番外編 後編(完結)

 そんなこんなで、今に至る。


 最初は手持ちの服で試そうとしたけど、私が持ってるやつじゃとても理恵に着せられないって言ったら、それじゃお店に行って見に行こうってことになったんだ。


 それから、手当たり次第に服を試着して、佐野君に見せてるってわけ。このワンピースで、もう何着目になるだろう。

 じっくり見られるのが少し恥ずかしいけど、少しでも参考になってくれたら嬉しい。


「ど、どうかな」

「うん。可愛いよ」


 可愛い、か。きっと学校には、佐野君にそんなこと言われたい女の子がたくさんいるだろうな。

 私も、そんなこと言われるとむず痒くなる。と言いたいところだけど、実はそういうわけじゃない。それには、こんな理由があった。


「無理に可愛いなんて言わなくてもいいから」

「無理なんてしてないって。本当にそう思うから言ってるだけだよ」

「いやいや。だって、さっきからずっと可愛いとしか言ってないじゃない」

「あっ──」


 そう。佐野君は、私が何を着ても、いくら着替えても、出てくる言葉は「可愛い」だけだ。


 別に、自分が特別可愛いなんて自惚れてはいないし、不満ってわけじゃない。ただ本当に、無理に言わなくても大丈夫だって思っただけなんだけど、それを聞いて佐野君が慌て出す。


「ご、ごめん! でも違うから。ただこういうのに慣れてなくて、うまく言葉が出てこないだけだから」

「慣れてないって、小説ではキュンキュンするセリフたくさん書いてるじゃない」


 ヒーローである良介の甘~いセリフに、何度ハートを撃ち抜かれたかわからない。あれ、全部佐野君が考えてるんだよね。


「時間をかけて小説を書くのと普通に話をするのとでは、全然違うから。だいたい、良介のそういうカッコいいところを書くのが一番大変なんだよ」

「そうなの?」


 小説書くのと話をするのが違うってのはまだしも、良介を書くのが大変だってのは、なんだか意外だ。


「そうだよ。こういう時、イケメンのモテ男は何て言えばいいかなんて、簡単に思いついたら苦労しないよ」


 いや、佐野君自身がイケメンのモテ男じゃない!

 だけど私に言われるまで可愛い以外の言葉が出てこなかったあたり、案外本当にそうなのかもしれない。


「じゃあ、そういう時ってどうしてるの?」

「良介じゃなくて、理恵の立場になって想像するかな。もしも俺が理恵なら、こんな時なんて言われたら嬉しいだろうって考えるんだ」

「そうなんだ」


 私をキュンキュンさせたセリフの数々は、そうやって生まれてきたわけか。

 思えば、佐野君がどんなことを考えながら小説を書いてるかなんて聞いたのは初めてだから、なんだか新鮮だ。


「なんだか話がそれたけど、そういうわけで、俺じゃ良介みたいな気の効いたことは言えない。けど、可愛いってのは嘘じゃないから。本当に、可愛いって思ったから言っただけだから」


 言ってて恥ずかしくなったのか、佐野君の頬が赤くなる。

 佐野君が実はけっこう照れ屋で、時々こんな風に顔を赤くすることがあるってのは、一緒に暮らすようになってわかったことの一つだ。


 けれど、それで言うのを止めたりはしなかった。


「そのワンピース。俺達が家族になるかもしれないってことで顔合わせした時着てたやつに、ちょっと似てるだろ。北条さんの私服姿なんて見たのそれが初めてだから、印象に残ってたんだ」


 そういえば、あの時も私はワンピースを着てたっけ。自分でも忘れてたのによく覚えてるもんだ。


「けどさ、私、ワンピースなんてあれしか持ってないよ。それに、それって可愛さとは関係なくない?」


 あの時着ていたやつは、大事な顔合わせのためにちょっと背伸びしたやつで、普段はほとんど着やしない。


「うん。だから、こういうの着てくれたら嬉しいなって思ったんだけど、もしかして趣味じゃなかった?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……」

「よかった。それと可愛いってのだけど、あの時北条さん、お父さんには幸せになってほしいって言って笑っただろ。それを見て、すっごく可愛いなって思ったのを思い出させるんだよ」

