第3話

 じっと黙って俺の話を聞いていた竜胆が口を開いた。




「貴殿の話はにわかに信じがたい。だが私の直感が告げている。“真実”なのだな?」




「ええ、もちろん、真実ですよ。少なくとも俺はそう心から信じているし、嘘はついていない。わかるはずでは?」




「ああ、だがな、貴殿はそれを私に話してよかったのか?」




「それって言うと?現金のことですかね?」




「現金はどうでもよい。天恵についてもそうだが、貴殿の言うところ“使命”の話だ。王を殺し尽くせ、というな」




「まぁやばいですよね。でも危険性が高いとわかって将棋を打とうとした竜胆様も似たようなものではないですか。必要経費ですよ、手の内を晒してくれる人間の方が信用できる。俺も竜胆様も、知的好奇心に動かされている」




「毒も呪いも私には通じないからな、大した危険はないと判断した。……お前の授かったという天恵であれば、防げるかはわからないがな」




 さりげなく言ってるけど、毒も呪いも通じないってどういうチートお嬢様だよ。たぶん俺の<知能デバフLv2>なら通じるのだろうけど、ちょっと心配になってきた。




「ところで、願い事を一つ叶えるって話は、冗談では言ってないですよね?」




「無論。二言はない。ただし後出しするようで申し訳ないが、命を差し出せというのならばそれは飲めない。あくまで竜胆家の当主としての誓いだ。道半ばで膝をつくことは許されない」




 え、じゃあ体はマジでいいのかよ、とか思ったが人間の貞操観念はそれぞれだし、アリの女王とか大量に産む必要あるからなぁ。霊長類でも一部のヒヒは女権社会だったかな?……なんてことはどうでもよく、俺の読み通り、目の前のイカれたお嬢様、竜胆は信用できる人物だ。名誉のためならなんでもやる傑物の為政者だ。だから、ここから交渉が始まる。




「では、お願いがありまして、俺が他の王を亡ぼしていくので、最後に地位を譲ってもらえないですかね?王でなくなれば命を差し出してもらう必要はないと思いますし、お互いに利益がある話です」




「断る」




 さすが決断が早い。断られるとは思ってなかったがそれ以外は予想通りだ。




「そもそも王の権利とは民衆の支持に基づく。私は父から地位を引き継いだが選挙を経ている。私が王から降りるときは立候補しなくなった時、または選挙で負けた時だけだ。」




 王の血筋には濃すぎるチートの遺伝子が流れているというが、それでもあくまで民主主義なのがこの世界だ。竜胆は本当に為政者としてあまりにも出来が良すぎる。まさに鑑だね。徹底的に為政者としての原則を守り、私利私欲では動こうとしない。一つの機関のような、民衆に望まれるままの王の理想形だ。




 たまたま金庫からなくなってしまった現金をお目こぼししてくれるの柔軟さも兼ね備えているし。最高!




「貴殿よ、つまり本当に他の王をすべて誅するほどの武勇を見せたならば、王の地位など、どうとでもなろう。結果的に村の民が豊かになるのであればすぐに支持も得られよう。ゆえに私が王の地位を譲ることを約束するなど、そもそも必要ない。支持を得た時点で好きに簒奪したらよい」




 あまりにも堂々とし過ぎていてカッコいい。惚れてしまいそうだ。要するに欲しいなら勝手に奪えと。圧倒的な強者だからこそ自然と身に付けた態度だ。……そしてつまり、俺が襲い掛かってくることを現状では脅威と考えていないという意味でもある。








「……となると、要求を訂正して、俺に協力して欲しいって話だとどうですかね?」




「無論可能だが約束は不要だ。私は村の民が豊かになるのであれば当然協力する。他のろくでもない王を誅するというなら元より利益に叶う。だから却下だ」




「えーと、そうなると特にないんですよね、とりあえず家に帰りたいってくらいです」




「ふむ、そうか。次に会う時までに考えておいてくれ。私の方でも貴殿の話を聞いてから胃がかゆいような心地だ。嘘をついていないことはわかっている。だが、まだ腹に落ちてこない。神と称する存在にも興味があるし、こちらでも調べねばならぬ。とりあえず1週間ほどでまた連絡を寄越そう。ではな」




 そう言って竜胆はスッと立ち上がって部屋から出て行った。去り際まで潔い。取り残された俺を上級兵士x1が家まで送り届けてくれた。村中では俺の喧嘩のおかげで巡り巡って好景気になったことは周知の事実、上級兵士を伴った俺の姿はたぶん栄誉に預かったのだろうと憶測され、道中はずっと歓声が沸いていた。気恥ずかしい気もしたが、まるでいいことをしたみたいで気分が良い。そんなわけないんだけどな。




