第81話 【3日目】強制捜索

「導師様、ようこそいらっしゃいました」


 四男ヴァニタス付神術教師のテオトルがぼそぼそと喋るのを聞きながら、教会からウルザイン家に派遣されたユークィテル導師はゆっくりと部屋に足を踏み入れた。

 その姿を認めると、この部屋の主たるヴァニタスは椅子から立ち上がり、柔らかく微笑みながら親愛の情を籠めて挨拶をする。


 この館において教会を代表しているユークィテル導師はウルザイン家の当主と対等の立場とされており、ヴァニタスとしても最大の礼を尽くさなくてはならない相手。

 伯母である家庭教師カヴァネスのヴィタに叩きこまれ、彼女に認められた礼法で隙のない対応をする。


「ああ、ありがとう。

 かけさせてもらうよ」


 よっこらせ、と椅子にかけ、ユークィテル導師が顔を上げると、いつのまにかヴァニタスの背後にテオトルが静かに立っていた。

 教師というよりも使用人か何かがはべっているようだな。その自然な様子に、ふとそう思ってしまう。


「それで、お話しとは何でしょうかな」


 目の前の端正な顔を持つ少年に浮かぶ表情はどうも精巧な仮面のようで、生の表情というものが感じられない。

 その無機質な雰囲気に生理的な反発を感じ、出された薫り高い茶も手を出す気が起こらない。


「ええ、実は僕の兄、フォルテンとその友人のことでご相談があるのです」


 そう言ってヴァニタスは鷹揚に茶器を持ち上げて口を付ける。

 どこからすかのように。


「どうも、あの二人は行動が怪しいと感じましてね。テオトル師と共にそれとなく見ていたのです。

 それで、推測ではあるのですが、あの友人とその奥方は実は魔人なのではないかというのがテオトル師と僕の結論です」


 言葉を切り、微笑みながらユークィテル導師の目を覗き込むように小首を傾げた。


 ――魔人。


 ユークィテル導師の所属するメストクトーレ教会では魔人は不浄の存在とされており、もし発見すれば、例えそれが赤子であれ排除すべきとされている。


 まあ、そうは言っても子供に手をかけるのは誰しも避けたい。

 よって、教会が忌み子として引き取り、俗世間から隔離し育てている、と聞く。

 実態はユークィテル導師も知らない。管轄が違うのだ。


 だが、それが大人となれば、排除の対象である。

 教会は人を派遣してでも、確実に仕留めようとする。


 あの客人が、その魔人であると言う。

 それが本当であれば、あのフォルテンも魔人と通じた咎人とがびとということになる。


「なるほど、教会としては聞き捨てなりませんな。

 それで、そう考えられた根拠を教えていただけますかな」


 魔人の疑いと言われれば、教会としては動かざるを得ない。

 だが世の中には、自らの敵を教会に排除させることを期待し、あたかも魔族であることを示唆して教会を利用とする不届きな輩もいる。

 だからこそ、その真偽を糺す必要がある。


 そこで、神術である。

 神術を用いて魂の動揺を見抜ける教会には嘘や擬装が通じない。

 そのため、かたりが露見して逆に罪を問われる方が多いものだ。


 ヴァニタスは賢い子だから教会を敵に回すような真似はしないと思うが、それでも根拠は明確にしないとならない。


「まず、その疑惑について説明する前に、より重大な告白があります。

 実は、未だ所在の判明していない、三兄フォルテンの朋友の奥方をかどわかしたのが長兄と次兄である疑いがあるのです」


 ヴァニタスは微笑みながら、とんでもないことを言いだす。


「こちらも確証はないのです。

 兄たちは、非常に用心深く、また結束も堅い。

 ですが、長兄と次兄の手の者達の動きを見ていれば推測はできます。

 その上で、おおよその監禁場所見当がついている。

 これは、テオトル師と共に調査に当たった結論です」


 ユークィテル導師はそっと感応の神術を使い、少年の魂の動揺を測るが、平静なものだった。よほど嘘に長けているか、もしくは真実か。

 本人の嘘が見抜けぬ以上、教会の下僕たるテオトルが同意しているため自分達としてもそれを仮認定するのが自然。


 だが話を総合すると、暗に彼は、長兄グーラ氏、次兄クヌース氏、そしてフォルテン氏が全て何らかの罪人であると言っているのだ。

 尋常な事態ではない。


「それが事実であるなら、まずは当主たるオティオーシ殿、もしくは采配を仕切る奥方のイラーティア女史に相談すべきではありませんかな?

