第28話 「私の春斗くんを取らないで」

 あんなに陽葵ひまりに怒られるとは思わなかった。


 なんだか最近、陽葵の怒りの沸点が低くなってきてるような気がする。

 

「なんの騒ぎしてるんだー?」

「あっ……佳乃さん」


 陽葵とそんな騒ぎをしていたら、佳乃さんが一階に下りてきた。


「いや、何でもないです!」 


 食い気味に佳乃さんに返事をする。

 ここで、おっきいブドウ畑代表の佳乃さん登場とはなんて間が悪い。

 また、陽葵に色々言われると思ってついつい身構えてしまう。


「……ヒマリ、あんまりハルトのこと困らせちゃダメだぞ?」


 佳乃さんからびっくりするほど意外な言葉が出ていた。


「……」


 佳乃さんがあんまり真面目な顔で言うものだから、陽葵が顔を伏せてしゅんと落ち込んでしまう。

 陽葵の怒りの爆弾は、急速冷凍どころか燃えカスのように小さくなってしまっていた。


「か、佳乃さん! 俺は全然いいんですよ! 陽葵が俺のことそんなに思ってくれるのって嬉しくもあるし!」


 そんな陽葵が見ていられなくて、思ったよりも大きな声を出してしまった。

 確かに陽葵が怒ってるのをなだめるのは大変だとは思っていたが、俺自身は怒りとかそういう感情は全然なくて、むしろ陽葵のその気持ちが嬉しくもあったくらいだった。


「ま、まぁ、そんなわけなのでそこまで深い出来事ではないので……。ほら陽葵も顔上げて」

「……うん」


 すっかり、しおらしくなってしまった陽葵に声をかける。


「あのぅ、佳乃さんは」


 顔をあげた陽葵が、おずおずと佳乃さんに声をかけていた。


「私の春斗くん取らないでっ言ったら約束してくれますか?」


 陽葵がそう言うと、佳乃さんがブーーッと吹き出して爆笑していた。


「あははははは! 大丈夫だって! ハルトのことは男としてみないから!」


 ガーーーン!!

 はっきりと男として見てないと言われてしまった!

 知ってたけど何故か傷つく! 知ってたけど!

 俺には陽葵がいるから別にいいんだけど、それとは別のところで何故か傷つく!


「や、約束ですからね!」

「分かってるって! そうだヒマリ! 私の部屋でちょっと話さない? 女子会やろう女子会」


 うっしっしっと笑い出しそうな、佳乃さんらしい豪快な笑顔を見せる。


「んー、じゃあちょっと行ってくるね春斗くん」

「お、おう」


 女子会と言われると、何を話すのかはすごく気になるが、俺は陽葵を見送る事しかできなかった。

 陽葵が佳乃さんの部屋に行こうと階段に足をかける。


 ……。

 

 ……。


 んー、何か大切なこと忘れてるような。


 ――佳乃さん? 自室?




「待ってぇえええええ!!」


 あることに気付いて大声を出してしまった!


「ダメだ! 陽葵行かないでくれ!!」

「えっ? えっ? 急にどうしたの?」


 俺がそんなことを言うものだから、陽葵が困惑した顔を見せる。

 あの汚部屋を陽葵に見せるわけには絶対にいかない!!


「頼む陽葵! 佳乃さんのところには行かないでくれ!」

「なんだーなんだー、今度はハルトが嫉妬爆発かー?」

「もうそれでいいですから! あの部屋に陽葵のことを連れて行かないでください!」


 佳乃さんがくすくすと笑っていた。

 俺にとっては笑いごとじゃない! 

 あんな部屋、陽葵に見られたら大変なことになってしまう!


「……春斗くん」


 陽葵が嬉しそうに顔を赤らめている。

 今の女性陣の反応、全部間違ってるからな!!


「頼む……俺を置いてかないでくれ!」

「春斗くんがそこまで言うなら……」


 陽葵が、俺のほうに嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながら戻ってくる。

 危機回避成功!! 

 陽葵はなんだかんだで素直にお願いするとちょろいのだ!


「えー、私ヒマリとお話したかったのにー」


 今度は佳乃さんの綺麗な顔がしゅんと落ち込んでしまう。

 く、くそぅ……。

 あっちを立てればこっちが立たず、デッドロック状態だ!


「じゃ、じゃあ俺の部屋に貸しますから! そっちでお話してください!」

「おっ? いいの? じゃあハルトの部屋借りるからな」


 やむを得ず、俺の部屋を差し出すことにする。

 陽葵は「なんで?」と頭の上にクエスチョンマークが出ていた。




※※※



 

「そんなこんなで、陽葵と佳乃さんは今俺の部屋で女子会を開いてます」

「ふーん」


 省吾くんが興味なさそうに、返事をする。


「……陽葵ちゃんがあねご色に染まってしまう」


 雅文さんが心配そうに声を出していた。


「あねごを飛び越えて、オカン色には染まってますけどね……」

「……確かに」


 そんな会話をしながら、男三人でシェアハウスの草むしりをしていた。

 発案者は省吾くん。

 そろそろ大家さんが戻ってくるかもしれないから、一応綺麗にしとかないとのことだった。

 

 首元にタオルを巻いているが、汗がだらだら滝のように出てくる。

 真夏の太陽が容赦なく俺たちの体力を奪っていく。


「まぁ、あねごも少し思うことあったのかもなぁ」

「思うこと?」

「んー、俺もよく分からないけど過去の恋愛で色々あったみたいだし」

「ほーー」


 実に興味深い話題が出る。


「……省吾、ここに来たばっかりのときにあねごに手を出そうとしてたもんなぁ、さすがあねごの恋愛歴に詳しい」


 雅文さんからもっと興味深い話題が出る!!


「えっ!! その話すごく気になります!!!」

「あれは俺の中で黒歴史になったんだ! 二度と触れないでくれ!」


 がくっと省吾くんが肩を落とす。

 その話を、根掘り葉掘りで聞きたかったのに省吾くんがマジで落ち込んでしまっていた。


「春斗よ、女って怖いんだぞ」


 省吾くんがしみじみとそんなことを言っていた。

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