 真実を知る人間は俺と竜胆だけ。秘密を共有する人間ができたことで気が楽になったし、うれしさもある。DDDはどうかって?あいつにシンパシーは全くない。




「お兄ちゃん、おかえりなさい。……そちらの人はどなた?兵士の方でしょうか?」




「こちらの方は上級兵士様だ。呼ぶときは必ず様を付けろ!」




「おい、何を言っている。まずお前のその上級兵士とは何だ。聞いたことのない表現だが、そこはかとなく馬鹿にされているような気がするぞ」




「めっそうもない!我々のような市民は御身のような上級兵士様のおかげで生活できているのであります!」




「それはわかったが、では下級兵士も存在しているということか?そっちは尊敬していないのか?」




「まさかまさか、兵士様には皆様、崇敬の念を抱いておりますゆえ、上級兵士様と特上級兵士様、最上級兵士様、皆様を等しく敬っております」




「奇妙な並びだが……ではお前は、俺のことが最も低い地位だと捉えているということか?」




「とんでもないです上級兵士様、私が申し上げている特上級兵士様とは軍団を束ねる長のことであり、最上級とは我らが最大の崇敬を捧げる竜胆様に他なりませぬ。この区分は統帥権の都合上の話でしかありませぬ。崇敬の念は等しく、しかし竜胆様には格別に捧げているものです」




「……お前の話は、なんというか、まるでわけがわからない。だがもういい。これ以上聞いていると真実らしく聞こえてきそうだ。俺の頭がおかしくなってしまう。もういいからとっとと家に帰れ」




 そうして上級兵士x1は城へ帰っていった。背中に中指を立てる。権力に組み伏せられそうになったが、俺の反骨精神はまだ折れていないぜ。




「お兄ちゃん、なんだか怒らせてなかった?」




「そんなことないぞ、妹よ。兵士様は崇敬の念を向けられて恥ずかしかったのだ」




「ふーん、まぁいいっか。それよりお城で何があったの?教えてよ!」




「実はな、かくかくしかじかでな。報奨金をもらったのだ。」




「かくかくしかじかって何なの。というかお金?どのくらい?!」




「だいたいこの世界で生活するのに、1年くらいは無職やってても平気な金額だ」




「えー!すごい!お兄ちゃん、ただ喧嘩に巻き込まれただけじゃないんだね。ふらふらしていた兄が、ついに体を張って大金を稼いでくるなんて……天国のお父さんとお母さんに報告しないと……ぐすん」




 涙ぐむほど感動した妹。すまない、本当は汚い現金がかくがくしかじかで合法化されただけなんだ。褒賞でもお目こぼしでも現金には変わらないけど。たぶんうちの妹なら経路なんて細かいことは気にしないよね。








「ところで妹よ」




「ぐすん。何、お兄ちゃん?」




「俺って2年前は何してたかな、あるいはそれ以前」




「知らないよ」




「お父さんとお母さんってどんな仕事してたかな?」




「知らないよ」




 さっきまで涙ぐんでいたとはまったく思えない妹、人間味をまったく感じさせない無機質な表情と言葉に空気が凍り付く。




「そうだよねぇ、ごめんな、変なこと聞いて。そういえばせっかくの臨時収入だし、なんかご馳走でも食べようか」




「わーい!私、久しぶりにお肉食べたい、脂肪が少ない赤身肉だけど柔らかいやつ!」




「おお、いいぞ、我が妹よ!相変わらず価値観がしっかりしているな!最高級の肉を買ってこようじゃないか。待っていなさい。今の兄は大富豪だからな、ハッハッハ」




 そして俺は笑いながら家を飛び出した。クソが。俺の頭がおかしいのか、この世界がおかしいのか。転生する前のこの身体の持ち主に関して、ずっと何の情報も得ることができていない。妹はスイッチが切り替わったように俺の過去の話と親の話を避け続けている。いくつか方法を試したがどうやっても話が噛み合わない。俺は何なんだ?これもチートスキルの仕業か?それともDDD?




