第120話 海に向かって走れ!!

 知り合いとバイト先で会うとなんかちょっと照れる。


「ハリウッドくん甚平似合うね。ここはあれなの?君のシマってやつなの?」


 速攻弄られるの草。


「俺はバイトしてるだけだからね。反社じゃないから」


「へぇ~海の家でバイトかぁ。青春してるねぇ。ところでそっちのメガネちゃんは噂の数学科のお姫様?」


 話を振られた楪はびくっと震えて俺の服のぎゅっとつかんできた。陰キャは陽キャに声をかけられただけで委縮しがちである。


「ほんとに可愛い子だねぇ。うんうん。その上勉強もできるなんてすごいね~」


 キリンさんは朗らかに笑みを浮かべている。どこか包み込むような優しさを感じる。そのオーラに当てられたのか楪がキリンさんに向かって口を開いた。


「あ、あなたも…水着が似合ってて可愛いと思います…セクシーだと思います」


「ふふふ。ありがとうね。お姫様」


 楪はキリンさんに頭を撫でられて嬉しそうにはにかんでいる。人見知りな楪のパーソナルスペースにあっさりと飛び込めるキリンさん本当にいい人だと思う。


「…ん?」


 ふっとその時背中に視線を感じた。俺が振り向くと、キッチンの方からどこか悔し気な顔でこちらを見るケーカイパイセンの姿があった。


「楪ちょっと休憩入りな。キリンさんとお喋りでもしててよ」


「わかりましたー」


 楪はキリンさんの隣に座って、何かお喋りを始める。キリンさんのお友達さんたちもニコニコと楪を優しく迎え入れてくれた。


「何やってんですかパイセン…」


 ケーカイパイセンはキッチンの壁に頭をつけてどんよりと沈んでいた。


「やっぱり忘れられない…その…柔肌の暖かさ…」


「oh...!似合わねー」


 さっきまで店員の女の子たちに合法セクハラ決めてたリア充の王とは思えない男の郷愁だった。


「やっぱりそういうのって気まずいんですか?」


 キリンさんとケーカイパイセンは最初はお持ち帰り系のチャラいセフレ関係だったはずなのに、何があったかは知らんがケーカイパイセンまじでキリンさんに恋してしまったらしい。


「なあカナタ。俺はお前に嘘をついてしまったみたいだ」


「何をです?」


「お前にキリンちゃんを任せるって…言ったのに…まだ俺の心の中にキリンちゃんはずっとずっと住んでるんだよ!!強がっただけだった!全然振り切れてなかった!俺は!俺は!」


 なんだろう。すごくこの人の気持ちに共感してしまうんだよねぇ。やっぱり一度深い関係になってしまった女を振り切れるほど、男ってやつは強くないのかもしれない。これどうしたらいいんですかね?


「とりあえずキリンさんに顔見せてきたらどうです?」


「恥ずかちいよう」


「いや、気持ちはわからんでもないけど…。まあ俺が言えたことじゃないし、ブーメランしてるからあれなんですけどね。気まずい相手でも顔が見れないより、見れる方がずっといいですよ。じゃないと気持ちに整理がつけられないままズルズルいきますからね」


 前の世界から今の世界の4月ごろ辺り、俺はずっと五十嵐の姿から逃げ続けていた。でも顔を合わせ続けてなんとか一旦は気持ちの整理がついたのだ。どんなにきつくても顔を反らしてはいけないんだと思う。


「…やっぱりつらいのか?好きな女から逃げ続けるのってさ」


「ええ、辛いですよ。めちゃくちゃになるくらいにね」


「………カナタ。俺の散り際見届けてくれ」


「うっす」


 ケーカイ先輩は顔を上げて、きりっとした真剣な顔になった。そして彼はキリンさんの方に向かってしっかりした足取りで歩いていく。俺はただ男の背中を見送るだけだ。


「あれ?ケーくん?おひさだね~」


 緩い笑みを浮かべてキリンさんがケーカイ先輩に手を振る。


「ああ、久しぶりだなキリンちゃん。話があるんだ。聞いてくれないか?」


 ケーカイ先輩はキリンちゃんさんの横に堂々と仁王立ちする。


「うん?うん。いいけどなに~?」


 そして彼は大きな声でそう言ったのだ。

















「俺はあなたが大好きです!!!俺と死ぬまで付き合ってくださいぃ!!!!!!」













 ぱねぇ!?店の中にいる全員がケーカイ先輩を見ている。こんなところで堂々と告白するなんてあんた男やでケーカイ先輩ぃ!!!!


