「ぬわっ──!」


 今、佐野君の言った可愛いが、私の胸に突き刺さったような気がする。

 可愛いなんて、今日は何度も聞いたけど、こんな風に改めて言われるとやっぱりドキッとしちゃう。と言うか、心臓に悪いんだけど。


「いやいやいや。私が笑ったって別に可愛くないでしょ」

「そんなことないって。それに、誰かに幸せになってほしいって思って笑顔になれるなんて、すごいことだと思うよ」

「あ……ありがとう」


 それ以上は聞いてられなかった。まともに聞いたら、今度こそ心臓が持たなくなりそうだ。


 それからは、一端深呼吸して気持ちを切り替え、あれこれ服を選んでは佐野君に見せていく。佐野君はその度にじっくりと観察し、所々メモをとる。

 それを繰り返していくうちに、気づけばけっこうな時間が過ぎていた。


「たくさん時間とらせちゃってごめんね」

「ううん。私も楽しかった。それで、何か参考にはなった?」


 今回の目的は私が着飾ることじゃなく、佐野君が小説を書くための取材みたいなものだ。何か、少しでもヒントになってくれたらいいんだけど。


「ああ。どんな服をどういう組み合わせでやればいいか、実際に見れたのはよかった。ちなみにさ、北条さんは、どれが一番いいって思った?」

「私? えーっと、なんとなくだけど、これかな」


 私が選んだのは、さっき佐野君に改めて可愛いと言ってもらった時の服だった。理由は、強いて言うならその一件のおかげで印象に残ったから。

 でも、そんないい加減な理由じゃダメかな?


 もう一度選び直そうかな。なんて思っていると、佐野君はその服と組み合わせの諸々一式を、買い物カゴに入れる。元の場所に返すのかなと思っていたら、そのままそれを持ってレジへと向かっていた。


「ちょっと、何してるの!?」

「何って、会計だけど」

「わざわざ買う必要ないじゃない! いくらするのさ」


 フルセットで買うとなると、けっこうなお値段だ。いくら小説の参考のためって言っても、そこまでするものなの?


「お金な、本を出した時の印税があるから大丈夫。全部自由に使えるわけじゃないけど、不自由はしてないから。それに、北条さん、もうすぐ誕生日でしょ」

「へっ?」


 佐野君の言う通り、実はあと数日もすれば、私の誕生日だ。でも、どうしてそんなこと聞くの?

 なんて、この状況だと、彼が何をしようとしているかくらいはさすがにわかる。


「今日付き合ってくれたお礼と、誕生日プレゼントにって思ったんだけど、ダメかな?」

「えっ、えーっと……」


 やっぱり!

 でもどうしよう。誕生日を覚えていてくれたこと、わざわざこんなサプライズを用意してくれたこと、凄く嬉しい。

 もしかしたら、この買い物自体、本当はそれが目的だったんじゃないかって思っちゃう。


 だけど嬉しければ嬉しいほど、こんなにしてもらっていいのかなって、つい遠慮しそうにもなるんだよね。


 受け取る? 受け取らない?


 煮えきらない態度をとっていると、佐野君が一喝するように言う。


「いいから受け取って。『兄貴命令』!」

「──っ!」


『兄貴命令』。その言葉を聞いて、私に衝撃が走る。


 それは、『お義兄さんと、一つ屋根の下』で、良介が理恵に言うことを聞かせる時、度々言ってた言葉だった。自分の方が兄貴なんだから、妹はそれに従えって意味。

 だけど良介は、辛いなら休めとか、悩みがあるなら言ってみろとか、いつ理恵のことを思ってそれを言っていた。だから私にとって、これは最高の胸キュンゼリフだ。


 一方佐野君は、言ってから恥ずかしそうに顔を押さえていた。


「…………自分で考えたセリフだけど、実際に使うとかなり恥ずかしいな。やっぱり、俺は良介とは違うな」


 まあ、マンガやラノベのセリフを実際に使ったらそうなるよね。


「けどさ、やっぱりできることなら、ちゃんと久美ちゃんにプレゼントしたいんだ。いいかな?」


 もう一度聞かれるけど、今度は私に迷いはなかった。なんたって、『兄貴命令』されちゃったからね。


「うん。ありがとうね。ねえ。今、久美って言った?」


 お礼を言いながら、ふと気づいたことを聞いてみる。親同士が再婚した後も、私達は互いに名字で呼びあっていたけど、今佐野君は、確かに『久美ちゃん』って言った。


「うん。一緒に暮らすようになって少し経ったし、いつまでも名字で呼ぶのはどうかなって思ったんだけど、嫌だった?」

「い、嫌じゃないから! その……悠里君」


 私も、『悠里君』と名前で呼んでみる。

 決して、嫌じゃない。むしろ、もっと距離が近くなったような気がして嬉しかった。

 ただ、男の子を下の名前で呼ぶなんて経験ないから、ちょっぴりドキッとした。それこそ、理恵が良介にドキッとしたみたいに。


(──って、理恵が良介にドキッとしたのは、恋心混じりだから、私のは違うかな)


 変な考えが頭を過り、カッと顔が熱くなる。

 ……ち、違うよね? そりゃ佐野君はカッコいいし優しいし、一緒にいるとこんな風にドキドキすることは何度かあるけど、恋じゃないよね? 二次元とリアルは、別物だよね?


「久美ちゃん、どうかした?」

「ううん、なんでもない。それより、本当にありがとね。大切にするから」


 心に浮かんだ気持ちの正体はわからない。だけどとりあえず、悠里君への感謝の気持ちを伝えよう。


「プレゼント、ありがとう。それに、名前で呼んでくれてありがとう。家族になってくれてありがとう」


 いきなり兄妹になるかもしれないって知った時はビックリしたけど、今は、その相手が佐野君で、本当によかったって思ってる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る