全七編、長編劇 『コレットとエポニーヌ』 その三

 夜だったにも関わらず、コレットは初めて外の世界に出たことに、驚きと感動を味わっていました。


 馬車はパリの修道院で止まりました。


 紳士は注意深くあたりを見回しながら、コレットを馬車から降ろし、素早く修道院の裏口から入りました。


 老年の修道士が二人を迎えて、紳士が言った通り、パンとスープが与えられました。修道士は紳士と目配せをして、奥の部屋に入ってしまいました。


(いそいで食べなくちゃ、叱られてしまうわ)


 そう思うコレットを案じて、紳士はあわてなくていいよとやさしく微笑みかけます。


「なぜ、あたしにそこまでやさしくしてくれるの?」


 積もりに積もった疑問はついに、コレットの口から飛び出してしまいました。


(いけない。こんな無礼なことを言ってしまったら、彼に嫌われてしまうわ)


「あの、ごめんなさい」


 コレットは素直にあやまりました。けれど、紳士は立ち上がるなり、コレットに深々と頭を下げます。


「あやまらなければならないのはわたしの方だ。コレットや、しっかりと聞いておくれ。お前の母親のフォンティーヌは、わたしの間違いのせいで亡くなってしまったのだ。本当にすまない。これからはわたしが、できるかぎりお前を育ててみせる。だが、どうしてもわたしを嫌うのならば、わたしは今すぐ、ここから出て行こう。話は修道士様にお願いしてある。コレットはなにも心配しなくてもいいんだ」


 一気にたくさんの情報を与えられたコレットは、なぜか怒る気にはなれませんでした。自分を宿屋に預けっぱなしで一度も会いに来てくれなかった母親に、なんの未練もなかったのです。


「あなた、お名前を教えてくださいな」


 コレットの大人びた口調に驚いた紳士ですが、名乗るわけにはいきません。なぜなら彼は、牢屋から脱走してきた身の上だったのですから。


「おおコレットよ。お前がゆるしてくれるのならば、わたしのことをどうか父と呼んで欲しい。わたしがゆるされる名前はほかにはないのだ」


 コレットの気持ちは最初から決まっていました。この紳士がどんな身の上であろうと、決して自分を粗末に扱ったりはしないことを本能で察していました。


(だって、この男はあたしのお母さんを殺したのだもの)


 コレットの心に黒い感情が渦巻いて行くのがわかりました。


「いいわ。これからはあなたのことをお父さんと呼ばせてもらうわ。それでいいのよね?」

「ああ、ありがとうコレット。ありがとう」


 紳士はコレットの手を取り、頬ずりしました。


 コレットはそれを、冷めた目で見つめていました。


 つづく



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