第116話 闇鍋とジャージ
夏休みまでのロスタイム。甘美なる響きである。放課後、俺は自宅にて今後のバカンスの予定を立てながら、同時に株取引と不動産取引を行っていた。とうとう俺の資産は四桁億円の大台に届いた。摘み上がったこの財産でできることは沢山ある。
「とりあえず自分へのご褒美でNゲージとジオラマを買おう」
いい使い方は思いつかなかったので、秘密基地で遊ぶためのNゲージとジオラマのセットを通販でぽちっとした。ツカサと一緒にジオラマの街を作ったらきっと楽しいだろう。秘密基地はどんどんと充実している。屋上には菜園。屋内にはバーカウンターとラウンジ、それと美術工作部屋、製図室、図書室などなど男の世界(笑)が広がっていっている。今後の秘密基地の展開に思いを馳せていた時、スマホが鳴り出した。電話はスオウからだった。
『夜ごはン一緒にどウだ?』
ディナーのお誘いだった。かつては貢いでデートする側だったが、このように気軽に誘ってくれるようになったのはとても嬉しい。
「いいよ。じゃあ今から渋谷行くからちょっと待ってて」
『イや、今日は外食じャなイ。オ前のうちに行く。ワタシが夕飯ヲ作る』
「え?まじで?いいの?」
『アア。日頃のオ礼だ』
なんということだろう!女の子が手料理を御馳走してくれる!大学生の中でも選ばれた英雄のみができるイベントではないだろうか!?なんかすごくワクワクしている自分がいる。
「わかった!超楽しみに待ってる!!」
『ふふ。そンなに喜ンでくれるならやりがイもアるよ』
通話を終えて、俺はすぐに部屋を片づける。だって女の子が手料理してくれるんだよ!綺麗にしなきゃね!そしてスオウはすぐに俺の部屋にやってきた。
「オ邪魔します」
「こちらこそどうぞよろしく!」
スオウは仕事帰りだからか、ワイシャツにタイトスカートのビジネススタイルだった。ワイシャツの首元の白い肌のつやつやとした色っぽさと谷間が見えそうな危うさ、それとタイトスカートに浮かび上がるお尻の綺麗な丸み、そして黒系のストッキングに包まれた艶めいた美脚。エチエチなOLスタイルがすごくそそります。スオウは本当に綺麗な女だなぁ。
「キッチンヲ借りるぞ。カナタは寛イでイてくれ」
「はーい」
髪の毛を後ろで縛ってエプロンを着て、スオウは台所に立つ。俺はその後姿を見ていた。特にフリフリと動くお尻をね!あと夏の暑さで少し肌に張り付いたシャツに浮き出るブラのホック。
「~~♪」
何かブラジルっぽい曲を鼻歌で歌いながら料理を進めていくスオウを見ていると、どんどん結婚願望が湧いてくるから困る。以前綾城が言っていたのだが、ポルトガル語圏とスペイン語圏は子供の苗字の名づけのルールが似ているそうなのだ。あるカップルに子供が生まれると、スペイン語圏だと父-母の苗字の順で複合姓として、ポルトガル語圏だと母-父の苗字の順で複合姓にするらしい。俺と綾城がスペイン語圏夫婦だとすると子供の名前は「ほにゃらら・トキワ・アヤシロ」になり、俺とスオウがポルトガル語圏夫婦だと「ほにゃらら・レイチ・トキワ」になるらしい。だからなんねんって感じだけど、スオウが子供を抱いているところを想像すると違和感がないから不思議。面倒見のいいお母さんになりそうである。
「よし!出来たぞ!」
俺がとりとめもない妄想をしている間に、料理はできていたらしい。ちゃぶ台の上にサラダと美味しそうなおかずの数々が並ぶ。
「うん。美味しそうだね」
手作りのおかずはどれもこれも見栄えがいい上にいい匂いがしていた。スオウは間違いなくメシウマ!女子力に隙がまったくないぞ!だけどちゃぶ台の真ん中が不自然に空いていた。お鍋が一つ収まりそうなくらいのスペースである。
「だろウ?そしてこれが今日の主役だ!」
スオウはキッチンから鍋を持ってきた。そしてそれをちゃぶ台の真ん中に置いた。そしてその蓋を開けたのだった。もしこの世界が料理漫画ならば、蓋を開けた瞬間に光が溢れて地球が震えて宇宙が揺れるんだろうけど、そんな感動的な演出は一切ない。むしろ逆だった。蓋が開いて見えたのはーーー。
地獄にも似た....。
ーーーー真っ黒い泥そのものだったーーーーー
( ゚Д゚)
( ゜Д゜)
('Д')
(´Д`)
(´Д⊂ヽ)
「どウした変な顔ヲして?」
スオウが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「やッぱりワタシなンかがこウやッて普通のことヲしても駄目なンだな…」
「い、いやそんなのじゃないよ!」
いきなり過去の重い背景を持ち出されても困る!そういうのは別に今更気にしちゃいない。問題はそこではなく、目の前の謎の闇鍋の恐ろしさなのだ。今どきの漫画やアニメじゃメシマズ描写はとんでも描写ではなく、リアルな方向になってきているのに!なんで闇鍋?!まじでどす黒い泥みたいな鍋を作っちゃったよスオウさん!?
「イや気にしなくてイイ。わかッてるンだ。だけど…だけど…こウやッてままごとでもイイんだ…普通の女の幸せみたイなものヲワタシも味わッてみたかッたンだ…」
ウルウルとした瞳でスオウがそう語っているのを見ると、俺は非常に困ってしまう。俺は闇鍋の方に視線を向ける。どう見てもやばい。どす黒いし、なんか骨付きの肉片やらソーセージやらが浮いている。泥っとしてるし、脂ぎっててなんかテカリもある。まごうことなき闇鍋である。一口食べた瞬間、顔を真っ青にして倒れるのがオチにしか見えない。だけど目の前に泣いている女の子がいるーーーー。ならばここで食わねば男じゃない!!
