第59話 蒼いお化け

 三日目の午前はフットサルが新たに行われることになった。とは言ってもこれは男女混合ではなく、男子のみの種目となった。フットサルを男女一緒にやるのは流石に危ない。だから女子は応援。つまり活躍して意中の女の子にアピールしてね!っていうサークル側の計らいである。こういうとき根は陰キャな俺は困る。とても困る。なにせどっちの種目も団体競技だ。つまりクズブルー鳳条が金のパワーでチームメイトどころか敵チームさえも買収したのだ。流石の俺もこれには抵抗できない。あっさり敗北が決まった。どころか一回もパスが回ってこなかった。あの真柴にさえも同情されたのは辛かった。優勝したのは鳳条のチームである。逆に俺は新設された逆MVPに選ばれた。いっぱいエッチなDVDを貰ってしまった。『好きな女優さんが入ってるといいねwww』ってコクワガタ代表に煽られた。絶妙に腹が立ったので、『モテねーお前らに代表様からの御慈悲じゃ!』って言いながら男子たちに向かってDVDをブーメランのように投げまくってやった。そしたら意外に女子たちにウケたので、結果オーライである。なお優勝賞品は夏の北海道避暑リゾートの旅行券でした。運営による鳳条への御配慮があからさまだった。例によって鳳条が五十嵐をそれに誘ったのだが、『水着着たいから沖縄派なんだよね』の一言であっさりとフラれた。北海道出身の俺としては微妙な気分になる一幕であった。そして午後にシングルスのテニスを流すようにやって、合宿最後の夜がやってきた。




「なんでうちまで仕事しなきゃいけないの?なんかうちの甚平が煙臭いんだけど…!」


「いいから黙ってお好み焼きの面倒を見てろよ。俺は串に肉を挟むので忙しいんだからさ」


「あはは、すっかりぼくたち給食係になっちゃったね」


 俺とツカサと真柴は今日も調理係を任命された。二日目に久保寺の目を盗んで俺が逃げたしたことへの懲罰に真柴も巻き込まれたのだ。かわいそうにね。まあ俺のせいなんだけど。


「ねぇ私思ったんだけど!そのお肉をお好み焼きに混ぜたら超美味しいんじゃないかな?!」


 そして五十嵐さんは相変わらず俺たちの前で飲み食いしながら、うぜぇ注文を投げてくる。


「すみませんお客さん。うちはそういうアレンジやってないんですよ。ビールで麺をほぐした焼きそばならあるんですけど」


 陽キャあるあるだけど、ビールとか発泡酒とかで麺をほぐして焼きそばを鉄板で炒めちゃうっていうことがある。別に美味くはならない。なお柑橘系チューハイで塩味うぇーいwwって遊ぶ馬鹿を俺は許せない。それやるとマジでシャレにならないほど不味くなる。絶対に真似をしてはいけない。


「焼きそばかぁ。もうBBQっていうより縁日染みてきたよね!あはは!」


 ちなみにいま五十嵐は浴衣を着ている。髪の毛は俺があげた簪で結っている。アップにされた髪の毛で露出したうなじに色気を感じる。


「ところで常盤くん」


 五十嵐は俺の耳元にい顔を寄せる。


「何か言うことないの?」


「みんなの前じゃ恥ずかしくて言えないなぁ。でも。そうだね。綺麗だよ。とてもね」


 俺は周りに聞こえないように小さな声で囁いた。それでも五十嵐は満足してくれたらしい。うっすらと頬を細めてはにかんでいる。


「ありがとう。あっそうだ。この簪、ユリの花が一つだけつぼみになってるんだけどね。中に何か入ってるのに鈴みたいな綺麗な音がしないんだよね。カラカラって音がするの。どういう意図なのかな?」


「うん?そうなの?鈴になってるのかと思ってたよ。合宿終ったら見せてくれ。もし壊れてたりしたら直すからさ」


「ありがと!じゃあその時はよろしくね」


 五十嵐は簪を気に入ってくれているようだった。肌身離さず身につけている。大変よろしいことだ。


『いがらしさーん!』


 浴衣を着た碓氷が花火をもって、五十嵐を呼び掛けた。


「はーい!今行くー!じゃあ私花火してくるね!」


 五十嵐は花火をやっている碓氷たちのところへ合流した。キャッキャと女子同士で花火を楽しんでいる。俺はスマホからイヤホンを伸ばして、左耳につけてミュージックを入れる。


