第46話 学科の姫って呼ばないでください!!
大学にやってきてすぐにケーカイ先輩と話し合いを持った。
「というわけで実行犯はわかりました。なので追い込みかけたいんで、このサークルの新歓合宿に確実に行けるようにコネ使ってくれません?」
「昨日の今日で犯人見つけるとかぱねぇな。まあやり方はダーティすぎるけど、女を守ろうとする心意気は褒めちゃる。いいぞ。あのサークルには知り合いもいる。捻じ込んでおく」
俺は犯人を突き止めた証拠とサークル合宿について正直に伝えた。ケーカイ先輩はリア充の王であるが、大学進学前にやんちゃして危うく前科がつきかけたような人だ。俺のやり方にも理解を示してくれた。
「ありがとうございます。ところでそのサークルってあれですか?いわゆるヤリサーってやつですか?」
新歓合宿のチラシはギラギラしててオラオラ感があふれてる。合宿先で乱交パーリィーでもしてんのかと俺は若干疑ってる。
「ヤリサーねぇ…。世間様が想像するような乱痴気パーティーやってるようなサークルはほぼありえないぞ。そこのサークルも大学公認だしな。旅行先でハメハメするようなことはないね。…ただそこのサークルにはちょいと悪い噂があるんだよな」
「悪い噂?」
「女をマワしたとかって話。大学の部活やサークルじゃたまに聞く話だけどな。警察沙汰になってないし、新聞にもネットにも具体的な話は出てない。そこのサークルの派手さは有名だから、そこに入れない陰キャの僻みが作った噂だとは思うけどな。だけど昨日の青い酒とそこのサークルがお前の調査の結果繋がったからなぁ。まあお前なら大丈夫だろう。犯人はうまくシバいてくれ。また何かあったら教えてくれ」
大学だとこういう犯罪の話はたまにニュースに出てくる。発覚してないだけでそういうことを繰り返しているだろう連中もおそらくいるんだろう。反吐が出る。
「了解です。おまかせください!」
犯人がいる新歓合宿へ参加する手はずは整った。あとはしばき倒すだけである。準備は怠らないようにしなければ。
いつものメンツと共に学食で夕飯を食べていた時だ。楪がどことなく落ち着きの無さそうな様子でもぞもぞしていた。
「どうしたの?何か困ってるなら言ってちょうだい。力になるわ」
いつもの地雷系ファッションな綾城がそれに似つかわしくない母性的な優しい声で楪に促した。こういうところがこの女をリスペクトしたくなるところだと思う。
「ありがとうございます綾城さん。…実は…すごく…頼みづらいんですが…誰か合コンを開いてくれませんか?」
俺と綾城とミランは目が点になった。頭にハテナマークが浮かぶ。楪は知らない人相手にはかなり人見知りをする。その子が合コンを開いて欲しいとはどういうことなのか?
「か、勘違いしないでくださいよね!わたしは男の人との出会いが欲しいわけじゃないんですからね!カナタさんのセカンドで十分なんですからね!!」
「何そのツンデレなのに自分を下げてる感じ!もっと上狙っていいよ楪!セカンドとか言わなくていいから!てかやめてぇ!俺の評価がががが!」
「おっと。ちゃんと説明しないといけませんね。わたしが欲しいのは女の人との出会いなんですよ!」
説明になってないような気がする。なんだかんだと言って楪って根は陰キャでコミュ障だからなぁ。きっと言葉足らずなんだろう。そしてうちのメンバーはそれに乗じて悪ふざけをするバカしかいないのである。
「ひどい!ボクとのことは遊びだったんだね!この間ラブホで(カラオケ)処女を優しく捨てさせてあげたのにぃ!ボクに飽きて他の女に走るんだね!うわあああん!」
ミランの泣き顔とかが無駄に演技
「ちょっと楪!!美魁に謝りなさいよ!あなたの(カラオケ)処女を優しく奪ってくれた美魁を飽きて捨てるなんて!!美魁はあなたに童貞を捧げたのに!!いくらおっぱい大きくても許せないわ!ぷんぷん!」
綾城ママがミランをやさしくぎゅっと抱きしめる。
「ひどい!それカラオケの話でしょう!!まるでわたしが童貞食いのビッチみたいな誤解が生まれるんでやめてくださいよ!!ただでさえ最近は数学科の姫(笑)とか言われちゃってるのにぃ!いやぁあ!ビッチ呼ばわりは嫌ぁ!」
楪は綾城によるファッションコーディネートによる大学デビュー以降、数学科の姫という名誉があるんだかないんだかわかんない称号で呼ばれることが多い。綾城のファッションセンスはいいのだが、楪が最近着ている服っていわゆる童貞を殺す系ファッションが多いんだよね。
「数学科の姫(笑)。いやぁ羨ましいなぁボクなんか文学部の王子様なんて呼ばれちゃってるからね。ボクも一度くらい姫って呼ばれたいなぁ。ぷっ」
