25日目 駆け込み宇宙船

 父が危篤だと光速通信で連絡があり、私は年末に慌てて地球に帰ることとなった。

 私の仕事は月に新しい都市を作ることで、ここ五年ほど月での単身赴任をしていた。自分の部屋があるのは日本が開発した月面都市「かぐや」だが、平日は作りかけの都市「玉兎」で寝起きしている。都市開発で建物を建てるのは機械が進めるのだが、アクシデントというのは予測がつかない。効率を考えると、自分が現場にいるのが一番良いのだ。

 それに、かぐやは観光客も多いせいで、人も多ければ様々な誘惑がある。単身赴任で自由となるお金が少ない身としては、近寄らない方が吉だ。

 しかし、今回はそれが裏目に出た。父の危篤連絡は私とすれ違いになってしまい、受け取った時には既に三日が経っていた。私は慌てて月から地球への連絡船のチケットを取った。折しも年末で本数が限られていたが、とにかく早いものを選び、飛び乗ったのである。


 月から地球への道程は三日程になる。地球に着いた後、日本にたどり着くまでの時間は運次第である。宇宙船の帰還場所は限定されていて、どこに着いたとしても確実に回収してくれる代わりに、どこに回収されるかは不明だからだ。

 半ば諦めの気持ちもあるが、忌引き休暇の日数の関係で急いで行き来しなければならない。そして、宇宙船の乗ってしまえば、後は待つのみである。

 可能であれば葬儀には間に合ってほしいものだ、と思いながら私は眠ろうと目を閉じたが、ほとんど間を置かずに、近くで騒ぎが起きた。

「オレはよぉ、もともとアメリカの宇宙船を予約していたんだぜ。それがこんな、どことも知らない国の船に乗せられてよ」

 断片的に話は聞こえてくるが、どうやら乗務員に対して難癖を着けているようだった。

 今回の宇宙船はタイミングの問題もあってかかなり空いているので、クレームの刺々しい声が耳に入ってきてしまって、目が覚めてしまった。

「どうやら、オーバーブッキングみたいですよ」

 近くにいた、ごつい見た目の男性が英語で話しかけてきた。

「それであそこまで怒るものですかね。オーバーブッキングということは、割と安い宇宙船だったんでしょう?」

「ですなぁ。しかし、この時期だと本数が少ないので、かなり待ったのかもしれません」

「ここから数日一緒だと考えると、怖いですね」

「まぁ、大変なことにはならないと思いますがね」

 男はそう言った後、「4日間というのは長いですから、もし時間が余ったらなにかゲームでもしましょう。私はトランプなら持っているので」と言って去って行った。


 道中三日目。さすがに暇になった私は、以前話しかけてきた男に話しかけて、一緒にトランプをすることになった。男は身体がごつくて怪しい雰囲気なので気にしてのだが、それはハッタリの為でしかないらしい。

「それにしても、今日は静かですね」

 私は男にそう話を振った。

 結局、出発翌日も男の暴言は止まらなかった。宇宙船は密閉空間と言うことでストレスが溜まる。だんだんと宇宙船内の雰囲気が悪くなっているのを感じていた。しかし、三日目になると、船内はすっかり静かになった上で、男の姿が見えなくなっていた。

「この船は、ルマルド共和国の船ですから」

「どういうことです?」

「宇宙船は、その船が所属する国の法律が適用されますが、ルマルド共和国は、国策で少人数のクルーで動かしているから、宇宙船の維持のためならクルーは罪に問われないんです」

 だから、どんな客もおとなしいものなんですよ、と男は言った。

 私はクルーに目をやる。ここのクルーは大きめの鎮圧用の武器を腰に下げている。

 私は、宇宙船は必ず自分の国のものにしておけ、と昔言われたことを思い出した。

「けど、いくらおとなしくさせたところで、文句言われそうですけどね」

「いやいや、文句は言えないですよ。やっかいな客は“いなくなって”しまいますから」

 私が言っている意味が分からないでいると、男は付け加えた。

「あの男は、突然宇宙遊泳をしたくなってしまって、宇宙船を途中下船してしまったのだよ」

 私は唖然としてしまった。

 窓の外には広大な闇の景色が広がっている。

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