「あんた何聞いてんの?」


「俺特製の萌えボイス集」


 イヤホンからは女の子の綺麗な声が聞こえてくる。


「キモ!?それってサークル合宿で聞くようなものじゃないでしょ?!」


「サークル合宿でボッチになるお前には言われたくないね」


「むぐぐ!」

 

 さすがにイジメすぎてもあれなので、俺はお好み焼きのヘラを真柴から奪う。


「お前も花火してこい」


「え?いいの?」


「大好きな人との思い出は大事だよ。それを奪えるほど、俺は立派な人間じゃないんだわ」


 真柴は戸惑っていたが、笑顔になり。


「ありがとう。じゃあ行ってくる!」


 満面の笑みのまま、小走りで五十嵐の下へと真柴は合流した。やっとこれでツカサと二人きりになれた!うれぴぃ!


「ふふふ。なんだかんだ言って女の子には優しいね」


 ツカサは優し気に微笑んでいた。女の子だけじゃない。ツカサにだって優しくしたい。そのための準備はちゃんと進めてる。だてに未来知識で金を稼いできたわけじゃない。御しばきの用意はちゃんとしてある。あとはチャンスを伺うだけ。足元のクーラーボックスの陰には、しばき用の道具を収納したタクティカルベストを隠してある。俺は鳳条を見る。能天気に花火で女子たちと遊んでいた。その笑顔を絶望に染め上げる瞬間はきっとあと少し。そうほくそ笑んだ。その時だった。


『はーい!突発レクレーションの時間だよー!じつはサプライズでなんと!』


 事前に手に入れた合宿の進行表にはないサプライズイベントのようだ。困る。こういうことをされると鳳条をしばくチャンスがなくなりかねない。


『『『『なんとぉ!!?』』』』


『みんな大好き肝試しだーーーーーー――――――――――――――――!』


『『『『ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』』』』


 メッチャ盛り上がってる。俺は舌打ちをする。


『実にはこの浜名湖と詣義大学の研修所にはいわくつきのこわぁい話があるんだ…』


 コクワガタ代表がなんか怖い話をしだす。学生が行方不明になっただの、怨霊が海からやってくるだのありきたりなホラーを語っている。なかなか臨場感のある語りだけど、俺は別に怖くない。五十嵐はどうかと伺ってみれば、案の定、ワクワクしたような笑みで楽しんで聞いていた。対照的に真柴は五十嵐の袖を掴んでビビっている。五十嵐は度胸が有り余っている女だ。ホラー映画をギャグ感覚で見るような女なのだ。前の世界で俺はそれに散々付き合わされた結果、ホラーに耐性がついてしまった。本当に怖いのは人間の方だよ!って意識高いこと言えるくらいには大丈夫。むしろ俺のしばき予定が狂ったことの方が困る。取り合えず様子見しようと思った。







 本当に怖いのは人間だと私は思う。だから化物や幽霊さんが出てくるなら出てきてくれてかまわない。怨念とやらで私に八つ当たりをしたければすればいいと思う。私はとうの昔に呪われているのだから。


「りりは怖くないの…?」


「え?やだなぁお化けなんてこの世にはいないんだよ。見つけたら捕まえてペットにしてみたいね!あはは!」


 友恵は怖がりだ。でもこれがきっと普通の女の子の反応なんだろう。隣にいる碓氷さんもどことなく怖がっている感じがする。だけど同時に周りの女の子たちには高揚感が感じられた。怖いところへ行って、男の子に頼る。っていうのがきっと楽しみなんだろう。私にはよくわからない。お母さんはゴキブリが出た時キャーキャー言いながら、お父さんに退治を頼む。お父さんはそれをあっさりと退治して、お母さんは喜んでお礼をしている。でも私は知っている。お母さんは一人の時にゴキブリが出ると、淡々と一人で退治することを。楽しいからキャーキャー言うのだ。そして男の子に何かを押し付ける。それがきっと愉しくて愉しくてしかたがない。私も一度家にゴキブリが出た時、宙翔に退治するのをキャーキャー言って頼んでみた。宙翔はあっさりとゴキブリを殺した。だけど私は特に楽しいとも思えなかった。何かを男の子に押し付けて、愉しいと思える瞬間を感じたことがない。それはきっと女の子失格なのかもしれない。私は見てくれは良くても、きっと可愛くない女の子なんだ。だから呪われた。本当は硝子の靴なんて履かなくたっていいくらいには、かわいくないんだ。