「きー!女子が多い文系めぇ!なんでわたししか数学科に女子がいないんですかぁ!自動的に姫になっちゃったキモさを誰かに押しつけたよう!」
ここぞとばかりに弄りに行くミランちゃん童貞(笑)。そして姫呼ばわりにガチで嫌がる楪。
「で、どうして合コン?話を聞く感じだと楪が求めている感じじゃないよね?誰かに合コンを開くように頼まれた?数学科の人たちとか?俺が断っても良いぞ」
「カナタさんのお気持ちは嬉しいです。でもこの合コンの話はガチなんですよ。聞いてください。どうしてわたしが合コンを開いて欲しいかを…」
そして楪は合コンをなぜ開いて欲しいかを語りだした。
綾城が渋い顔をしながら話を纏めてくれた。楪が語った数学科の内部事情がなかなかシャレにならなくて俺とミランはドン引きしてた。
「つまり要約すると、数学科の中でもアレな男子たちに彼女さえできれば姫呼ばわりされることは減るはずだと」
「はい。そういうことです」
「その上、楪を一番姫扱いしてくるアレな男子たちは数学のガチ天才たちであの葉桐にロックオンされていると」
「はい。このままだと数学科が、あの女のおっぱいよりも夢が好きなキモい男に奪われかねないんです…」
楪の所属する数学科に葉桐は工作を仕掛けているそうだ。あいつが得意な女との出会い系工作である。数学科のいわゆる陽キャ系連中は葉桐の生徒会に取り込まれたそうだ。他の学部ならこれで制圧完了だけど、数学科はちょっと違う。数学科内部での発言力の強さは数学力で決まるのが、皇都大学の伝統らしい。今年度の陽キャ連中は幸い数学力が低いので学科全体に生徒会の影響は及ばずに済んでいる。
「今数学科で発言力が強いのは参天浪と呼ばれるガチの天才男子たちです。わたしを入れて数学科四天王と呼ばれています。入学前から査読論文がアクセプトされている本物の天才たちです。教授たちが言うにはここ数十年では当たり年らしいです。だからあの男が出てきたんだと思います。参天浪の数学力は他の分野でも応用がきくはずです。あの男の世界を良くする夢(笑)とやらも叶うかもしれません。だから参天浪にあの男は飛び切りの美女をあてがってコントロールしようとしたそうです。幸い参天浪は女の好みに五月蠅いので、失敗したんですけど。なんか最近参天浪さんたちがわたしにうるさく群がってくるんですよ。姫!姫!って…アハハ…私が好みらしいです。勘弁してください…」
楪が煤けて見える。そんなにウザいのか参天浪って奴らは。
「でも葉桐が紹介するレベルの美女を蹴る連中に、ボクたちが紹介できる女の子なんていないと思うんだけど…それにそんなに好みに五月蠅い男に女の子を紹介するのは嫌だなぁ」
ミランは葉桐の女衒行為を横で見てきてる。合コンとは言え、似たような事には抵抗があるだろう。
「わたしも抵抗あります。だけど同時に参天浪さんたちはわたしにとっては数学研究の良き同志でもあるので、葉桐サイドに行かれても困ります。あと彼らの好みは顔とかスタイルじゃないです…」
「ん?じゃあどんな女の子が好みなの?」
「普通の出会いが欲しいそうです。彼らはアホだけど愚かではありません。葉桐の下心をきっちり見抜いてます。いくら美人を好きに出来ても、その美女は葉桐のために働いている。それは嫌でしょう。彼らは普通の恋愛がしたいって言ってました。正直に言うとわたしはその意見に同情しました。彼らも私と同じです。葉桐に目をつけられてますし、その上もともとその才能ゆえにまともに異性に見てもらえない苦しさを持っています。いつもウザい人たちですが、童貞を拗らせて普通の出会いを求める姿に憐れさを覚えました。助けてあげて欲しいです」
楪はどことなく悲しそうな笑みを浮かべている。かつての自分の姿をその参天浪に重ねているのだろうか?だとするといいことだと思うのだ。楪はけっこう自分の事でいっぱいいっぱいだったように思える。綾城やミランが楪に優しさを与えた。そしてそれをまた別の誰かに与えようとしている。それは幸せなことだ。
「いいよ。普通の合コン。俺が手配してみるよ」
「ほんとですか?!ありがとうございます!ほんとウザいけど根はいい人たちです!ウザいけど!すごくうざいんだけど!!いい人たちなんです!だからいい出会いのチャンスをあげてください!」
ちょっと前までの楪は他人をどこか怖がっていたと思う。俺や綾城やミランにぎゅっと掴まっているそんな子。でも誰かのためになることをしようとしている。それを叶えてあげなきゃ男が廃りますよ。というわけで、俺はとある人物にスマホで連絡を取ってみた。
「キリンさん?おひさでーす!」
『あーその声はコーダイ生のハリウッドくんだねぇ?おひさー。どしたのー?デートのお誘い?ハリウッドくんならラブホ行くまで保証してもいいよーわくわく』
