7
シンは廊下を全力疾走する。
死ぬ気で、これ迄に出した事もないような全力で。
階段を二段飛ばし、三段飛ばしで駆け上がる。
「子安さんが歩いていったであろう方向から考えてこっちの階段を使った筈だ……子安さん――――子安さん!!」
三階へと繋がる踊り場にて、ネネの姿を確認。
背後からそのか細い手を掴む。
突然の出来事に驚き、振り返るネネ。
「な、何だ……猫崎か……驚かせるなよ……ん? というかお前、保健室で寝てろと言っていた筈だろう!」
「そんな事はどうでもいい! 上には上がっちゃ駄目だ!」
「…………上に? どういう事だ?」
「話は後からするから、今は兎に角逃げる事だけを考えてくれ!」
そう訴えるシンの真剣な眼差しを見て、今三階が異常事態に見舞われているのだと理解した。
ネネは知っている。
シンがこういう状況で冗談を言う人間ではないと。
「……分かった。その代わり、絶対話を後で聞かせてもらうぞ」
「おう! 勿論だ!」
シンに手を引かれる形で、ネネは走り出し、階段を下り始める。
シンも当然、化け物に襲われている三階の三年生をどうにか助ける事が出来ないか考えた。しかしそれは不可能だと結論づけたのだ。
先程、三階から落下した原型の留めていない死体――シンの見間違いでなければ、青いジャージを着ていた。
その青いジャージには見覚えがあった。
この高校で一番の武闘派と呼ばれる、生活指導の
そんな剛田先生があんな無惨な姿になってしまっていたのだ。
凡人でまだ高校二年生のシンに出来る事はないと考えた。
だから、まだシンの手が届く範囲にいるネネだけでも守りたかったのだ。
そしてシンは、次に二階にいる生徒達を守ろうと考えた。
しかし、ネネと会話を交わしたあの踊り場に着く迄に、二階にいる生徒や先生達が絶叫しながら階段を下りているのを確認している。
二階にいた人達は、保健室でいたシンよりも明確に上の階の悲鳴や騒音が聞こえていた筈だ。
そしてあの剛田先生の姿も、より鮮明に見ていたと考えられる。
となると、先生達も馬鹿ではない、間違いなく無事避難完了をしている可能性が高い。
従って、二人が次に向かうべき場所は体育館。
体育館にいるクラスメイト達に、今の状況を知らせる事が次の目的となる。
シンとネネは二階に辿り着き、即一階へと続く階段に足をかけた……その時、違和感に気付いた。
三階から聞こえていた悲鳴や騒音が、ピタッと止まったのだ。
それはつまり……。
シンはその事に勘づいたのか「くっ……」悔しそうに目を閉じた。
悔しさを押し殺し、彼は前に進もうと次なる階段へ足を置いた……その時――
「にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいやぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
その化け物の鳴き声が学校中に響き渡った。
凄まじい声量――まるで地震が起きたのかと錯覚する程の振動が校内を襲った。丈夫である筈の校舎の壁に亀裂が走る程の。
その化け物を目の当たりにしていないネネが慄く。
「な、何なの? 何なのよこの声は!?」
「あいつの鳴き声だ……きっと、三階にいた人達は皆あいつに殺されたんだ……」
「あいつ?」
ガタガタと震えるシン、あまりの怖さにもう身体が動かない。
ネネがシンの肩を揺らす。
「しっかりしろ猫崎! 何があったんだ! あいつって、誰の事なんだ!」
「ば、ばば……化け物だよ……」
「化け……物……?」
その言葉を口にしながら、ネネは息を飲んだ。
普段なら冗談だろと聞き流せるが、今のこの状況……そして、今の凄まじい鳴き声を聞いて、とてもそう返せる程、ネネは馬鹿じゃない。
シンの震えが止まらない。
歯をカタカタと鳴らしながら、自らの身体を抱き締めながら声を絞り出す。
「降りて来る……きっと、次の獲物を見つける為に下に降りて来る……逃げなきゃ……次は、次は俺達の番かもしれない……」
「猫崎! しっかりしろ! 猫崎! 怖いだろうが、動かなきゃどの道終わるぞ! 行くぞ!!」
「お……おう……」
今度はネネがシンの手を引く形で階段を下りる。
そして踊り場を移動していた……その時。
メキメキ……と、不気味な音が鳴り響く。
またしても立ち止まるシンとネネ。
その数秒後、二人は絶望する事となる。
踊り場からは一階の廊下が既に見えている。まるで校内に雷が落ちたのかと錯覚してしまう程、凄まじい轟音が響いたと共に、校舎が揺れた。
そして一階の廊下が砂煙に覆われる。
「な……何が!?」
ネネが絶句していると……次は一階の方から、「うにゃぁぁぁ……!」という、不気味な鳴き声が聞こえて来た。
二人の全身に戦慄が走った。
全身の毛が逆立つような恐怖を覚えたのだ。
シンが身体を震わせながら声を振り絞る。
「ま、まさか……階段を使わずに……天井をぶち破って……一階まで、降りたのか……?」
分厚いコンクリートの塊すら破壊するその化け物に、二人は絶望するのだった。
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