『では次のグループ出発ーーっ!』


 グループわけはふわっと決まった。女子は私と友恵と碓氷さん。男子は鳳条くんと久保寺先輩と代表の大桑さん。他の女子たちから、あからさまに嫌な目を向けられた。サークル代表と一番のお金持ちの男の子と一緒の組がみんなの嫉妬を買っているんだってことはわかってる。だけど別に私はこの組み合わせを望んだわけじゃない。ただただ流されただけ。いつも男の子たちは私を贔屓してくれる。だって私が呪われてるから。


「雰囲気ありますよね、この道。凄くお化けいっぱいでそう!」


 碓氷さんはキャッキャと楽し気にそう言った。この子は高校の時からこういうイベントを率先して楽しんでた。男子たちと仲が良くて、クラスを盛り上げていくリーダー系女子。私みたいに流されるだけの女とは違うんだ。きっと自分でなんでも決められる。何も決められられない私とは違う。背中を押されなければ、私は何も決められない。


「そうだね。お化けがでそうだ。うん。きっとすぐにでてくるだろうね」


 大桑さんが気取った感じでそう言う。友恵はその言葉に少し怯えてきょろきょろと周りを見渡す。可愛らしいなって思う。


「大丈夫大丈夫。怖がらなくてもいいから。お化けよりも怖いものがこの世界にはあるから…」


 久保寺先輩が友恵の隣に立った。お化けから守ろうとして、かっこつけているのかな?って思ったその時だ。


「むーーーーー!むーーーー!むーーーーーーーーーーーーーーーーー!!うううーーーーーーー!」


 突然、久保寺先輩は友恵を羽交い絞めにして、口を塞いだ。友恵は暴れるが、体格のいい久保寺先輩のことを振りほどくことは出来なかった。


「お化けはいないって中学の時までは思ってた。でもね高校に入ってあなたに出会って思ったの。お化けみたいな女はいるんだってね。だからさ、退治しなきゃ…ね!」


 碓氷さんは酷く冷たい目で私を睨んでいた。そして私ににじり寄ってくる。逃げないといけないって理屈ではわかる。だけど友恵は捕まってるのを見捨てることはできない。でもこの状況をどうにか出来る言葉もない。碓氷さんは私の首を両手で絞めてきた。


「いつも思ってた。あなたはお化けだ。何もしてないのに、男子はみんなあなたに夢中だった。中学の時、私こそがその席にいたのに、あんたは何もしてないのに、あっさりとその席に座っちゃってた。お化粧も、話術も、笑顔も、愛嬌も頑張って頑張ってやっと座れるはずの席にあなたはなんの努力もなく座ってた!」


 息がつまる以上に碓氷さんの吐く言葉の方が私には痛かった。私は確かに努力してない。話術なんて知らないから一方的にしゃべるだけだし、笑顔もいつも薄っぺらい。だけど男子たちは確かに私が好きだった。呪われてるから、男の子たちが集まって来るだけなのに。宙翔はいつもうんざりしていた。集まってくる男子たちが鬱陶しいから。


「でもそれも今日でお終い!」


 碓氷さんは私の首から手を離す。息が苦しすぎたから、私は地面に手をついてしまった。そして彼女は懐から薬のシートを取りだす。それを一錠取りだして、私の口の中に放り込む。そして酒瓶を私の口の中に突っ込んで、無理やり飲ませてくる。


「きゃははは!どう?!頭の奥がジーンってしてこない?!」


 言われた通りだった。すごく強い眠気が私を襲ってくる。そのせいで手足に力が入らない。ぼーっと視界が狭まってここがどこなのかさえも分からなくなっていく。碓氷さんが私の耳元で囁く。


「あなたをめちゃくちゃに汚してあげる。誰からも愛されることが二度とないようにね!あはは!あははははは!」


 耳障りな笑い声だけが頭に響いていく。そして私はそのまま何も考えることが出来なくなって、地面に倒れ込んだ。そして闇だけが私の傍にいる。



 

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