第6話 オリエンテーションは二人ボッチのはじまり!!

 オリエンテーションと言えば、友達づくりのチャンスだとみんな思ってる。ここで友人を創ることに失敗し、グループに入ることに失敗した者は四年間をボッチとして過ごすことになる。と思われてる。だがこの考え方に俺は否定的な見解をもっている。俺自身、一週目のオリエンテーションでは友人が出来なかったガチ陰キャだ。だけどオリエンテーションを過ぎたあと、各種実習や学科飲み会の中で自然と友人と呼べるような人たちとの繋がりは出来た。むしろオリエンテーション中にできるグループってお試し感が強すぎるので、大抵の場合気がついた時には消滅しているもんだ。だからオリエンテーション中にできる人間関係はそんなに気にしなくてもいい。だから俺自身はオリエンテーションでの友人作りにはあまり労力を割くつもりはない。むしろそれよりはサークル側でのつながりを作ることに集中したい。サークル側でキラキラな友人関係が築ければ、自然と学科側にも友人が出来ていく。世の中はそんなものだ。だからオリエンテーションサボっちゃダメかな?だってこの学科には…。


「常盤君、隣いいかな?」


 オリエンテーションしょっぱな。教室の隅っこの方に陣取ってシラバスを確認していたら、嫁に話しかけられた。かけられてしまった。


「建築学科は女子も多いから女子グループのところへ行った方がいいぞ。俺といても別に楽しくはないよ」


 当然俺は気まずい。同じ学科だから顔を合わせるのは仕方がないとは覚悟していた。だけどまさか向こうから話しかけてくるとは思わなかった。俺は入学式で嫁の幼馴染系間男とこの二週目の世界ですら揉めているのにだ。


「別にそんなことないと思うんだけど…だめかな?」


「…うっ…好きにしてくれ…」


 ウルウルとした瞳で頼まれると断りずらい。というか断れなかった。かつては短くとも結婚生活という名の嫁のATMを経験した身である。体は反射的に嫁の願いを叶えようとしてしまうのかもしれない。あるいは嫁の機嫌を損ねるとややこしいしめんどくさいという経験から来る習慣なのか。


「なあ、あの子」「すげぇ美人だな」「知らないの?確かあの子読モだよ」「チアの全国大会にも出てたよね確か」「あの顔でウチの大学にも入れるとか完璧すぎだろ」「でも同じ学科ならワンチャンある?」「誰か声かけてこいよ!」


 周りからひそひそとした声が響いてくる。みんな嫁に注目してる。当然だ。100人が100人とも美しいと認める顔の持ち主だ。それに不思議な瞳や髪の色で神秘性のような印象さえ周囲に与えてる。後にはミスコンで圧倒的優勝も果たしてみせた。ここまでくるともはや美貌という名の暴力かもしれない。そして逆に俺はそんな嫁の隣にシレッといるもんだからどことなく男子からは敵意を抱かれているように思える。


「ねぇ常盤君はどの授業取るの?大学って単位さえ満たせばいくつとってもいいし、サボってもいいんだよね?高校とは全然違うんだよね。ついこの間まで言われた通りの時間割だったのが嘘みたいだよね」


「俺浪人だから高校の事もうよく覚えてないんだわ」


 嫁に話しかけられた俺は話の腰を折ってみた。現役生と浪人はやっぱり最初のうちは断絶がある。そのうち誰も気にしなくなるけど、今は気になるだろう。


「え?年上なんだ…ですか。ごめんなさい、私ずっとため口きいてました」


 いきなり敬語に変わった。本気で申し訳なさそうな顔をしている。これはちょっとまずい。俺相手なら是非ともこの調子で接して欲しいけど、他の浪人生相手にこの態度はあかん。同学年ならため口が基本なのだから。


「同じ学年相手なら敬語は使わない方がいいぞ。浪人も現役も学年で区切られるのが大学なんだからな」


「そうなんです…そうなんだね。よかった。うん。なんか壁が出来たみたいでびっくりしちゃった。えへへ」


 嫁はほっとして、可愛らしい笑みを浮かべている。本当に可愛い女だと今でも思う。若いころの嫁をこんなに近くで見ることはなかった。いつも遠くから見るしかなかった。だから彼女のハーフアップの三つ編みは思っていたよりも細いんだと今更ながらに気がついた。それに気がついた時どうしようもないほどの落ち着きのなさを感じた。だから俺は席を立った。


「ちょっと一服してくる」


「え?でも常盤君タバコの匂いしないよね?吸うの?」


「自販機でコーヒー買うのが好きなの。じゃあね」


 俺は理由をつけて席を離れた。そしてオリエンテーションが始まるギリギリまで校舎の一階にある自販機の前で好きでもない缶コーヒーを飲んで過ごした。時間ギリギリに戻ってくるとすでに嫁の周りには男子を中心に人だかりができていた。こっそりと近づいてカバンと資料を回収し嫁から遠い席に着き直す。そしてすぐに講師がやってきてオリエンテーションが始まった。






 オリエンテーションは退屈だった。俺は二週目なので大学のルールはすでに全部わかってる。なんなら楽な授業なんかも当然知ってるのだ。休み時間のたびに嫁は俺の方を見ていたが、すぐに人だかり囲まれるのでこっちに近寄ってくることはなかった。そして昼休みになった。今日のオリエンテーションはこれで終わりだ。午後からは自由。嫁が男子たちに食事に誘われている間に俺はすぐに教室から脱出して、教室から遠くにある学食の方へ向かった。皇都大学駒場キャンパスは広い。学食もいくつか点在している。俺が行ったのはお高めのメニューが並ぶ店。むしろ学食か?ってくらいにはオシャレなところ。教授たちよりもキャンパス近くに住むマダムたちの方が利用しているだろうってところだ。