「アハハ!スゴクオイシソウダナァ」
「そ、そうか!ではイッぱイ食べてくれ!」
よりにもよって大皿に盛ったご飯の上に闇鍋をぶっかけて俺に渡してくるスオウ。なんだろうこの理不尽さ!知らなかったよ。銀シャリさえも闇に染める闇鍋があっただなんて…。知りたくなかったよ!!
「な、なあカナタ」
「何かな?」
なんかスオウがもじもじとしている。頬を赤く染めて瞳を潤ませて俺を見詰めるその顔は色っぽく綺麗だ。だけど闇鍋が放つ湯気のせいでその顔も今の俺には可愛く見えない。スオウは恐る恐るスプーンで闇鍋がかかったご飯を気持ち闇多めで掬って、俺の口の方に持ってきた。
「はイ、アーン」
「あっ?ん?」
よりにもよってこれかよ!?いつもならデレデレしながらぱくついている自信がある。だけど闇鍋であーん?舐めてんの?喧嘩売ってる?スオウはそんなことしないいい子なんだよなぁ!!これ天然だよぅ!断れない!だから俺は口を開いて迎撃の用意をする。足に力を込めて、手はいつでも水の入ったコップに手が伸ばせるようにしておく。そしてとうとうスプーンが俺の口の中に入って、俺は闇鍋がかかった銀シャリを食べてしまったのだった。
ーーーっぱく。
もぐもぐもぐもぐーーーー。
ーーーーここはーーーー
ーーーーー地獄?ーーーーー
違う!そんなことあってたまるか!
これはスオウが俺のために作ってくれた手料理!!
だからここは!
ーーーーーーーーブラジル!!!!!!!
「美味い!!」
俺は思わず叫んでしまった。そしてスオウからスプーンを奪って目の前の闇鍋ライスを勢いよく食していく。
「何これ普通に美味いんだけど!?黒い汁は塩味があってコクがあるし旨みが広がりまくってる!肉もいい感じ味が濃くて油が舌の上で踊り狂ってやがる!」
何この闇鍋すごく美味い!味が濃いからごはんにもぴったり!見た目は真っ黒な闇鍋なのに本当にうまい。いやマジでうまい!うますぎる!
「踊り狂ウ?気に入ッてくれたのならよかッた。まだアるがオ代わりするか?」
「もちろんするに決まってるでしょう!!」
俺は空になった皿をスオウに渡す。スオウはそれを嬉しそうに受け取ってご飯をよそって闇鍋をかけてくれた。俺は闇鍋を食べる。
「でもこれなに?闇鍋じゃないの?」
「闇鍋…?イやこれはフェイジョアーダだが?」
「ん?ふぇいじょあーだ?」
「ブラジルの料理だ。黒インゲン豆のお汁粉とでも言えばイイのかな?ブラジルではよく食べられている」
「へぇ。そんな料理があるんだ。世界は広いなぁ」
闇鍋の正体はブラジル料理だったそうだ。しかもうまい。メッチャご飯がすすむ。
「ふふふ。まさかワタシが家族以外の男にこの料理ヲ振舞ウことになるとは思わなかッたよ」
スオウは俺のことを優しげな瞳で見詰めている。そこには母性のような慈愛を感じた。とても穏やかで温かい空気感が俺たちを包んでいるように思えた。ディナータイムはこうして意外性と家庭的な空気感で楽しく過ごせたのだった。
ご飯が終わってくとろぎタイムになってしばらくしてスオウがバックから何かを取り出して俺の方に見せてきた。
「ところでどちらが好みだ?」
スオウが俺に見せてきたのは白の清楚なブラとショーツの組み合わせと黒のスケスケブラとショーツだった。いい二択だと思った。スオウなら清楚な感じもエッチな感じもどちらも似合うだろう。俺はその二択に頭を悩ませ…ずにクローゼットから我が家の守護神を取り出してきた。
「スオウ!これは日本の学校の運動着なんだ!君に是非着てほしい!」
「なに!?そうなのか!カナタァ。お前は本当にワタシの望みをよく知っているんだなぁズルい男だよ」
俺の高校の時のジャージをスオウは感動しながらぎゅっと抱きしめる。そしてそのままジャージを持ってお風呂に入っていた。
「セーフ!ありがとうジャージくん!君がいなかったら俺はきっと…」
スオウがあんな下着のまま風呂から出てきたら…。俺はきっと獣にジョブチェンジである。ほらさぁ。これでも俺ってスオウの会社の出資者じゃん?まるで世間的に見たら力づくでものにしたように見えるよね!(建前)。いやまあスオウにドはまりする確信があるので一線は守らなきゃ。そして風呂から風呂からスオウがジャージ姿で出てきた。
「ど、どウかな?」
「うん。かわいいよとってもね」
ジャージ姿のスオウはとてもかわいかった。高校時代にこんな同級生がいたらマジで告白してしまうレベル。でも。そういう思い出がスオウにはない。スオウはろくに学校に行けなかった。それは家族のためだったし、結果的には家族を守ることでもあったわけだけど、そこに後悔がなかったとは思えない。きっと悔いのような何かはあるだろう。だから俺は提案してみる。
「なあスオウ。ちょっといまから遊びに行かない?」
「ん?かまわないがどこへ?」
「その恰好に相応しいところだよ」
俺はスオウの手を取って部屋の外へ出た。
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