第9話『それ』の行方は

『…………恋愛感情?』


『……は、はい。そ、その……【てる】さんは、意中のお方などいらっしゃらないのかなって思って。』



『恋愛感情を抱いたことはありますか?』

いつだったか、それは定かではないが、私は彼にそんな問い掛けをしたことがある。


『……うーん。』


思案するように目を伏せる彼。


それが、己の中の『それ』を思い出しているわけではないことに、私は直ぐに気付いた。


『……分からない、かな。あんまり誰かをそんな目で見たことがないから。』


乾いた笑みを浮かべる彼に、私は少し悲しい気持ちになる。


彼の顔には笑みが貼り付けてあるのに、その目はちっとも笑っていない。


どこまでも空虚で、その瞳から一切の色彩が抜け落ちていたから。


私と彼は似ていた。


似た者同士だった。


私は彼を、ヒーローか何かだと勘違いしていたけれど、違ったのだ。


彼の『心』に触れた時。


彼の傷跡を知っていく度に、私は理解した。


―――彼と私は、悲しい程に同じだった。


その事実に気付いた時、私は酷く失望した。


彼にではない。


彼が、心の底から笑うことの出来ないこの世界にだ。


彼は愛を知らなかった。


愛され方を知らなかった。


―――愛し、愛される理由を知らなかった。


そして私は、『愛』を教えてくれないこの世界が、大嫌いだった。



『…………でも。』



彼の声が響く。


視線をあげると、そこにはいつものように優しく微笑む彼がいて。


彼は言った。


『―――君や、君の大切な人が、愛を伝えられるような世界になれば、僕は幸せかな。』


その声を、その言葉を、その表情を。


私は一生、忘れることはないだろう。


私は彼の、瞳の中の、遠い未来の世界の景色が―――好きだったから。



















































「…………。」


ふと、目が覚める。


チクタクと、静寂に鳴る壁掛け時計の針の音が、部屋の中に反響している。


締め切ったカーテンから差し込む月明かりが、まだ目覚めの時ではないことを私に教えた。


「…………。」


小さなシングルサイズのベッドの上、隣に寝そべるその人は、私に背を向け、静かな寝息を立てている。


「―て…………義兄さん。」


彼を呼ぶ。


当然、返答は返ってこない。


「…………。」


狭いベッドを軋ませながら、彼の隣に再び寝転ぶ。


そして、その背中から彼の腰に腕を回し、私は、力いっぱいに抱き着いた。


「…………あったかい。」


思わず口元から零れ落ちる。


呟き。


その体に押し付けるように、私は彼に身を寄せる。


ポカポカで、暖かくて、安心して。



そしてそれ以上に―――ドキドキしてしまう。



「……義兄さん、好きです。」


熱い吐息が、彼の背を伝う。


密着している箇所からは、火がついてしまいそうなほど、熱が放たれている。


「……好き、好き、すき。」


たとえあなたが見てくれなくても。


―――たとえあなたが、他の誰かを好きでいても。


「……全部あなたに尽くしたいんです。あなたの為に生きたいんです。」


きっとこれは、『愛』なんかじゃない。


ただの私の我儘だ。


ただの私の『執着』だ。


――――――でも。


「……これが、私なりの『愛し方』なんです。義兄さん。」


私にはこれしかできないから。


馬鹿な私には、こんな方法しか思い付かないから。


だから――――――


「……好き、義兄さん。」


眠る彼のその背筋を、そっと指で優しく撫でた。

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義妹ができた。めちゃくちゃ尽くしてくれるけど、とんでもないヤンデレだった。 ぬヌ @bain657

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