第一章「選ばれた場所」-025
「野生動物かよ!」
寝る起きるが時間単位だと、もう完全に文明とは隔絶してしまっている。しかし1103はしれっとして言い返した。
「そのうち、馴れるわよ」
馴れたくねえなぁ……。俺は思わずため息をついた。
1103の後について、校舎の方へ向かって歩く。緩い上り坂になっている為、顔は上を向き、どうしてもあれが目に入ってしまう。
黒い塔だ。
少し馴れてきたとはいえ、やはり不気味な圧迫感は禁じ得ない。無駄を承知で俺は1103に尋ねてみた。
「なぁ、あの裏山の塔……。ありゃ、一体なんなんだ?」
「知らないわ」
うん、まぁそうだろうな。……と、思ったが、意外にも続きがあった。
「でもあの塔は『学園』の敷地外にあるのよ。かなり急な坂だし途中に『学園』の壁もあるから、あそこまで行った生徒は誰もいないわ」
なるほど、敷地か。考えてみれば『学園』の内部と外部を分ける壁があるのだから、敷地という概念があってもおかしくない。
しかしそれはそれで謎だ。
敷地外は誰が管理しているんだ? そもそも敷地外もずっと夕方のままのはずだ。なぜ森の木は枯れない?
そんな事を考えているうちに、俺の歩く速度は鈍ってしまった。1103もそれに合わせるかのように、少し歩を緩めて、裏山の黒い塔を見上げて言った。
「でも不思議な事に、あの黒い塔に行ったという噂は絶えないのよね」
「噂?」
「そうよ。学校の怪談みたいな話。都市伝説がフォークロアなら、差し詰めスクールロアね。学園の伝説よ」
足を止め、1103は俺の方へ顔だけ向けてそう言った。夕日のせいか、俺には1103が穏やかに微笑んでいるように見えた。
「おかしな話よね。誰も行った事がない。行けるはずがないのに。塔には高齢のご夫婦が住んでいて食事をごちそうになり泊めてくれた。目が覚めると『学園』に戻っていたとか、そんな話……」
なんか面白そうな話だな。俺も足を止めて聞き返した。
「色んなパターンがあるのか?」
「ええ。他にも塔にたどり着くとUFOが出て来てさらわれたとか……」
「さらわれた生徒はどうしたんだ?」
「さぁ? どうしてさらわれた生徒が、その体験談を他の生徒に話せたんでしょうね。まぁ、そういう所も含めて伝説なのよ」
他愛もない話か。しかしそれだけあの黒い塔が生徒の注目を集めているという事になる。
……待てよ?
何か引っかかる。何か有りそうだ……。
「どうしたの?」
小首をかしげて1103は俺に尋ねた。一方、俺の頭の中では、ある考えが頭をもたげ始めていた。
「すまない、これはちょっと思いついた事なんだが。この『学園』てひょっとしたら……」
念のためにそう前置きしたが、意外にも1103は食いついて来た。
「聞かせて、貴方の考えが知りたいの。ここへ来たばかりの貴方の意見の方が、貴重な事もあるわ」
「いや、そんな期待されても困るんだが……。単なる思いつきだよ。さっきからちょっと気になる事も有ったから……」
俺はそう釈明してから、改めて空を見上げて続けた。1103も俺に倣って空へと目をやった。
「鳥がいないんだ」
俺は言った。
そうだ。鳥がいない。夕方の空だ。烏が似合いそうなのに、さっきから烏はおろか鳥の一羽も見かけていない。
「よくそれに気づいたわね。大抵は鳥がいない事に気づくまでしばらく掛かるわよ」
そう前置きして1103は続けた。
「そう、鳥がいないの。あたしも一度も見かけた事が無いわ。それだけじゃない。虫も……、昆虫もほとんどいない。まったくいないというわけじゃないけど、こんな山の中にしては少ないのよ」
「そうか……。やっぱりな」
1103の言葉に俺は口元がほころんだ。調子に乗って俺は続けた。
「ずっと日が落ちない理由も分かった気がする」
「へえ……。是非、聞きたいものね」
1103は髪をかき上げ、おもしろ半分でそう言ったように思えた。
「夜空が見えると困るんだ」
「はぁ?」
俺の答えに1103は怪訝な顔をした。
「星だよ。星! 星の位置が見えると困るんだよ。恒星の位置が分かると緯度が分かる。北極星や北斗七星が見えれば北半球だし、南十字星が見えれば南半球だ。恒星の角度を計れれば、おおよその緯度が分かる」
「そうね。天文関係の本なら図書室にもあるし……。天体の位置を調べる事は可能なはずだわ」
「経度が分からないから、確実にどこだとは言えないけど、緯度が分かればあとは地球儀上で、陸地がありそうな場所を見ていけばいい。おおよその場所の見当が付く。日本国内か、そうではないかも!!」
「いえ、だって。意味ないじゃないの。夜にならないから星の位置は分からないし、第一、太陽の角度でも緯度は分かるはずよ」
1103は反論してきたが、それは俺の期待通りのものだった。
「そうだよ。『管理者』は夜空の星の位置も、太陽の動きも見せたくない。だからここを永遠に4時46分にしたんだ」
そう前置きしてから俺は結論を口にした。
「多分、ここは屋内の空間だ。巨大な屋内施設じゃないかと思う」
俺がそう言っても、1103は驚きもせず、だからと言って笑ったりもせず、少し考えから口を開いた。
「続けて」
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