なんだろう。この異次元な男女交際の世界観。スマホから聞こえてくるキリンさんのユルふわボイスに価値観の断絶を感じる。綾城は俺に大丈夫?って視線を送って来るし、ミランは顔を赤くして目を逸らしてるし、楪は若干引いているように見える。
「いや。デートじゃなくて。それにそれはケーカイ先輩とねぇ?」
『え?でもケーくんとは付き合ってないし、会っても遊んでエッチしかしてないよ?気にしなくてよくない?』
「えーっと!そうじゃくてぇ!合コン!合コンしたいなぁって!ほら!後輩にコーダイ生紹介してあげたいって言ってたでしょ!」
『まじ?コーダイ生いいね。いいよー。合コンしようか。ところで聞きたいんだけど』
「なんですか?」
『チャラい系?それとも真面目系?』
なんかやたらと真剣な声でそう聞かれた。俺たちは顔を見合わせた。さっきまでお股ゆるふわボイスで喋ってたのにガチな声なの本当に戸惑う。でも嘘ついていい雰囲気じゃないな。
「真面目系っていうか。まあ普通の恋愛目指して和気あいあいとするような合コンにしたいですね」
『そっかー。真面目系ねー。ねぇそっちの男子は童貞?それとも非童貞?どっち?』
またも真剣な声がスマホから響いてくる。なんか怖い。女の人の方が恋愛には真剣っていうけど、これにはいっそ狂気を感じる様にも思える。気のせいだろうか?
「えーっと参加者は全員童貞くんです。数学科の頭のいい子たちです。ウザいけど根はいい奴らですよ。才能もあるんで将来も有望です!」
女は童貞をうっすらと嫌っていると思う。とくにキリンさんみたいな派手系はそれが顕著だと思う。だけど。
『ふーん。わかったー。じゃあこっちも真面目系の処女を用意するね。うまく行くようにわたしとハリウッドくんでサポートしてあげようね。出来れば結婚してくれるくらいに仲良くなってほしいなぁ。そんなカップル頑張って作ろうね!』
「え?あのー童貞君に処女ですか?むしろ難易度高くないですか?」
俺の持論だけど、童貞君にリードは難しいと思う。相手にはある程度の経験値があってもいいと思うのだが。それとは逆にまたも真剣で、それでいてひどく冷たい印象の声が響く。
『これ私の持論なんだけど、レンアイシジョーからは童貞処女でお互い以外の異性を知らずに足抜けしていった方がいいと思うの。異性経験なんて積まなくていいよ。そんなの無駄だよ無駄。経験積んでも異性の良く無いところばかり覚えていくだけなの。セックスなんて誰としたって大して変わらないんだもの。だからそれで幸せになれる人なんていないよ。…いないんだよ』
「キリンさん?大丈夫ですか?なんかちょっと…」
『あはは。ごめんねー。えへへ。ほらぁ女の子はコイバナ好きだからさぁ。ちょっと熱くなっちゃった!てへ!』
むしろ熱さとは無縁の虚無感さえ感じる冷たさだった。ほじくらない方がよさそうだ。だけど相手方の幹事は乗り気だ。それはとてもいいことだろう。
『じゃあ早速明日やろうか!』
「ふぁ?!明日?!」
『うん!思い立ったが吉日!大丈夫大丈夫!プランは私が考えておくから時間だけ空けといてーじゃあまたねぇー』
そして通話は切れてしまった。
「…ひどく個性的な女性だったわね。乗り気なのが幸いかしら?」
綾城がどことなく心配げな目をスマホに向けている。何かを憐れんでいるような瞳だった。
「今の声ですが、わたしの分析によると野球なら打順を一巡しているくらいのバットを握ってますね」
綾城菌に汚染された楪の分析がミランを青ざめさせる。
「あと一人で経験人数二桁?!大人の世界だ…?!とういうかボクの時もそうだったけど、その経験人数判定メソッドはどうして発明しちゃったの?頭良すぎて馬鹿になったの?」
「昔…お友達だと思ってた子が、彼氏できてエッチ経験したとたんに、わたしから離れていって…はは!カラオケに一緒に行こうって約束してたのにぃ!なに彼氏のマイクで満足してるんですかぁ!チェストしてやりたいィ!!キェエエエエエ!」
発明の動機が意外に重たかった。誰しもトラウマがあるけど、楪ってまじで運がないと思う。これからは綾城とミランと一緒に人生を楽しんで欲しい。そう思った。そして俺たちは参天浪をすぐに呼び出して、下北に向かった。綾城にファッションを整えさせ、美容室に放り込み、そしてミランが異性の前でも多少は堂々と振る舞えるように演技法を指導してあげた。いきなりの合コンに俺は若干の不安を覚えつつも覚悟を決めて臨むことにしたのであった。
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