふうみい』の『ひ』、つまり1、2、3の1。10は十だから『とお』。それで3は『み』。ほら『ヒトミ』だ」
「だから、なに!?」
1103は棘のある口調でさらに言い返した。
「いや、ニックネームみたいなもので……」
「ニックネーム、あだ名は禁止って言ったでしょう!!」
1103は声を荒らげ、そして続けた。
「それに貴方、何か勘違いしてるんじゃないの? 一蓮托生だからといって、あたしたちは別に付き合う訳じゃ無いんだからね! 調子に乗らないで!!」
うん、まぁ俺も多少は調子に乗ってしまったとは思う。思うけど、それなりにメリットはあると思うぞ。
「別に勘違いはしてないさ。俺と1103は『学園』の謎を暴く為の共犯者。それだけの関係だ。それは分かってる」
「わ、分かっていればいいのよ」
ちょっと拗ねたような表情で1103は言った。
「でも、こういう合い言葉があれば便利だぞ。しかも『ヒトミ』なら一般名詞だ。他人にばれなければ、『ヒトミ』という単語を出せば、お前に用件があると分かるだろう」
「思いっきり不自然よ!!」
1103は憤然として言い返してきた。
「そうかぁ……。それもそうだな。じゃあ、やっぱり止めにしよう。御免、今のは戯言だ。忘れてくれ」
俺は素直に謝り頭を下げた。しかし1103は俺の態度の当惑したようだ。
「え、止めちゃうの?」
「だって嫌なんだろう? 無理強いはしないよ」
「嫌は嫌だけど……。でも、確かに合い言葉があれば便利だし……」
1103はしばらくもじもじとして、何事か思案を巡らせているようだったが、やばてパッと顔を輝かせて言った。
「ロクロー!」
「はい?」
唐突な、そして無意味な単語に俺は思わず間抜け面になった。
「そうよ、ロクロー!
「いや、何を言ってるのか分からないんだけど……」
妙にテンション高くはしゃぎ気味の1103に、俺は首をかしげながら尋ねた。そんな俺を、びしっと指さして1103は言った。
「0696! 貴方は『ロクロー』よ!!」
「はぁ、俺が? ロクロー? いや、そもそもロクローって何?」
「0696だから、
そういう1103は妙に得意げだ。
「勝手に決めるな!! それに頭のゼロはどこへ行った!!」
「いいじゃない、それくらい。1103で『ヒトミ』より無理ないわよ」
「いや、無理あるだろう! それに『ヒトミ』は普通の会話に入ってきておかしくない単語だけど、
「使うかも知れないわよ。ほら『ろくろっ首が出た』とか」
「出るとかいう噂はあるのか?」
「聞いた事は無いわね」
しれっとしてそう言い返された。そして1103は続けた。
「あたしの事を『ヒトミ』と呼びたいのなら、貴方は『ロクロー』よ。いいじゃない。しばらくそれで行きましょう。なんだか楽しくなってきたわねえ!!」
1103改めヒトミは、俺を放っておいて、なにやら上機嫌で校舎の方へ向かって歩き出した。
うん、受ける雰囲気はかなり変わったが、つかみ所が無いという印象は変わらないな。
いずれにせよ、変な奴だ。向こうも俺をそう思ってるかも知れないけど。
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