「あら?奇遇ね。こんなところで会うなんて。もしかしてあたしのストーカーなのかしら?」


 屋外の席に綾城がいた。相も変わらずメンヘラ臭漂う地雷系ファッションだった。中二病の時期なのか、今日は黒ベースのパーカーと黒のスカートにピンクのブラウスを合わせている。髪型はなんと短めのツインテール。リアルの女がすると痛いやつにしか見えないが、綾城は驚くほど可愛く見えた。


「ストーカーじゃないよ。ちょっと遠出してみたかっただけさ。そういうお前はどうしてこの店?ここはお前の学科の講義棟からも遠いだろう?」


 俺は綾城のテーブルについて、メニューを開く。学食の二倍から三倍くらい高い値段が並んでる。


「学食の安っぽいメニューじゃあたしの舌は満足できないの。だからここに来た…って本当は言いたいのだけど。逃げてきたわ」


 綾城はパスタを上品にフォークで掬って口に運ぶ。不思議と絵になっている。


「野郎どもか?」


 ウェイターを呼んで、クラブハウスサンドのセットを頼んだ。1000円もするが、嫁から逃げる費用と考えれば安いような気がしてくる。なにせ一周目じゃ嫁から逃げ回るために俺は10回も引っ越したのだから。なお全部場所を突き止められたので全くの無駄だった。


「そう。男たちの飢えた目と女たちの卑しい嫉妬の目から逃れてきたのよ。みんな一目見るだけであたしに夢中になっちゃうんだもの嫌になるわね。何のために大学に来てるのかしらねあいつら?出会いが欲しいならマッチングアプリでも使えばいいのに」


「むしろ現代じゃ大学なんて遊ぶために行く場所だよ。俺なんかそうだよまさしくね」


 今の俺は青春をいかに楽しく過ごすか、魅力的な女と出会うかしか考えてない。本質的には綾城に集っている男共とかわりはしないだろう。


「そうでしょうね。でもあんたは勉強好きな方でしょ?違う?」


「ああ、好きだね。そのことに嘘をつく気はないかな。ここに来たのも最高の建築が学べるからだ」


「そう。目的意識があるのはいい事よね。大学に行くならそうあるべきよ。今度あなたが建築に進むことにした切欠を教えて頂戴ね」


「今聞けばいいじゃん。別に構わないけど」


「あんたが話したら、あたしも法学部に進んだ理由を言わなきゃフェアじゃない。悪いけどそれはまだ話したくないの。理解してちょうだいな」


「まあ話したくないなら聞かないけどね。本当に変な奴だな」


「ふふふ」


 口に手を当てて笑う仕草がとても上品に見えた。この子はカッコこそ変だがやっぱり育ちが良さそうな印象を受ける。だんだんと気になってきてしまうのはきっと俺に女性経験が足りないからだろう。関わってしまった女にはすぐに好意を抱いてしまう。セカンド童貞マインドはなかなかにキモいかも知れない。そしてすぐに俺のランチも届いた。2人ですごす昼食はなかなかに楽しい。青春って感じ。


「ところであんた土曜日暇?」


「うん?今のところは暇だけど」


「あたし行こうと思ってるサークルあるのよ。その新歓あるんだけどついてきてちょうだい」


 驚いた。女性から飲みのお誘いってもしかすると一周目含めても初めてかも知れない。嫁は付き合う前は一切自分から何かを提案してくることはない女だった。もっとも新歓だから色気のある話ではないけども。誘われたことそのものが嬉しかった。


「いいよ。一緒に行こうか。場所は?」


「下北よ。あそこいい街よね。高校の頃はよく買い物に行ったわ」


「確かにいい街だよな。何よりもあの町の特色は駅と商店街との繋がり方にあると思う。混沌とした街並みはたしか戦後の闇市に起源があるそうなんだ。最近は再開発で綺麗になってきているけども、以前の駅周辺の猥雑さにはある種の美が間違いなく宿っていた。すべての要素は独立しているのにも関わらず、それらすべてはきっと同じイデオロギーを背景として確固とした存在が実存を証明し即自的かつ…」


 夢中になって都市構造の歴史と哲学について話している俺の口にそっと綾城の人差し指が当てられてしまった。唇に触れる彼女の指は柔らかかった。そのせいでそれ以上喋ることが出来なかった。


「ストップ。夢中になって話すあんたの顔は可愛かったわ。でもね、話の中身はわけわかんなくてちょっとキモいわ。ふふふ」


「むむ。これからがいいところなのに…」


「うふふ。むくれないの。でもよかった。あんたにはお遊び意外にちゃんと好きなモノがある。それが知れてよかったわ。また聞かせてね。でもちゃんとわかりやすくしなきゃ駄目よ?」


「わかった。善処するよ」


 自分の話を聞いてくれる女がいる。それはきっとなににも代えがたい幸せの形だ。かつて嫁も俺の話を優しくニコニコと聞いてくれた。その思い出は今綾城と過ごすこの時と同じくらい幸せなものだった。嫁以外にも俺の話を聞いてくれる人がいる。それを知れただけでも今日はとても幸せな一日だった。




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