突然の光に目を閉じていたシンとネネ。二人はゆっくりと目を開ける。


「な、何だったんだ? 今の光……」

「太陽光かしら? でも、それにしては角度がおかしい……という事は、どこかで何かが光った? 一体何が……」


 突然の眩い光――その突然の出来事に、思考を巡らせる二人。

 シンが連想したのは……。


「爆弾が爆発した……とか?」

「それはないわよ。あの爆弾から放たれた光なら、まともに浴びた私達は既に焼け焦げている筈よ……外を見る限り爆風もなさそうだし……」


 窓際から外を確認しつつ、ネネはそう結論付ける。

 爆弾でもない……と、なると……。


「ダメだ。何も思いつかねぇや」


 シンがあっけらかんと口にした。

 その発言を聞いたネネがクスッと笑う。


「そうね。私たちみたいな子供に、考えたって分かる筈がないものね」

「そうそう。そういうのは賢い大人達にお任せしましょう。よし、そろそろ体調も回復して来たし、体育館へ戻ろうか」

「それは駄目」


 ベッドから降りようとしたシンを、ネネは口頭で制する。


「えー、何でだよー」

「逆にあなた、さっきまで顔面と頭を打って気絶しておいて、これから体育に参加するつもり? 油断し過ぎよ。特に頭部へのダメージは後々響く可能性があるのだから、せめてこの授業が終わるまでの間は、ゆっくりベッドの上で休んでおきなさい」

「ぶーぶー」

「ブーたれても駄目。大人しく休んでなさい」


 シンが渋々納得し、ベッドで布団を被り、休もうとした…………その時――


 ガシャアアアン!! と、嫌な音が鳴り響いた。


 まるで窓ガラスが割れたような……そんな音が。


 例の光に続いて、今の音。

 流石に少し違和感を覚える二人。


「ガラスが割れた音?」

「それにしても、かなり豪快に割ってそうな音だったよな」

「上の階……っぽかったわよね? 誰かが暴れているのかしら?」


 保健室は一階。上の階となると、あるのは各教室か理科室や美術室など特別教室……何れにせよ、今は授業中。シンとネネ、二人の常識内の思考では、『事業中、何らかの原因で怒り狂った生徒が怒り任せに椅子などを使って窓をぶち破った』程度の想像しか出来なかった。

 先程の光と、何か関係があるのではないか? と、疑ってはみても、それを明確に結び付ける事は、今の二人ではまだ不可能。

 二人はまだ想像もついていないのだ。


 既に地獄が――始まっている。という事を。


「ん? 何か上の方でキャーキャー言ってねぇか?」

「そうね。余程生徒が暴れているのかしら? ちょっと見てくるわ」

「おう」

「あんたはゆっくりと休んでなさいよ。動くの禁止! 大人しく寝る事。分かった?」

「はいはい、了解しましたよー」

「よろしい」


 そう言って、ネネは保健室から出て行った。

 シンは大人しく彼女の言う事を聞き、寝ようとするものの……。


 上の階が相変わらずうるさい。


 心なしか、悲鳴のような声も聞こえる気がする。

 ガタンゴトンと机や椅子か倒れた音……そしてまたガシャアアアンと窓ガラスが割れた音……騒音が時が経つ程増えて行く。

 相当暴れてんなぁ……。と、気になるシン。

 先程、ネネに釘を刺された手前見に行く訳にも行かない。その為――


「ちょっと窓際から、上覗く程度なら許してくれるだろ」


 ベッドから起き、上履きを履いて窓際へ。

 窓を開け、顔を出して上を見る。

 窓ガラスが二枚割れていたのは三階だった。


「あそこは確か……三年の教室……だよな? 受験ノイローゼってやつか?」


 その後、その真下の地面へと視線を移すと、割れた窓ガラスが地面に散乱している。

 しかし……。


「ん?」


 よーく目を凝らし、その散乱している窓ガラスを見てみると……何やら赤い液体のような物が付着している。


「何だあれ? 血……か?」


 ガシャアアアン!! と、またしても窓ガラスが割れた音。

 シンの視線は、地面に散らばる窓ガラスから音のした三階へと移る。

 そしてシンは目を剥いた。

 シンの瞳に映ったもの……それは――


 割れた窓ガラスの破片……そして――


 それと共に落ちてくる――血だらけの人間だった。


 その血だらけの人間は、地球の重力に逆らう事なく、地面へと落下する。

 ドチャっという、鈍い音をたてて……。


「え……え? え?」


 視線の先には、原型を留めていない人の死体。

 上……三階からの人の悲鳴。


 シンの理解は追い付かない。


 そしてその混乱した頭のまま、もう一度三階の教室を見上げてみる。

 シンは見た。

 間違いなく確認した。

 割れた窓の隙間から、見えてしまった。


 毛深くて、耳が頭の上に二個ついていて、牙があって、尾が二つに分かれた――化け物の姿を。


 それを見た瞬間、シンの身体の震えが止まらなくなった。汗が身体から吹き出す。

 防衛反応だろう、考えるよりも先にシンは保健室の窓とカーテンを閉め、隠れるように壁にもたれかかった。

 バクンバクンと跳ねる心臓を抑える為、『落ち着け落ち着け』と自分に言い聞かせる。


 今見たのは何だ? オレ、頭打っておかしくなったのか? 夢か? 夢なのか? 何だ? 何なんだ? 今見えたアレは――



 あの――猫のような化け物は。



「ゆ、夢だろ? そ、そうだよ……夢に決まってる……」


 しかし、途絶える事なく悲鳴のような声が広がって行く、まるで……周囲のクラスにも広がっているが如く……。

 悪いイメージが過ぎる。


 ちょっと待て……子安さんは、何処へ行くと言っていた?


『ちょっと見てくるわ』


 ドクンッ――シンの心臓が更に大きな音を立てた。

 即座にシンは保健室から飛び出し、全力疾走を見せる。


 まだ、子安さんが三階に向かってからそんなに時間は経っていない筈――まだ間に合う!


「間に合ってくれ……三階には行っちゃ駄目だ。子安さん!」


 シンは祈る。まだネネが、三階へ到達していない事を。

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