第49話 「さらば、シェアハウス」
8月17日
シェアハウス、退去日。
今日も天気は快晴。
雲一つもない太陽が、じんじんとシェアハウスを照り付けていた。
時間は正午を回ろうとしていた。
荷物をクルマに乗せ、いつでも出発する準備はできていたが、突如陽葵からやり残したことがあると、出発のストップがかかった。
……何でも、自分が使ったところは全部掃除をしてから出たいらしい。
「来る前より綺麗にするのが原則だよ!」
小学校での遠足で聞いた時あるような言葉が陽葵から度々繰り返される。
自分の部屋はもちろん、キッチンまわり、一階の大和室、浴室などを全般的に掃除をしていた。
もちろん、この範囲を半日で二人で掃除できるわけがないので、陽葵の掛け声ひとつで、シェアハウス住人が総出で掃除することになってしまった。
「なんで、俺がお前らの退去の掃除の手伝いをしなければならないのか」
省吾くんがぶつくさ文句を言いながら、玄関の掃き掃除をしている。
「陽葵に言ってくださいよ……」
その陽葵はというと、一生懸命大家さんとキッチンの掃除していた。
年末でもないのにシェアハウスの大掃除大会が始まってしまっていた。
雅文さんは廊下の拭き掃除、紬ちゃんはお風呂の掃除といった具合にそれぞれに作業が分担されていた。
……一番掃除に向かないであろう佳乃さんは、一番簡単な庭の掃き掃除をしていた。
「陽葵ちゃんみたいに、こんな風にやってくれる人がいなかったので本当に助かっちゃいます」
この作業にご満悦だったのが、大家さんだった。
全般的によく手入れをされていたシェアハウスだったが、掃除や各設備のメンテナンスなどは全て大家さんが担っていたらしい。
その負担はなんたるや……。
ここでも、シェアハウストリオのダメダメっぷりが露呈された。
「本当に陽葵ちゃんにはここにずっといてほしいくらいですよ!」
「えへへへ、必ずまた来ますので」
陽葵と大家さんがキッチンで話が盛り上がっている。
「必ず来ます」やら「名残おしい」やら、お別れらしい言葉がキッチンで行き交っていた。
キッチンのほんわかした雰囲気の一方、どんよりとした地獄の雰囲気がこちらだった。
「春斗、ころす」
「さっさと帰れ」
省吾くんと雅文さんにすれ違うたびに、そんなことを言われる。
掃除を手伝わされた恨み節が全て俺にぶつけられていた。
「やだなぁ、俺たちの仲じゃないですか」
「早く死ね」
「ひどい!!」
昨日、スマホの連絡先を聞き出すことに成功し、また少しだけ仲良くなれたと思っていたのは俺だけだったらしい……。
「ったく、こんな風に言ってストレス発散できる相手がいなくなるとムカつくわ」
省吾くんが大分理不尽なことを俺に呟いていた。
※※※
午後一番、大掃除も終わり、最後に陽葵と例の川辺に来ていた。
陽葵に告白された場所。
陽葵に告白した場所。
そしてみんなで思いっきり遊んだ思い出の場所だった。
「シェアハウスでもそうだったけど、ここでも色んな思い出ができちゃったね」
「そうだなぁ」
今日も川のせせらぎが穏やかに流れていた。
「また、ここに遊びに来たいね」
陽葵が満面の笑みで俺にそう言ってきた。
「もちろん」
俺も心の底から陽葵に同意をした。
「戻ったら、今年の夏みたいにずっと春斗くんと一緒にはいられなくなるかなぁ」
よく考えたら、ここに来てからずっと陽葵と一緒に行動をしていた気がする。
ご飯も一緒、遊ぶのも一緒、寝るのも一緒。
これからはお互いの家も、学校もあるからきっとそうはいかないだろう。
「そうかもなぁ」
この夏みたいにずっと陽葵と一緒にいられるというのは、あっちに戻ったらきっと減ってしまうのだろう。
「なんだか寂しいなぁ」
陽葵が、しんみりとそんなことを俺に言っていた。
確かに俺も寂しい気持ちはあったけど、それ以上にこれからのことに俺は思いを馳せていた。
「これから陽葵も学校に行って、俺も就職して、今みたいに一緒にいられる時間は減っちゃうかもしれないけどさ、時々、陽葵と一緒にここに来て今の気持ち忘れないようにしたいなぁ。それで今の自分より成長したなーとかそういうのここで陽葵と感じることができたらいいなぁ」
思ったことがすっと口に出ていた。
陽葵もどこか驚いた顔をして、俺の言葉聞いていた。
「春斗くんちょっとだけ変わった? なんていうか、ちょっとだけ前向きになった?」
言われてみると、確かにここ来たときに比べて大分そういう気持ちにはなれたかもしれない。
——けど、やっぱり誰が俺をそうしてくれたかと言うと。
「全部、陽葵とシェアハウスで出会った人のおかげだよ」
思わず、そんなこと言ってしまった自分に笑みがこぼれてしまった。
※※※
そんな、やり取りを陽葵とし爽やかな気持ちでシェアハウスに戻ってきた。
ついにお別れのときがやってきてしまったのだ。
……やってきてしまったのだが!
なんと、男二人は見送りに来なかった!
ちゃんとお礼をして、きっちりお別れをしたかったのに!!
なんて薄情なやつらだ!!
「まぁまぁ、ハルト。あの二人は素直じゃないから」
見送りに来てくれた佳乃さんが、庭で俺と陽葵に二人のフォローをしていた。
「それにしても! それにしてもですよ!」
こうなったら、何かあるごとに鬼のようにあの二人にメッセージ送ってやる!!
なんならグループメッセージも作ってやる!!
そんな決意をひっそりと固める俺であった。
「ヒマリー、元気でな! あんまりハルトのこと縛っちゃダメだぞ!」
「わ、分かってますって!」
佳乃さんと陽葵が最後の挨拶をしていた。
「紬ちゃん、またおねえちゃんと遊んでね」
「……はい」
紬ちゃんはうるうると瞳をうるわせていた。
「鈴木さん、陽葵ちゃん。またいつでも来てくださいね」
大家さんが俺たちに最後の声をかける。
「はい! 必ず!」
そう元気に大家さんに告げて、クルマに乗り込んだ。
——さらば、シェアハウス。
ここにいた期間は一ヶ月もない間であったが、俺にとっては一生忘れることができない夏の思い出になった。
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