 私の出る幕ではないように感じます」

「導師もご存じの通り、父上は事なかれ主義です。

 聞いたところで、証拠を目の前に突き付けでもしない限りは動いてくれない。

 母上は事実を突き止めるのではなく、揉み消そうとするでしょう。

 その上で、兄上達は僕を敵視するでしょう。

 下手をすると我が身の危険を案じないといけないのです」


 少年の言うことは正しい。

 確かにおいそれと相談できない彼の事情は理解できる。


 しかしそれは、彼が正しいことを言っている場合だ。

 もしも彼が兄弟を排したら、次代の当主はこの少年のものになる。

 つまり、彼が最大の受益者と言えるのだ。

 その上で、この少年の言葉の真贋を判断しなくてはならない。


「どうでしょう、真実を探るのに、僕と協力いただけないでしょうか?

 もちろん事実が異なるのであれば、その時点で協力は解消いただいて問題ありません。

 ただ、僕一人で兄弟全員を相手取るのは、余りにも無謀と言うものなのです」


 そう言って、小首を傾げながら、幼さの残る顔に苦笑を浮かべる。

 一見、無邪気な少年と思えるのだが。


「――そう言うことであれば、協力しない訳には参りませんな。

 貴君が軽挙しないという意味においても、我々も動きましょう」


 止むを得ない。

 介入して、自分自身で真実を見極めるより他はない。


 ユークィテル導師は溜息をつきながら協力を約した。


***


 しばらく導師と話をした後で送り出したヴァニタスは、ニヤニヤと笑いながら神術教師テオトルに話しかけた。


「これで僕にも手勢ができた。

 どれも証拠はないけれど、どれも嘘はついていない――問題ないさ」

「はい、あそこに捕らえられていたのは女魔人で恐らく間違いないかと。

 何故、それを御当主や奥方に報告もせず、グーラ氏とクヌース氏が捕らえていたのかは不明ですが」


 そんなことはどうでもいいさ、と言いながらヴァニタスは乱暴に椅子に座る。


「教会の神術士なんて言っても、僕にかかれば操るなんて全然問題ないよ。

 これで邪魔な兄君達を排除できるってもんだ」


 微笑みながらヴァニタスはテオトルの目を見上げる。

 その媚びるような蠱惑的な眼差しに目線が合い、テオトルは軽く仰け反り目線を外してしまう。


「テオトル、あとは上手いこと状況を使って、いよいよあの爺さんの地位を奪えばいいってことだね。

 神術の造詣が深くとも人づきあいが苦手な君が、あの爺さんに取って代わるにはこんな好機チャンスはそうはないんだから。

 僕はこの家の当主の座をいただく。

 君は教会代表として、この家の専属神術士となり、やがて導師の座を得る。


 ――いいじゃないか? 見えて来たんじゃないか?


