第14話 大学デビューした女子はたいてい可愛い

月曜日の朝、行きの同じ電車の中で楪と再会した。彼女の髪型は少しだけど変わっていた。前髪は綺麗に整えられて、もっさりしていた後ろ髪も綺麗に整えられていた。そして眼鏡もレンズが薄くオシャレなフレームに変わっていた。服装も可愛らしいワンピースと華やかなデザインのカーディガンを合わせていた。全体的に可愛らしく綺麗だ。もっさい感じは一切ない。


「楪、髪切ったの?」


 以前と違って華やかな印象を覚えるキラキラ女子になっていた。


「あ、わかります?実は昨日綾城さんと原宿に行ったんですよ!美容室を紹介してくれて、合いそうな服を古着屋さんで見繕ってくれて。本当綾城さんは優しくて素敵な人です!」


 マジで面倒見がいい。地雷系の見た目に反して、次々とギャップ萌えを重ねていく女。恐ろしい子!


「それはよかったね!うん。確かに本当に華やかになった。うんうん。だけど気をつけてね。…学科の奴ら間違いなく血眼になるからな」


 学科におけるこの子って男子たち全員が「この子は俺だけが美人だって知っている地味子系ヒロインだ!!」って思ってるはずだ。でもそんなラノベみたいな展開はないんですよ。実際土曜日はチャラ男にあわや喰われそうになったわけで。現実はつくづく理不尽である。


「大丈夫です。この綾城さんから貰ったこの写真さえあれば!!」


 俺に向かって例のビリヤード場で撮った写真を見せつけてくる。素面の状態で可能な限り客観的に見ると、いかつい男が女を侍らせているようにしか見えない写真だった。


「セカンドって言うのだけはやめてください!お願いです!お友達っていっておいてください!お願いですから!!」


「えー?どうしましょうかねぇ?悩んじゃいますねぇ?うふふ」


 悪戯っ子のような明るい笑みを浮かべる楪にはもうネガティブな感じはない。それはそれは素敵な笑顔だったのだ。そして駒場皇大前駅に着いて改札を潜り駅の外に出た。駒場キャンパスは駅のほんのすぐ目の前にあるのだが、遭遇したくない奴らナンバー1,2が駅前の宝くじ売り場にいたのに気がついてしまった。


「あーまた外れちゃった!」


 嫁がスクラッチのくじを買って、外れを引いていた。彼女はくじを買うのが趣味だった。まあ俺と付き合ってしばらくしてから、買うのをなぜだかさっぱりとやめてしまったが。


「あはは!理織世りりせは本当にくじ運悪いよね。見てよ!僕、二千円当たったよ!」


「えーずるい!もう!宙翔ひろとはいつもくじを当ててくよね!もしかして私の運を吸ってたりするの?!」


「そんなことないって。だから今日はこのお金であの高い方の学食に行こうよ!御馳走する」


「わーい!あそこ行きたかったんだよね。楽しみぃ…あれ?常盤君?やっほー」


 よこをこっそりと通過してキャンパスへ歩いていた俺は嫁に気づかれてしまった。嫁は朗らかに挨拶してくるが、間男系幼馴染の葉桐は不機嫌そうに眉を歪めるだけだった。俺は取り合えず会釈だけして、そのまま楪と共にキャンパスに歩いていく。


「あっちょっと待ってよ!」


 キャンパスの中に入ってすぐに嫁は俺の横に追いついてきた。だから反射的に足を止めてしまった。ああ、結婚生活という名のATMである俺は嫁の命令に逆らえないのだろうか?染みついた習慣が憎い。なお嫁の後ろに葉桐もセットでついてくるので憎しみは二倍どころか二乗くらい高まった。


「なに?」


 嫁は今日も華やかな格好をしている。明るい色のニットシャツにフレアスカートの女子アナ風清楚ビッチコーデだった。ニットシャツに浮き出る形のいい巨乳は破壊力抜群である。童貞なんかもうイチコロどころか即死である。


「いや、なにじゃなくて!普通に挨拶してよ!なんか素通りされると悲しいじゃない!」


 プンプンと嫁は怒っている。これはまだ致命的には怒っていないときの顔だ。具体的にはゴミ出しを俺が忘れた時の顔。この後がうぜぇんだ。チクチクと詰ってくる。ていうかこの間、俺は全力でこいつを拒絶したのにまた話しかけてきやがった。相変わらず鳥並みの記憶力だな。なんでうちの大学に入れたのか謎過ぎる。


「ねぇねぇ常盤君はシャイなの?でもそのわりには綺麗な女の子といつも一緒なんだよね」

 

 嫁は俺の隣にいた楪のことを興味あり気に見ている。


「すごく可愛い子だね!私は五十嵐理織世っていいます!常盤君と同じ建築学科です!あなたは何処の学科?」


 すごく馴れ馴れしく満面の笑みで楪に自己紹介する嫁。いつも他人の懐にずかずかと踏み込んでいく。楪はちょっとびくっとして俺の後ろに隠れてしまう。俺のジャケットの裾をぎゅっと握ってる。陰の者は陽の者の光を恐れてしまうのだ。だってなんか怖いもの。だけど楪はなんと勇気を出して声を出した。


「理学部数学科の紅葉楪です…」


 凄い進歩だ!自己紹介してる!!その頑張りにぎゅっと抱きしめてやりたい!


