第68話 【2日目】夜が明けて

「それで結局、この屋敷の中を一晩中探して、それで見つからなかったのか?」


 シュテイナサブリーダーの問いに、俺は力なくうなずく。


「何せエルナが魔族とバレるわけにはいかないから、当主への報告も慎重になるさ。それでフォルテンとカクと俺でずっと館の中を探して回ったけれど、手掛かりのひとつすらも見つからなかった。

 あの、エルナが、だよ。俺だって力づくで隠すなんて無理だってのに……」

「スケさんが人質に取られて、脅されているのでなければ良いのですが……」


 オティリス治癒師が頬に手を添えて、心配そうに言う。

 確かにエルナは人質のような攻めには弱いだろう。

 しかし、それにしても。


「それにしたって、その存在の痕跡すら見つけられないのが、そもそもおかしいんだ。

 カクは現世うつつよの物を見ないで、魂の力を見る力がある。

 だからエルナみたいに強い魂を持つ存在が、例えば部屋の中に閉じ込められていたとしても、部屋の外から見つけることができるはず。

 それを踏まえて屋敷中を捜索したが、それでも見つからない。

 これが、何を意味するのか」

「強い魔力、ないし神力を隠す神具はありますが、彼女ほど強い存在を隠蔽する神具など、はたしてあるものかどうか。仮にあったとしても、事前に準備しておかなくては、おいそれと見つかる物ではないと思います。

 例え当屋敷が、対魔族の本家であったとしても、です」


 神術師ダーヴァイが俺の疑問を補足してくれる。


 そうなのだ。

 エルナ程の存在を隠せると言う時点で信じ難い。

 そもそも、何故、俺達が襲撃を受けたのかが分からない。

 まだこの屋敷に到着した翌日だぞ?


「事前に準備されていた可能性、か。

 やはり、あの仮装で騙し通すのは無謀だったのか……?」


 フォルテンが的確にえぐって来る。

 あの変装で実家の人間とやりとりをしなくてはならなかった意趣返しだろうか。


 でもなあ。

 仮に魔族であることがバレていたとして、あんな奇襲をする理由がどこにある?

