第20話 「陽葵は俺の彼女」
「
思わず、そんな言葉が出てしまっていた。
自分のもやもやを晴らすだけの本当にしょうがない言葉だった。
「ど、どうしたの春斗くん?」
陽葵は不安気で、少しだけ嬉しそうな複雑な表情をしていた。
佳乃さんと雅文さんは真剣な表情でこちらを見ている。
「そんなの知ってるっつーの。んなことより早くメシ食おうぜ」
省吾くんが、俺の言葉なんて気にしないと言った感じでお弁当を食べようとする。
そんな各々の様子を見ていたら、途端にいたたまれない気持ちになってしまった。
「す、すいません! ちょっと俺頭冷やしてきます!」
「えっ!? 春斗くん! ちょっと待って!」
逃げるようにその場から走り出してしまった。
後ろから陽葵の不安そうな声が聞こえてきた。
▽▽▽
「はぁ、しょうがないなぁアイツは。ちょっと行ってこようぜ雅文」
「あぁ」
「わ、私も行きます!」
「ヒマリは今は行かないほうがいいんじゃないかなぁ。大丈夫だって、ショーゴもマサフミも案外頼りになるから」
「で、でも」
「大丈夫だって! ヒマリもハルトの恋人なら少し待つことを覚えないとね」
▽▽▽
「待てって春斗、どこ行くんだよ」
「はぁはぁ、分かんないです」
「わけ分かんねー、いきなりどうしたんだよ」
省吾くんと雅文さんが俺を追ってきた。
陽葵の姿がなくて少し安心する。
「何にムカついてんだよ、誰もお前の陽葵ちゃん取ったりしないって」
「そういうわけでは……」
雅文さんが俺の俺の肩を押して、どかっと近場の岩に座らせる。
「ったく、なに一人で焦ってんだよ」
「……」
「いいから話してみろって」
省吾くんと雅文さんがそのまま黙って俺の話を聞く態勢に入ってしまうものだから、俺も観念せざる得なかった。
「……何か俺このままでいいのかなって。雅文さんの話聞いてたらそんなこと思っちゃって」
「このままで?」
「俺、仕事してないですし色々考えちゃって」
「あー、ここに来ていきなり彼女ができちまったんだもんな」
省吾くんも近くの石に腰をかける。
雅文さんは俺の後ろにある木に寄りかかっていた。
「ってかお前、ちゃんと陽葵ちゃんのこと好きだったんだな」
「……そりゃあ」
「てっきり、お前のことだから押し切られたのかと思ってたわ」
「俺のこと何だと思ってたんですか!!」
何だかすごく失礼なこと言われてる気がするので、思わず声を荒げてしまう。
「……春斗、ここに来てどれくらい経つ?」
後ろで、俺と省吾くんのやり取り見ていた雅文さんが声をかけてきた。
「? まだ一週間経ってないくらいだと思います」
そう言うと、省吾くんと雅文さんが顔を見合わせて笑い合っていた。
「春斗さー、まだそういうこと考えるの早いんじゃねーのか」
「……省吾なんて、ここに来て少なくても三か月は何もしてなかったもんな」
雅文さんが笑いながら省吾くんに声をかける。
「うるせー! 春斗にバラすんじゃねーー!」
はぁ、と省吾くんがため息をつく。
「まぁ、俺も雅文も色々あってここに来たんだけどさ。社会に出ると、こういう山奥のゆっくり時間が流れるとこが恋しくなるじゃん? だからお前ここに来たんだろ?」
「……そうですけど」
「じゃあさ、もうちょっとゆっくりした後でもいいんじゃないか、そういうこと考えるの」
省吾くんはどこか遠くを見てしみじみとつぶやいた。
「……結局さ、今できることやるしかないからな。今、春斗にできることはゆっくり休んで次のこと考えること」
雅文さんが俺の肩に手を置いて、少し強めの語尾で俺に声をかける。
「はぁ、もう腹減ったから戻ろうぜ。あねごと陽葵ちゃん待ってるぞ」
「はい……」
「春斗、あとでカウンセラー代よこせよ」
「お金ないんで出世払いでいいですか……?」
「お前の出世は期待できそうにないなぁ」
クスクスと省吾くんと雅文さんが笑っていた。
そんな二人の態度がどこか心地が良かった。
「省吾くん、雅文さんありがとうございます」
「うるせー、早くいくぞ」
「……リア充死すべし」
相変わらずの二人の態度がすごく心にしみた。
※※※
陽葵と佳乃さんのとこに戻ったら、すぐ陽葵が駆けつけてきた。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
明らかに
「陽葵、ちょっとだけいいか」
「うん……」
陽葵と山の頂上のよく景色が見えるところにくる。
頂上から見える景色は相変わらず曇っていたが、ちょっとだけ雲の中から明るい光が顔を覗かせていた。
「ごめんな陽葵、俺ちょっと焦っちゃってて」
「焦る? 何を?」
「俺、今ニートだからさ、このままでいいのかなって。陽葵と一緒にいるのにこのままじゃダメだなって」
「私、そんなの全然気にしてないのに……!」
「俺が気にしてるんだ……。けど、省吾くんと雅文さんに言われたんだ、今はゆっくり休めって」
「うん、今まで大変だったもんね。もし春斗くんが働かなくても私が頑張って稼ぐから大丈夫だよ?」
陽葵が、自分の発言に何の疑問をもつことなくそんなことを言ってくる。
この子は全部本気で言っているのだ。
「そうじゃなくてさ、俺も陽葵のこと守りたいから、陽葵とここにいる夏休みの間に自分に何ができるのか考えてみるよ。仕事のこととか全部含めて」
「……うん」
「だから、俺がちゃんとするまでもうちょっと待っててくれるか?」
「もちろん!」
陽葵の笑顔が向日葵のようにパァアアと明るくなる。
この子の笑顔を守れるようになるため、今の気持ちを忘れないようにするため次の言葉をちゃんと陽葵に伝えることにした。
「俺さ、陽葵のこと本当に好きなんだ」
そう言うと、陽葵が目をうるうるさせながら真剣な表情で俺の言葉を聞いていた。
「こんな俺だけど一緒にいてくれるか?」
その言葉を聞いた陽葵が、ゆっくりと自分の言葉を飲みこむように俺の言葉に返事をした。
「……はい、喜んで」
何かを祈るように陽葵は自分の胸の前に両手を重ねていた。
――よく見ると、陽葵の頬には涙が伝わっていた。
「私ね、ちょっとだけ不安だったの」
「不安?」
「私だけ浮かれちゃっててさ、春斗くんって私のことちゃんと好きだったのかなって、春斗くん優しいから無理矢理言わせちゃったのかなって」
「そんなことないんだけどなぁ」
「うん! だから今そんな風に春斗くんに言ってもらえて凄く嬉しい!」
陽葵の表情がきらきらと輝いているように見えた。
「私も、彼女としてこれから春斗くんのこと支えていけるように頑張るからね」
「これからもよろしくな陽葵」
今、ようやく陽葵と、浮かれてるだけじゃない本当の恋人同士になれたような気がした。
第二章 「彼女のすることってなに?」 完
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