 僕らの未来がさ!」


 そこには、楽しそうに笑うヴァニタスを見ながら、うっそりと頭を垂れる神術教師の姿があった。


***


 あるじに蹴り飛ばされた椅子は放物線を描きながら部屋を横切り、壁に当たって鼓膜を叩くような騒音を放ちながら破砕した。


「畜生! 誰がアレアムーラを俺の部屋に置きやがった!」


 考えるまでもないだろう。

 アムーラをそそのかしてヴァニタスにぶつけたのは自分なのだ。

 ならば、仕組んだのが誰かなどと考えれば、自然に犯人は奴だと思うしかない。


「しかし、母上にあのことがバレたら……!」


 フォルテンの友人の妻たる女魔人。

 あの女のことを報告せずに、そして確たる証拠もなしに、邸内で強襲したこと。


 相手は魔人なのだ、結果的に無罪になるのだ。

 少なくとも教会を味方につけることはできる。


 だが、当主に内緒で邸内で騒動を起こしたこと、これがいかにもまずい。

 本来、この辺の騒動を抑える役割はグーラの役割だが、既に居なくなってしまっている。


 そして、そのグーラが侍女を殺害した嫌疑をかけられたとき、床に落ちていた紙片メモには「ここに魔女が匿われている」と書かれていたという。


 魔女、という半端な単語。人の女か、魔族の女か、どちらともつかない表現。

 これは魔族詐称に備え逃げ道を用意しており、魔族の女であると確証がないことを示唆する。

 同時に、魔族の女性であると疑いを持っているのだろう。


 誰が、何を、どこまで事情を知っているのか分からない。

 このことが、クヌースをしてフォルテンの客人について当主に報告をすることを躊躇わせた。 


 ああ、もう、考えるのも面倒くさい。

 苛立ちのあまり、クヌースは手近にあった椅子を蹴り上げ、再び破壊する。


「おい、お前ら、俺の手下どもを集めろ!」


 ボスであるクヌースの癇癪に怯えていた彼の手下が走って仲間を呼びに行く。


 クヌースが選別し、ウルザイン家が身辺を徹底的に洗って弱味を握り、それ故に決して裏切れないクヌースの手駒たち。いざという時、魔王の森で魔族と戦えるよう鍛え上げられた彼らは強力な兵士であり、クヌースに絶対服従の戦力。


 そうだ、自分にはまだ純然たる「力」がある。

 暴力と言う名の力が。


 クヌースはそう自分に言い聞かせる。

 

 ヴァニタスが何だと言うのだ。

 フォルテンが何だと言うのだ。

 その脇に侍る魔人たち? それこそ討伐の対象だ。


 母上はいろいろ言っていたが、要するに最終的に辻褄が合っていれば良い、ということだろう。


 深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。

 気持ちを落ち着ける。


 よし。

 もう大丈夫だ。


 クヌースは目を細め、ゆっくりと椅子に座る。

 これからが、本来の自分を取り戻すのだと自分に言い聞かせながら、手下たち自分の力が眼前に揃うのを、待った。


***


 扉を叩く音。

 思い切りが良く、どこか尊大な音の叩き方は、配慮よりも誇示を優先した自信に満ちた存在を思わせた。


「どなたでしょうか」


 フォルテンの部屋は使用人の常駐を丁重に断り自分達で管理をしているため、諸事自分達で対応をする。

 一行パーティーで盾役を務めるシュテイナが扉を開くと、そこには微笑みを浮かべた少年ヴァニタスが長衣を羽織った男達を背に立っていた。


「貴殿はフォルテン兄上のお仲間の方でしたね。

 僕は兄上に用があって参りました。お邪魔させていただきますね」


 そう言って片手を上げると、後ろに立つ男達が物も言わずに部屋に侵入はいり込んできた。


「おいおい!?」


 突然の行動に慌てて男達に手を伸ばすが、そっと払われただけで音を立てて手が弾かれ、痺れたような感覚が残った。


「この方々は教会の術師ですので、邪魔はなさらぬよう。神術を使われます。

 さて、フォルテン兄上に魔族隠匿の疑惑が出てまいりましたので、教会の権限で強制捜査させてもらいますね。

 ああ、父上と母上には承諾を得ております」


 突然の言葉に目を見開くシュテイナ。

 この部屋の奥にはまだエルナ達が休んでいるのだ。


「おいちょっと待てよ!」


 慌てて男達の背後から肩を掴もうとするが、男が振り向きざまに杖を振るうと視界がぐにゃりと曲がり、気持ちが悪くなって思わず膝をつく。

 そんなシュテイナを、微笑みをたたえ見下ろしながら脇を通り抜け、ヴァニタスとその神術教師テオトルが部屋に足を踏み入れる。


「失礼しますよ」


 部屋に入りヴァニタスがまず見たのは、部屋の主のフォルテンとその仲間である長身のジャレコ、神術士のダーヴァイが男達の狼藉を止めようと右往左往している姿。

 それを見てクスリと笑い、その奥の部屋へ続く通路に目を遣ると、緩やかな衣服を纏う少女プリーツィアと簡素な白基調の服を丁寧に着たオティリスが、戸惑いながら男達を思い留まらせようと話しかけている姿が映る。