「ごめんなさい!」













 キリンさんは立ち上がって、ケーカイ先輩に頭を下げた。見事なまでのお断り!!なんとなく結果はわかってたけど、こうなっちゃったかぁ。


「私、ケーくんの嫌いにはなれない。でも…もう…女としてケーくんに向かい合うことはできない。うまく言えないけど、ごめんなさい。気持ちには答えられない」


 気をつかった拒絶の言葉だと思った。告白されてもあいまいな態度で誤魔化して断ることさえしない女は多い。キリンさんはケーカイ先輩に十分誠実に向かい合ったと思う。それはケーカイ先輩はわかっているんだと思う。


「そっか。うん。でもよかった。キリンちゃん。キミを好きになれて俺は幸せだったよ」


「ケーくん…ううん。私も一緒にいた間はとても楽しかったよ」


 なんというか大人ってこうやって別れるんだね。そしてケーカイ先輩は爽やかに一筋の涙を流して。


「うおおおおおおお!!海のバカヤロー!大好きだったぁ!!!!アアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 海に向かって走っていってしまった。こうして一つの恋が終わってしまったのだ。







だけどまだ夏は始まったばかり。











きっと俺たちはまた恋に出会うんだ…。










『誰よりも輝ける夏~ケーカイ’S ラブ ネバーエンド~』



(素敵な主題歌が流れていく♪)








「ちょっと待ってくださいカナタさん!!」


「なに?今男の恋の終わりに感傷中なんだけど」


「あの先輩、仕事放棄してませんか?!青春の勢いでキッチンの仕事放り出していきましたよ!!」


「あっ…確かに…」


 キッチンの方を見ると、残された同僚の男子たちがまだ仕事をしていた。むしろケーカイパイセンがいなくなったから仕事は増えて大変そうだ。そして悲劇はそれだけではなかった。


「ケーカイ先輩が本命にフラれた!?」「これってチャンスじゃない!?」「失恋中はワンチャンある?!」


 メイド水着の女子たちが次々とエプロンとカチューシャを脱ぎ捨てて、海に向かうケーカイ先輩の後姿を追いかけ始めた。


「ぎゃー!?カナタさぁああん!女子たちが一斉に仕事放棄し始めました!バイトをバックれやがってます!恋愛だったらなにしてもいいわけないでしょう!キエエエエエ!!」


 次々とウェイトレスの女子たちが抜けていく。というかここにいる女子たちみんなケーカイパイセン狙いなのかよ…モテすぎぃ!


「ていうかヤバイ!人手が足りない!!」


 すでにあちらこちらのお客さんから文句が出始めている。曰く飯はまだか、酒はまだか、オーダー取りに来いと!!


「キリンさん!!」


「え?なにかなハリウッドくん?」


「責任取ってうちの店手伝ってください!お願いします!!バイト代はたんまり出すんで!!お願いしますぅ!!」


 俺は土下座しかねないくらいの勢いでキリンさんに頭を下げる。女子たちの抜けをキリンさんとそのお友達たちが埋めてくれたら…何とかなるかもしれない!!


