54日目 偽涙薬
ストレス反応が高くなってきていると診断されてしまって、偽涙薬の回数が一日三回になってしまった。
お昼に会社で偽涙薬を目に差す時には、自分の席で行うことにしている。偽涙薬を差しているときの見た目は、あまり良くないからだ。
席に座りながら、偽涙薬を差すと、じわじわと目の奥から涙が溢れてくる。そこまできたら、用意してあったタオルを顔にあてる。泣いているところを見られないためだ。涙が溢れてくるのに抗わず、しばらくそのままの状態で身を任す。
偽涙薬は、涙を強制的に流させて、ストレス症状を緩和させる薬である。あまり世の中には知られていないので、私は周りの人には事前に説明をすることになった。そうしないと、心配されてしまうからだ。
一定時間経つと、偽涙薬の効果も切れる。その頃には、すっきりした気分になれている。その後はトイレに行って、目が腫れないように冷やして、簡単に化粧をしなおした。
仕事が終わり家に帰ると、夕ご飯を作る。今、私は同棲しているので、作るのは二人分だ。
私としては彼にも家事を手伝ってもらいたいのだが、彼は私がやって当たり前だと思っているらしい。同棲して最初の頃は、甲斐甲斐しく私もいろいろやっていたのだが、時間が経ってくるとだんだんそれにイライラするようになってしまった。
その上、最近は私の身体も不調なので、むしろ助けてほしいのに、彼はイライラしているようだ。しかし、私も仕事をしているのに、色々な事を求めてくると辛くなってくる。
夕飯を食べ終わると、彼から話があるんだ、と声を掛けられた。
「俺たち、別れよう」
彼は、最近の仲の悪さや、お互いに忙しくなったことを理由に挙げた。
「それに……、毎日これ見よがしに泣かれても反応に困るんだよね」
彼にも偽涙薬のことは説明していたのに、そんな風に思っていたのかと悲しかった。私は偽涙薬とは関係無しに涙が出てきた。
「ほら、泣かれても困るんだよ……」
別に私だって泣きたくて泣いているわけではない、と内心思うが、泣いてしまっているのでうまく言葉に出来なかった。
そしてもう一方で、今日の夜の偽涙薬はいらなそうだ、とも私は思った。
結局別れることになって、翌日の仕事の時にも気分は最低だった。
仕事の途中で、彼とのことを考えてしまい、つい涙を流してしまった。
「あれ、大丈夫ですか?」
同僚が声を掛けてくる。私は泣いていることを知られたくなくて、とっさに嘘をついた。
「大丈夫。偽涙薬だから」
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