 奥の部屋か。


 プリーツィアとオティリスは男達により脇にやられ、ヴァニタスはずかずかと足を運ぶ。

 その奥に隠れているはずの女魔族を求めて。


「ここに隠れているのですか?」


 ひょいと奥を覗くと、そこは綺麗に整えられた客人用の予備寝台エクストラベッドが並んでいる。

 ぱっと見、使用人により整えられた未使用の状態に見える。


「何用ですか?」


 そのベッドの前には、艶やかな長い黒髪の少女が佇んでいた。

 美しい姿勢で真っすぐに目を向ける少女、その毅然とした佇まいに少し気おされながらもヴァニタスは言葉を返す。


「これは、フォルテン兄上の御友人の御息女、でよろしかったでしょうか。

 いま、貴女の母上がこの部屋に居る、という話を聞きまして、探しに参った次第です」

「母はここには居りません」


 即答。


(嘘はついていないようです)


 至近距離からのテオトルの念話を受け、ヴァニタスは奥歯を噛みしめる。

 神術の力を信じるならば、彼女の言葉を信じなくてはならない。


 だが、ヴァニタスもテオトル師と入念に調査して、決定的な証拠は得られないまでも確信は得ているのだ。もう二度と強制捜索は使えないであろうことから、ここで何の証拠も掴まないわけには行かない。


 それに、ヴァニタスの背後には捜索に同行した教会の神術士達が集まってきている。他の部屋の捜索が終わり、証拠を見つけられないまま待っている。

 今後も力を貸してもらうことを思うと、ここで無様を晒すことはできないのだ。


 そんなヴァニタスの想いをよそに、彼の前に立ちはだかる少女は告げる。


「突然、部屋に押し掛け、こちらも言い分に耳も貸さずに部屋中を荒らして回るとは、如何に御当主の一族の御方とは言え御無礼でしょう。

 ひとまずお引き取り頂き、改めて礼法に則り再訪問して頂くよう、お願い申し上げます」


 丁寧かず抑揚の効いた喋り方。無表情だが強い意思を持つ瞳を見ていると、ヴァニタスは自分の母親を思い出してしまい、ついたじろいでしまう。


「申し訳ありませんが、こちらもお役目を持って調査させていただいています。

 その言葉で引き下がるわけには参りませんね」


 そう言って再び片手をあげ、後ろの男達ともども部屋に押し入ろうとする。

 その様子を見て、その少女アカリは目を半眼にしてすぃ、と腰を落とし――


「何をやっているのです!」


 部屋の入口から鋭い叱責の声が響く。


「ヴァニタス様!

 このような行動は礼に適っておりません。

 そこのアカリさんの言う通りです、出直しなさい」


 ヴァニタスの後方に、礼法教師たるヴィタと、その傍らには客人ユウが立つ。


「ヴィタ伯母様。

 しかしこれは、母上にも承諾いただいており――」

「今の私は、貴方の礼法教師として諭しています。

 口答えは許しません。

 平民ならば知らず、礼で秩序を保つ貴族の家において、このような蛮行が許される道理はございません。

 今すぐ引き返しなさい」


 ヴァニタスも教師としてヴィタを仰ぐ身。その言葉には、理屈を超えて抗えぬ力を感じる。

 反論しようとして、しかし奥歯を噛みしめてそれを封じ、小声で失礼しますと言いざまにヴァニタスは部屋を出て行く。テオトル師と教会の男達も、慌ててそれに続いた。


 怒りに感情を乱しつつ廊下を急ぎながら、そう言えば何故ヴィタ伯母が都合よくあの場に居合わせたのだろう、とヴァニタスは不思議に思ったが、いくら考えてもその真相を思いつくことはできなかった。


 当然である。


 異変を察した直後に、エルナとスケを衣装棚クローゼットに押し込んで、神速でアカリがベッドメイクをこなしている間にユウが窓から外に出て回り込みハチの念話で連携を取りながらヴィタ伯母を連れてくる。

 こんなことを思いつけるはずもないのだから。

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