55日目 ボディシェアリング

 通勤ということをしたのは、社会人になってから最初の数年だけだった。その後は、自宅から、会社の仕事用ボディにボディリンクで済むようになった。

 ボディリンクというのは、自宅からネットワークを介して、接続先の身体をまるで自分の身体のように動かすことが出来る技術だ。テレワークが難しいような、リアルを重視する仕事でも使える、という評価を受けている。

 元々は軍事に使われていた技術が転用されたもので、最初は警備員や工事現場などの危険が存在する仕事から使われ始めた。

 ウチの仕事場は、そういった肉体的な危険があるところではないのだが、もともと転勤がよくある会社だったので、この技術を導入することで、日本国内どの職場でも働けるようにした、というわけだった。

 僕が配属されたのは、転勤がある営業部署ではなく、本部の企画部門だったので、ボディリンクは純粋に通勤が楽になる、というくらいのものだった。

 試行が始まったときには、ボディリンクに対して抵抗がある人も多かったのだが、人は慣れていくものである。今では生身の人間は会社にいないということも多い。


 そんな中、ボディリンクを管理している人事部から、仕事用ボディの一人一台支給を辞めるというお達しが出た。

 最初に仕事用ボディが宛がわれた時には、個人用のカスタマイズも多少受け入れてくれた。男性型、女性型の種別は当然のこと、身長や体格などもSMLから選ぶことが出来た。

 しかし、徐々にそのカスタマイズは有料だからと言うことでなくなっていき、今回最終的に個人用の仕事用ボディはなくそうということになったらしい。

 社内からは反対の声が上がったし、僕も反対したのだが、「仕事上必要ではないから」ということで取りやめされることはなかった。


 しばらくの間、僕は早起きしてもともと自分が使っていたボディを確保するようにしていた。他の人も大体はそのようにしていたらしい。

 しかし、異動者が来たりすると徐々にそうも行かなくなってくる。

 ある日、僕は用事があって遅く出社すると、僕の身体を新人の女子が使っていた。僕は残念に思いつつ、残っているボディを選ぶ。

 残っているのは、社内の嫌われ者の田所さんのものと事務の明松さんのものだった。社内の予定を確認すると、明松さんも今日は少し遅く出社する予定らしい。田所さんはというと、新人の女子が使っていた身体をつかっているらしい。田所さんは、身体が自由化されてから、悪気無い風で女子の身体を使っている。既に嫌われているから出来る芸当だろう。

 僕は悩んだが、仕方ない気持ちで田所さんの身体を選んでリンクした。

 田所さんの身体は、田所さんが雑なのか、他の人が雑に扱っているせいか、いつもの身体よりも若干腕が重たかった。それが、田所さんの身体を使っている実感をわかせてしまって、僕は不快感が拭えなかった。

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