 家ぐるみで討伐するつもりであれば、バラバラに呼び出して個々に封殺して行けばいいはずだ。

 捕獲したい場合でも、もっと罠の張りようがあるだろう。


 コソコソしたり、隠蔽工作がされていたり、どこかスタンドプレーの臭いがする。

 つまり、家の中の誰か、一定以上の権力と情報力を持つ者が主導し、それも当主の意向を無視した上で、討伐ないし捕獲を計画しているように感じるのだ。


「まあ、結局、昨晩遅くに母上には報告した訳だし、何らかの進展があるかも知れない。

 ひとまずは朝餐会の時間だ、行って情報を集めよう」

「食欲なんかないのだがなあ」


 まずは情報収集のためにも行った方が良いのは事実だろう。

 溜息をつきつつ、俺とフォルテンは連れ立って会場に向かうのだった。


***


 その広い部屋の中には、声を出すことをはばかられるものの何か声を出したくなる、無音にしてざわめきの衝動に満ちていた。


 朝餐の後で家令ラツィットに言われて移動した広い部屋。

 最初にフォルテンの兄弟姉妹達を紹介してもらったあの部屋に再び通され、そしてその時と同じように彼の兄弟たちが落ち着かなさそうに座っていた。


 前回との大きな違いと言えば、その所在なげに座る者達の中に、長女シャイナも居る、というところ。

 末娘のアムーラと同様、侍女がシャイナにも付き添っているが、どこかよそよそしい。普段からあまり良い関係を築けていないのかも知れない。


「皆、お揃いのようですね」


 雄偉な体格の当主オティオーシにエスコートされ、つかつかとイラーティアが部屋に入って来る。

 それだけで部屋の空気がピンと張り詰めるような、そんな錯覚すら覚えた。

 その彼女に少し遅れて伯母のヴィタ、そして彼女に師事しているアカリが付いて入って来る。

 よかった、元気そうだ。


「既に皆も聞き及んでいることと思いますが、昨晩、客人の部屋に賊が押し入りました。

 大変残念ではありますが、おそらく屋敷内に手引きした者がいると思います」


 そう言いながら厳しい目で視線を移動するイラーティア。

 この中に関係者がいると言わんばかりだ。


 ――身内を疑うのにすら躊躇なさそうだな、この婆さん。


「状況を説明致しましょう」


 そう前置きしてイラーティアが語りだす。

 当主とされる夫のオティオーシは彼女の斜め後ろに控え、悠然と笑みを湛えている。なにか、当主イラーティアとその護衛オティオーシ、と言った方がしっくりくるほどだ。


 イラーティアは簡潔に状況を説明した。


 晩餐会でフォルテンと友人の皿に毒が盛られたこと。

 その晩、友人の部屋に賊が押し入ったものの撃退され去ったこと。

 ほぼ同時期にフォルテンの部屋に痺れ香の罠が使われていたこと。

 その報告のためフォルテンと友人が執務室に訪れている間に再度襲撃があり、友人の妻エルナ小姓スケがいなくなったこと。

 そして彼女達は未だ見つかっていないこと。


「何か事情を知る者はおりますか?」


 最期に質問を投げかける。


 咄嗟に事情が呑み込めないのだろう、一斉に皆が思案顔になる。


「儂は客人がいる区画とは別区画にいるからな、そんな騒動には気づかなかったよ」


 最初に声を発したのは長兄グーラ。

 吠えるように無関係を主張する。


「そんなことは分かっています」


 ぴしゃりと機先を制し、冷たい視線を向ける。

 それだけで、グーラは何も言えなくなってしまったようだ。


「しかし、たしかに兄の言う通り、俺も何も知らないからな」


 当惑した表情でグーラに同調する次兄クヌース。

 冷ややかな目で睨むイラーティアに、クヌースも押し黙る。


「フォルテン兄さんも狙われていたんだよね?」


 神術教師を隣にした四男ヴァニタスの問いに、その通りだとイラーティアが頷くと、ヴァニタスはにんまりと笑った。


「そう。それなら、シャイナ姉さんが怪しいんじゃないの?」


 そう言いつつ引きこもりの長女を見遣る。

 ぎょっとした表情をするシャイナ。


「な、なにを根拠に言うの――!?

 私が怪しいことなんて何一つないじゃない!」

「だってさ、姉さん、昨日の披露目の宴の時だって、わざわざ客人の所に何か言いに行っていたじゃない?

 普段は殆ど人と話さない姉さんが。

 それに客人の席と、フォルテン兄さんの席って、すぐ側だよね。

 しかも、姉さんが席を外している間にさ、姉さんの椅子が訳もなくガターンって音を立てて倒れてさ。ひとりでにだよ? おかしな話だよね! でもあったんだよ」

「ふふーん、そう言えばそうだったわねぇ。

 それに、その大きな音を立てた直後だったわよね、フォルテンが毒を仕込まれたの」


 侍女を連れた末娘のアムーラがヴァニタスの説を支持するように言う。

 青白い顔を上気させ、シャイナが何か言い返そうとした瞬間。


「そうですね、確かに披露目の会の最中にわざわざ離籍するのは礼を失する行為。

 シャイナ、貴女は正しく自分の行動の理由を説明し、身の潔白を証言するのです」


 ぴしりと言うイラーティアに、その傍らで頷くヴィタ。

 それを見たシャイナは逆に言葉に詰まってしまったようだ。


「~~~~~!!」


 上気したままのシャイナは何も言葉にできずに、黙ってその場を離れようとする。

 これは不用意な行動を――と思っていたら、


「シャイナお嬢様、申し訳ございませんが退出はなりません」


 メイド達に止められてしまった。

 それは怪しいことこの上ない行動ですよ、シャイナさん……。


「ち、違うのよ! 何もやましいことなどないわ!

 離しなさい! 離すのよっ!」


 暴れ出すシャイナだが。


「お止めなさい、見苦しい!」


 イラーティアの鋭い一言が耳に届くとピタリと止まり、そのままへなへなと床に座り込んでしまう。

 それだけの力が籠った一言。


「逃走をはかった件、貴女に後ろ暗い点があるためと考えます。

 ラツィット、シャイナを拘束の上、尋問室に連れて行きなさい」


 青い顔で力なく抵抗するシャイナは、扉の向こうのどこかえと連行されて行く。


 え、あれだけで容疑者として連行されちゃうのか……?

 いささか雑だし、そもそもイラ―ティアのあの気迫を受けたら、何もしていなくても逃げたくなる気持ちが分からないでもない。


 ふと気づくと、目の前にイラーティアが立っていた。


「この度は、当家の不始末にてお客人には大変ご迷惑をお掛け致しました。

 深くお詫び申し上げます」


 そういって俺に向かい頭を下げる。


「奥方が不在となり、心を痛めておいでかと思います。

 お恥ずかしい話ではありますが、当家の娘、シャイナが事情の一端を握っている可能性が御座います故、必ず娘より情報を引き出し、少しでも早くお戻り頂きます」


 そう言って、俺の目を見詰める。

 真摯な視線――と、言えなくもないが、どちらかと言えば挑まれているように感じる。


 この奥方は一体、何を考えているのか。

 本気でシャイナから何か情報が出てくると考えているのだろうか。


 不安と不審を抱えながら、一日が始まるのだった。

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