 なんにせよ、現時点で俺の「人」としての中身は空虚に等しい。信じられることが一つとしてないのだから。知識があってもそれを信じなければ、それは真実ではない。だからこの世界はVRゲームかもしれないし、RPGかもしれないし、戦略SLGかもしれない。俺自身もNPCかもしれないし、AIかもしれない。そうでないかもしれない。単なる妄想に過ぎないかもしれない。もしくは、やっぱり真実なのかもしれない。








 豪華な夕食のあと、妹が寝たのを確認してから部屋にこもってDDDを呼び出した。




 魔方陣を書いた羊皮紙を取り出し、部屋の四隅に塩を盛る。ごにゃごにゃごにゃっと適当な発音で不明言語の祈祷を上げて夕食の肉の余りを捧げた。すぐに空気が変化する。視界いっぱいに広がる黄金色の光。重たく立ち込める香油と湯気。どこかから聞こえてくる、豊かな川が流れる音と楽器の音。空の真っ白な雲間から幾筋かの光が地上へ降りてきて視界が晴れる。まるで神殿のような石柱が立ち並び、大理石の床は大きさが数十メートルにもなるが継ぎ目がない。光り輝く巨大な神殿の中央にはテーブルほどの大きさの祭壇が鎮座している。その祭壇には赤いベルベットの布が垂れていて、所々に見事な金の刺繍が施されていた。その模様はどの歴史でもどの文化でも描かれたことがないほど美しい。そして祭壇に腰掛ける人影が、次第にはっきりと見えてくる。




「久しぶりだね、君よ、ついに仕事をやりとげたようだ」




 純白の貫頭衣に身を包んだ、俺と同じくらいの歳か少し若いくらいの青年が立っていた。髪は銀色で赤い眼、人間離れした造形美に超常の存在であることが伺える。竜胆も美しかったが、比べるとこの目の前の青年の容貌はまったく別次元である。そのような存在が、ひれ伏したくなるような畏敬と安心が込められた声で話しかけてきたのだ。並みの人物であればすぐに跪いて足の甲に口付けしてしまうだろう。




「手短に説明してくれ、実績ってなんだ?あとこの演出もいらない。簡略化してくれ」




「そうかい、残念だよ、せっかく君のために頑張って考えたのに」




 まったく残念そうではないが、DDDは肩をすくめた。すると周囲の光も音も消え、いつもの俺の板張りのボロい部屋に戻った。不釣り合いなほど美しい祭壇だけを残して。DDDはそこに腰掛けながらポケットから手帳を出して滔々と話しはじめた。




「まず、実績は文字通り、君が為した仕事の成果を称えるものだ。素晴らしいだろ、自らの成した偉大な仕事が一目瞭然でわかるのだから。君にはこの調子でトロフィーをコンプリートしてもらいたい。ああ、そうそう、トロフィーというのはね……」




「手短で頼む、あと祭壇もいらない」




「まあまあ、そう言わずに、君よ。ステータス画面を開いて、メニューのページがあるだろ、そこに新しく実績のページができているはずだ。獲得した実績がトロフィーとして表示されているのを確認してくれたまえよ。それを埋めるのが君の使命だ」




「それで、てめえの言う使命を果たしたら何があるんだ?」




「何もないよ、知っているだろう、君よ。それが最高の喜びであるのだから、それ以上の報酬は存在しない。人に苦痛を行わせるために用意されたものが喜びなのだから、ましてや最高の喜びであれば、それにまさる何かを与えることは何者にもできようがない」




「……クソが。まぁいいや、いつも通りか、この回答も。実績が解除されたから新しく何か聞けるかと思ったんだけどな。あと結局その祭壇は消さねえのか」




「僕が君に嘘をついたことも、隠し事をしたことも、かつて一度もないしこれからもないよ。なぜなら欺瞞とは、騙さなければいけないことがあってはじめて行われるものだからだ。僕にそのようなものはないからね。でも人は、真実でないことを信じてしまい、その結果から他の人間に真実でないことを伝えてしまうことがある。これは人間の限界だ。だが僕は人間ではないからそのようなことも起こりえない。僕の言葉はすべて真実であるか、あるいはまだその真実が到来していない、そのどちらかだ」




「ああ、クソが。俺は、俺よりもペラペラしゃべるペテン野郎が嫌いなんだ。知っててやってるだろ」




「次は女性の形で現れようか?それとも愛らしい動物がいいかい?」




「ナリはどうでもいい、情報だけくれ」




「情報!情報だなんて、君も僕を信じてくれるようになったのだね。はじめは信じてくれていたのに、次に疑い、そして今やまた信じてくれている。これほど嬉しいことはない。今の君は自らの望むままに僕を信じている。望まされたのではない、自らの意志によるものだ、疑念に打ち勝った喜ばしき知性だ」