「ええ?あはは。しんみりしちゃうかなって思ったのに、こんなことになるなんてねぇ。あはは。ハリウッドくんのところにいると泣いてる暇がないねぇ。うふふ」


 キリンさんは優し気に微笑んだ。そして脱ぎ捨てられたエプロンとカチューシャを身に着けて即席メイド水着姿になる。ついでにお友達さんたちもメイド水着になってくれた。


「いいよ。わたしたちが海の家を盛り上げてあげるね!一緒に頑張ろうね!!」


 キリンさんたちが海の家の仲間に加わってくれた。結局俺たちにしんみりとしている時間なんてない。夏は有限だ。笑顔でい続ける義務が俺たちにはきっとある。そう思える夏の日だった。









 バイトが終わって打ち上げをして、すっかり夜が深くなった。俺は疲れてうとうとしてしまった楪を背負って海沿いの道路を歩いていた。


「今日はどうだった楪?楽しかったかい?」


「はい。とても楽しかったです」


 月明かりが海に反射して淡く俺たちを照らしていた。


「カナタさん。カナタさん」


「なんだい?」


「今日は新しい世界を見れました。だからこれはお礼です」


 楪が身を少し乗り出して、俺の唇の端にキスをした。微かにだけど触れた唇同士の感触が痺れるように熱く感じられた。いつも控えめなくせにここぞという時に俺を驚かしてくるんだからズルい女の子だ。もうこの日のことは忘れられなくなってしまった。そして夏はまだ終わらない。












 

小ネタ ホラー


カナタ「お前ってホラー大丈夫そうだよね」


ヒメーナ「そんなことないわよ。普通にホラーは怖いわね」


カナタ「ありゃそうなん?なんか意外。お前がキャーキャー怖がるイメージがあんまり持てないんだけど」


ヒメーナ「あたしはキャーキャーって怖がるわけじゃなくて、そういう怪奇現象を信じてしまうから怖いタイプね」


カナタ「オカルト信じてるの?」


ヒメーナ「あんたとの出会いを神様のくれた運命だと信じるのと同じくらいにはね。神様を信じればその裏側には当然呪いが張り付くことになる。祈りと呪いは表裏一体の関係だとあたしは思うの」


カナタ「祈りを信じるからこそ、呪われてしまうってことか」


ヒメーナ「神が奇跡を施せば、悪魔が来て人を呪っていく。そんな循環をあたしはイメージしているわ。まあただの与太話よ。朝のニュースの占いを信じるのと同じくらいな滑稽話ね」


カナタ「綾城節だな」


ヒメーナ「そうそう。ホラーなんか見るよりもアダルトビデオとかのような健康的で生産性の高いものを見るべきよ」


カナタ「健康かな?!AV見るのって健康なのかな?!いつものオチだった!」


ヒメーナ「にちゃにちゃ」




小ネタ ホラー


カナタ「楪はホラー怖い?」


ユズリハ「はい。基本ボッチ陰キャなんでホラーは苦手ですね。だって一人で見なきゃいけないんですよ…辛くないですか…?アは…ヒトリボッチコワイ」


カナタ「はい!この話やめよう!大丈夫!どんな映画でも俺がお前と一緒に見てやるから!怖がらないでぇ!!」







 その連絡は突然だった。朝っぱらから五十嵐が俺に電話をかけてきた。


『ねぇねぇ。お願いがあるんだけどいいかな?』


「なに?どうしたん?言ってみ?」


 電話の向こうから聞こえる五十嵐の声はどこか沈んでいるように思えた。


『うん。そのね…私と友恵を…温泉に連れてってくれないかな?』


「…はい?」


 思いもよらないお願いに俺の頭の中ははてなでいっぱいになった。







~NGシーン~


ケーカイ「俺と付き合ってください!」


キリン「ごめんなさい!これからはセックスレスフレンドでお願いします!!」


ケーカイ「セフレ以下じゃん!!チクショー海のバカやろうー!!」












***作者のひとり言***



個人的にはケーカイパイセンとキリンちゃんの大人な爛れた関係を書いてみたいなって気持ちになるときがあります。


次回はヨッメーと鯖ちゃんと行くプチ温泉旅行だ!!


気がついたら連載して1年がたっておりました。

これからも嫁うわをよろしくお願いします。

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