第42話 「困ったことがあれば何でも言え~」

8月14日



「おはようございます~」

「なんだよ、ひでー顔だな。あっ! ひどい顔なのは元からか」


 朝の開口一番、今日も省吾くんから切れ味するどいツッコミが襲ってくる。

 俺の目の下にはクマがくっきりできていた。


「なんだかあんまり寝れなくて」

「えっ? そんなに盛り上がっちゃったの?」


「省吾さん!!」


 キッチンから陽葵の怒声が聞こえてきた。


「本当に何もなかったですし、陽葵が怒るからあんまりそっちに結び付けるのやめましょうよ……」

「はいはい」

 

 なんだか今日の省吾くんはいつにも増してとげとげしい。

 朝食前だったが、今日も、省吾くんは机の上に向かって真剣に画用紙に何かを書いていた。

 

 俺も省吾くんの向かいに座り、今日は持ってきたスマホの画面に目をやることにした。


「……ん? お前スマホ持ってたんだな」

「この前までは実家に置き去りにしてたんですが、今回は持ってきました!」

「ふーん」


 俺に聞くだけ聞いといて、すぐに省吾くんは興味なさそうに机の上に視線を戻した。


「あっ、そうだ! 省吾くん連絡先交換しましょうよ!」

「やだ」

「はやっ! 何でですか!!」

「何で男と連絡先交換しなきゃならねーんだよ」

「そんな……」


 こちらとしては、連絡先交換する気まんまんで来ていたので思わずがっかりしてしまう。


「ただいまー」


 ガララっと玄関の引き戸が開く。

 この声は雅文さんの声だ!

 雅文さんが朝一番で帰ってきた!


「雅文さんおかえりなさい!!」

「……ただいま」


 雅文さんが省吾くんの様子をチラッと見てすぐに部屋に戻ろうとする。

 なんとなく、その雅文さんのその様子には気遣いが感じられた。


「雅文さん雅文さん! 連絡先交換しましょうよ!」

「やだ」

「はやっ!!」

「……なんで、男の春斗と交換しなきゃならないんだよ」

「省吾くんと同じようなこと言ってる……」


 そう言って、すたすたと雅文さんは自分の部屋に戻ってしまった。


 くそぅ……。

 残りの日数での最大の目標が今決まった。

 この人たちの連絡先を聞き出すことだ!

 しかし、今は間が悪いので一旦引くとする……戦略的撤退だ!!


 そう自分に言い聞かせ、再度スマホに目を向ける。

 スマホの画面をタップして、就職サイトの情報に目を向けていく。

 とりあえず、給料で探そうかなぁ。やっぱりお金って大切だし。


 しばらくスマホを見ていると、朝食の用意ができた陽葵がやってきた。


「なに見てるの春斗くん?」

「ちょっと就職サイトを」

「どういう仕事にするか決まったの?」

「陽葵はどういうのが俺に向いてると思う?」

「うーん、難しいなぁ」


 陽葵が、うーんと頭を悩ませながら朝食をテーブルに置いていく。


「あっ、省吾さんはご飯どうしますか?」

「ごめんごめん貰うよ」


 省吾くんが机の上の道具をいそいそと片付けていく。


「お前、調子いいし口も回るから営業とかでいいだろ」


 省吾くんがつっけんどんにそんなことを言ってきた。


「営業かぁ、あんまりいいイメージないんですよね」

「選べる立場かよ」

「た、確かに……」


 ど正論を省吾君に言われてしまった。


「陽葵は営業ってどう思う?」

「営業? 春斗くんがやるやつなら何でも応援するよ!」


 一番困る返答をされてしまった。

 けど、陽葵がそう言ってくれるならなんとなく心強い気がする。


「ところで今日の味噌汁なに?」

「今日はワカメと油揚げだよ!」


 おぉぉお!

 シェアハウス残り三日にして、ようやくワカメ&油揚げのスタンダート味噌汁が出た!




※※※




 時間は正午前になっていた。


 陽葵はとりあえず勉強をしていて、俺はスマホの就職サイトで情報収集とテキストで勉強をしながら過ごしていた。


 あれ? 昨日遊び尽くそうって言ったのに全然やることがいつもと変わっていない。


「たっだいまー!!」


 そんなことを思っていたら、僕たちのあねごの元気な声が聞こえてきた。

 佳乃さんが戻ってきたのだ!


「佳乃さんおかえりなさいです!」

「おーう」


 今日の佳乃さんはスーツを着ていた。

 いかにも商談に行ってきたとばかりに、お化粧もばっちり決まっていた。

 本日もとてもうるわしゅうございます。


「おー、ショーゴやってるのか」

「今真剣にやってるんで邪魔しないでくださいよ」

「分かってるって」


 佳乃さんは省吾くんにそう言って、そのまま自室に戻ろうとした。


「あっ! 佳乃さん佳乃さん!」

「ん? どうしたハルト?」

「俺と連絡先交換してくれませんか?」


 佳乃さんに近く行き、ポケットからスマホを取りした。


「おぉーいいぞー。あれ、そう言えばハルトのスマホ初めてみたな」

「一応、持ってはいたんですが!」


 ピッとデータを送受信し、佳乃さんの連絡先をゲットする。


 とりあえず、佳乃さんの連絡先ミッションはコンプリ―……となどと考えていたら、後ろからすごい戦闘力を感じる!

 その戦闘力の正体は……怒りの黄色いオーラをまとわせた伝説のスーパー陽葵ちゃんだった。


「はるとくん~~~っ!!」


 顔を真っ赤にして何かを我慢している様子の陽葵。


「別にやましいことは何もないから!!」

「それは分かってるけどっ! うー! うー!」


 ついに陽葵は、うーうーと言葉にならない言語を発しはじめた。


「なんだヒマリも連絡先交換したかったのか」


 佳乃さんがそう言うと、陽葵においでおいでと手をまねく。


「ほらヒマリもスマホ出して」

「は、はい!」


 陽葵も佳乃さんとデータのやり取りをして連絡先の交換が完了した。


「ハルトが悪いことしたら、すぐにヒマリに教えるからなー」

「は、はい! そのときはすぐに宜しくお願いします!」


 ……俺が意図しないところで、嫌な同盟軍が結成されてしまった。


「佳乃さん、ありがとうございます!」

「おー、困ったことがあれば何でも言え~」


 俺が佳乃さんにお礼を言うと、佳乃さんは格好よくそう言って、俺たちが片付けた綺麗な部屋に戻っていった。

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