「そういう意味じゃなくてだな。ただのデータを寄越してくれってことだよ、判断は俺が行う、信じることなくただ観察する」




「君よ、世界でもっとも明らかなものは目に見えるものである。あるいは舌上の感覚、また聞こえる音や鼻を通る臭い、皮膚上の刺激、冷たさや熱さ、そういったものだ。それらはまさにただのデータだ。神経を通って得た真理ではないか。しかし人間は火に触れたとき、それを疑うことはできない。肉を焼かれ、神経が興奮し、悲鳴を上げる。歴史上でも一部の高僧だけが耐えることのできた火の奇跡は、死によって不知に逃避したのだよ。生きていたらこう言ったはずだ、火は疑いようがない、と」




「会話するだけ無駄だとわかっている。だから最後にこれだけ聞いておく。王を殺しても、新しく王になる人物が現れたら意味がないんじゃないか?」




「それはきっと、これからの成り行きを見た方がよい。君は僕の話を信じようとしないからね。僕が話すよりも、自分の目で見た方が信じるだろう」




「……肝心なことははぐらかすのか、クソが」




「君よ、すぐに知ることになる、それまで結論は待った方がよい。これは神託ではなくただのアドヴァイスだよ」




「そうかい、じゃあいいや、もう用はないから終了してくれ」




「それでは最愛の君よ、我がいとし子よ、汝は万民の王となろう。隠されたる知恵は心のうちにあり、正しき者は知恵を語る。この世界を作りしは至高の知恵である。汝は示せ、正しき道を」




 DDDはわけのわからない名言っぽいことを言って祭壇ごと薄くなって消えた。ついでに捧げた肉も消えた。毎回そうだが、あの去り際の聖句っぽい箴言は意味がわからない。曖昧すぎてどうとでも解釈できるのだから無価値だ。




 いや逆に、適当に何にでも結び付けてありがたいお告げのおかげですって感謝すれば日々ハッピーなのか?まぁいいや、あいつの言葉を正面から受け止めても仕方ない。たしかに転生したての時にはDDDの話を真に受けていた。でも次第に、あいつは本当に俺が知りたい話には答えないことが増えてきた。まさに今回の問答みたいに。




 たしかに俺も性格悪いから「全能のお前に持ち上げることのできない大きさの岩を、全能のお前が作ることはできるのか?」とか聞いたよ。神っぽいの出たら絶対に試す定番質問じゃん、これ。あいつはこう答えた。




「既に行って、今も行っていて、将来も行うことができるだろう」と。




 DDDは岩を目の前に作って、それに手をかざした。そのまま岩もDDDも動かなかった。たしかにあいつは全能を謳ってるくせに自分では持ち上げることのできない岩を作りあげ、そしてそれを持ち上げることに挑戦しているのだという。挑戦中だから、持ち上げられないとも限らないし、持ち上げられるとも限らない。クソが。




 あいつの言いたいことはこういうことだ。やればできるが、やらないとできない。これが遠回しに俺の最大の疑問の一つの答えにもなっている。




「お前が神だったら、使命なんてお前がやればいいだろ?」




 やればできるが、やらないとできない。イエスでもノーでもなく、ニュートラル。あいつがやればできる、でもやってないからできていないだけだ。何の説明にもなってないが、そもそもこの疑問の真の問いは違う。




 実際にDDDが自ら動いても、動かなくてもそんなことは本質的にはどうでもよい。俺が聞きたかったのはどういう「仕組み」なのかってことだ。なんで使命なんてものが俺限定っぽくて、俺がやらなければいけないのか。しかも世界を救えとか、魔王を倒せとか、いかにもそれっぽいポジティブなものじゃなくて、なんで王を皆殺しなんてエグい使命なんだよ。仕組みがわからないとやる気が出ないだろ。……ってことまで踏まえた上で、あいつが示した答えはアレだったというわけだ。




 やればできるが、やらないとできない。俺自身の答えだ。行動の理由を欲しがっていただけなのを見透かされていた。本当は、行動に理由は必要ではない。原因と結果は必ずしもセットではない。




 リンゴはいつ木から落ちる?湖に投げ込まれた石が起こす波紋は予測可能か?3つ以上の天体が引き合う時、何が起きる?――やりたいことだけやって生きている?




 人間は原因と結果を考える。勝手に頭で何かと何かを結び付けて考えるのだ。理由が無くても趣味でやっちゃうこともあるし、逆に理由があってもやらないこともある。好きだからやることもあるし、嫌いだからやらないこともある。その逆も。人生そんなことばっかなんだし、使命に理由があるかないかなんて――。




 じゃあ、俺が生きる目的は?……まぁとりあえず「知的好奇心」か。




 DDD、ディー・ディー・ディー、自称「ディバイン・デウス・デバイス」。自称4番目の神。自称全知全能。そして悪意の塊。クソ野郎。






・・・

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