「数学科なんだぁ。すごいね!頭いいんだ!私は数学超嫌いだったから尊敬しちゃうな!極限とか意味わかんないよね!あはは!」


 だけどここまでが限界だった。楪はお目目をグルグルとさせている。きっとどう受け答えしていいかわからないのだろう。だからだろう何故か楪はスマホを取りだして。


「私!セカンドです!!」


 例の写真を嫁に見せつけた。嫁は写真を見て、目を丸くして首を傾げている。そして葉桐は驚いているようだった。


「セカンド…?野球?この子がセカンドなら、一緒に映っている常盤君はファースト?ピッチャー?キャッチャー?」


 嫁はセカンドの意味がわかってないようだった。今どきの人は知らなくてもおかしくないと思う。


「セカンドの意味はあとで検索でもしてくれ…。それは土曜日に思い出に取った写真だよ。ビリヤードで遊んでたんだ。あの綾城もいたぞ。楪は新しくできた友達だよ」


 何でおれはこんなにも言い訳がましく説明しているんだろう。俺は嫁にどう思われても気にしないはずなのに。


「ビリヤード!わぁ楽しそうだね!今度やるときは私も誘ってよ!」


「機会があったらね」


 陰キャ文法では機会なんて訪れることはない。それに嫁はビリヤードやると時々イキって変化球やろうとして失敗し、台のカーペットをキューで破くので一緒にプレイしたくない。


「楽しみにしてるからね!うふふ」


「いい加減にしてくれ理織世!言っただろう!彼と関わるべきじゃないって!」


 ずっと黙っていた葉桐がとうとう口を挟んできた。俺の事を少し睨んでいる。


「やっぱり君は抜け目のない人間だ。まさか数学科の紅葉楪さんとパイプを作っていただなんて思いもしなかったよ!」


「はぁ?なに?パイプ?」


 何言ってんだこいつ。俺は首を傾げた。楪も不思議そうに首を傾げている。


「よくもまあ自分は紅葉さんと繋がりを作っておきながら、この間は理織世の将来のチャンスを邪魔したよね!恥を知ったらどうだ?」


「お前の言っていることが相変わらずわからん。さっぱりわからない。フェルマーの最終定理くらいわからん」


 そして間男への文句はいかに余白があっても語り足りないのだ。


「カナタさん!フェルマーの最終定理はもう証明されてますよ!」


「え?そうなの?数学科すげぇ」


 楪のツッコミのおかげで一つ賢くなれた。


「随分と紅葉さんを上手く騙しているようだね。下劣な野望を隠しながらよく人と仲良くできるね?君は本当に良くない人間だな」


 葉桐がめっちゃ軽蔑の目線を俺に向けてくる。軽蔑に値する存在はお前のはずだろうに。


「だからわけわかんねぇんだけど?」


 俺もいい加減イライラしていた。その時だ。嫁が口を開いた。


「ねぇ宙翔。紅葉さんって有名なの?そう言えば入学式の時、紅葉さんの写真を私に見せたよね。見つけたら声を掛けてって」


 入学式の日。こいつはグループを作ってた。あのグループは今でも生きている。どころか一年生の間でどんどん勢力を増しているらしい。『生徒会』なんて皮肉るやつらもいるくらい影響力が出始めてる。


「うん。紅葉さんはある分野じゃ有名人だよ。電子通貨って聞いたことない?」


「なにそれ?定期券の磁気カードにチャージしてるお金のこと?」


 そう言えばこの頃はまだ電子通貨は一般人には有名ではなかったな。今のうちに買っておいたら一財産になるかな?


「違う。P2P型のブロックチェーン技術を応用した新しい通貨システムのことだよ」


「ぴーつーぴー??ゲーム機?」


 嫁は電子通貨が有名になったときも、とくに興味を示してなかった。というか意外なことに金そのものにはあまり執着をしないタイプだった。デートも最初の頃からきっちりと割り勘してくるタイプだった。端数の一円レベルまできっちり割ってくるタイプなので逆にウザかった。そして高価なプレゼントも欲しがらない。だけど歴代元カレたちはみんな俺より高収入。稼げる男が好きっぽい。


「だから違うって。今度ちゃんと説明してあげる!とにかく紅葉さんはすごいんだ。電子通貨を手に入れるにはマイニングが必須だ。だがそれには莫大な量の計算量が必要となる。コンピューターの電気代はバカにならない。その電気の使用量は地球温暖化にも悪影響を及ぼす。紅葉さんはその計算量を3%も圧縮するアルゴリズムを開発して世界に無償公開した天才ハッカーなんだよ!世界に貢献した素晴らしい人材なんだよ!」


 ちょっとどころか超驚いた。楪はとんでもない人材だったのだ。



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