第67話 【1日目】エルナ達の行方

「私は皆を呼んで連れてくる、少し待っていてくれ」


 尋常でない室内の様子を見たフォルテンは、まずは彼の信頼する一行パーティーのメンバーを呼びに行く。

 俺は呆然としながらアホのように室内を見渡し、夢遊病にかかったように室内へ足を踏み入れた。


 つい先ほどまで笑って話し合っていた部屋。

 一緒に寛いでいた部屋。

 皆で侵入者を撃退した部屋。


 ――今は、エルナも、スケも、カクも居ない。


「……どうなっているんだ?」


 そもそも、あのエルナをこの短時間で部屋から連れ出すなど可能なのか?

 正直、俺だってそんなことをできる気がしない。

 そんな意図を持っていたら、近寄ることだって無理だろう。


 それが出来るとしたら――


「ユウ、大丈夫か?」


 フォルテンと一行パーティーが顔を出す。


「まずは、何か手掛かりがないか、探してみよう。

 大丈夫だ、エルナさんなら無事だろう」


 そう言って元気づけてくれる。


 だな。


 考えているだけでは仕方がない。

 まずは痕跡を確認して、情報を集めて整理してから、考える。


 そう思い定めて、俺も動き出した。


***


「何も見つからないな」


 深夜遅く、フォルテン達と一緒に部屋の中に手掛かりを探したが、本当に何も見つからないの一言だった。


 そうこうしているうちに新しい部屋の用意が出来たとラツィットが報告に来てくれたが、フォルテンが事情を話してこちらを優先させてもらう。

 ラツィット自身も、麾下の使用人を動員して調査に当たることを約束してくれた。


「一度、館の中をぐるりと回ってみるか」


 俺の提案にフォルテンは同意し、治癒能力を持つオティリスにも同行してもらい、屋敷内の捜索に出た。

 廊下に出て、さて左右どちらに行くべきか。


 神経を研ぎ澄ます。

 鼻腔に意識を集中し、深く、長く息を吸い込んだ。

 鼻の奥に感じられる感覚、感じ取り、分析し、選別し、その中から目的の臭いを見つけ出す――


「こっちだ」


 俺は左側と断定した。

 あの白い煙の臭いが、左の方が濃く感じられる気がしたのだ。


「え? 匂いでわかったのか?

 犬並みなのか?」

「いやいや、その言い方はないだろう!?

 さすがにエルナやスケの臭いなんかじゃ分からないから、犬ほど鋭くはないぞ!」


 なんとなく頑張ればできそうな気もしないでもないが、あまり言いたくない。

 ただでさえオティリスが顔を顰めて少し距離を取っているのだから。


 そんなことを話しながら慎重に歩いていると、廊下の脇に黒くわだかまる影が見つかった。


「あれは、なんだ?

 おい、ユウ、ここは気づかれないよう慎重に――」

「おい、カク!

 大丈夫なのか!?」


 フォルテンの心配はもっともであるが、ちょっとそれどころではないので端折らせてもらう。

 カクであると判断した理由が実はやっぱり臭いであるなどというのも秘密なのだ。体臭を嗅いで対象を判別するなんてオティリスに認識されたら紳士失格になってしまう。


「ユウ、か。すまん、エルナ達を行かせてしまった。

 私は目と鼻を少しやられて休んでいた」


 苦しそうに鼻先に皺を刻むカク。

 ひとまずカクを連れ、新しく割り当てられた部屋に移動して聞いた話は、こんな内容であった。


***


 襲撃者達を退け、ユウがフォルテンと共に執務室へ報告へ行った後で、シュテイナに案内されエルナ達は部屋に戻ってきていた。


 少しお茶で持て成したシュテイナが自室に戻った後で、エルナとスケは、互いの食事内容を情報交換。


「いいなあ、エルナは! 食べたい放題じゃん!

 でも、ボクの方も凄かったんだよ?

 こおんな大きなお皿にいっぱいさ、見たことがない料理が乗っているんだ!

 虹色に光る分厚い切り身なんて、噛んだら溶けるみたいで、まるでスープに化けたみたいでさ、とても美味しかった!」

「すごいね! あたしはそれは食べれなかったなぁ。

 お行儀が良くないからさ、いつ怒られるんじゃないかって、怖かったんだよ?

 でも、どのお料理も綺麗だったなぁ。どうやったらあんな風に作れるのかな!」


 襲撃の後とも思えぬ長閑のどかさ。

 むしろ警戒し過ぎていないことを良い傾向と思いながら、カクはのっそりと尻尾を振って寛いでいた。

 そういいつつも、出された肉の、文字通りとろける美味しさを思い出してヨダレが出そうになっていたのは秘密だ。


 ふと、カクの目に、入り口の向こう側あたりに人が立つのが見えた。

 少しばかり警戒をしていると、扉を叩く音が聞こえる。

 スケが応じて、とててっと扉に行って開けた。


「失礼いたします。

 先ほど不審者が室内で乱暴をされたということで、見分に参りました」


 使用人の服装をしたその男は、断りを入れてから室内に立ち入り、手際よく隅々まで状況を確認、なにやら手帳に書き込む。しばらくして納得したのかひとつ頷くと、エルナの方を向いた。


「確認させていただきました。お邪魔を致しました。

 お部屋ですが、旦那様が戻られてから、改めて新しい部屋にご案内差し上げますため、今しばらくお待ち願います」


 そういって慇懃に頭を下げ、それから再び口を開く。


「室内の空気はだいぶん換気されたようです。

 冷えますので、窓を締めさせていただきますね」


 そう言って、コクコクと頷くエルナの様子を見てから換気のため開いていた窓を閉めて、部屋を出て行った。


「いやー、びっくりしたね。

 ばれちゃうんじゃないかと、ドキドキしたよ」


 八の字の困り眉にしながら、エルナが苦笑して、スケも笑って同意する。

 そう言えば使用人が室内を見分している間、ずっと黙ってその様子を見詰めていたのだ。使用人もさぞややりにくかっただろう。

 というか、様子がおかしいと思われたかも知れない。


「もう休むか。何か来たら私が教える」


 底なしの体力を持つとは言え、この慣れない環境で神経を擦り減らしているであろうエルナを気遣い、カクがそう提案する。

 その言葉に嬉しそうに頷いて、帳の向こう側に移動するエルナ。

 カクも顔を伏せ、周囲に気を配りつつも緊張をほどく。


 そうしてしばらくしてから、違和感に気づいたのもカクであった。


(……空気に違和感を感じる……)


 意識を鼻に集中すると、確かに感じられる異臭。

 なるほど人間相手であれば問題ないだろうが、犬の鼻は簡単には誤魔化されない。


「スケ、何か臭う」


 スケに声を掛けてから、カクは室内を嗅ぎまわる。

 やがて小さな球体ボールが部屋の隅に隠れるように置かれ、ここから臭いが漏れ出ていることが分かった。


 いや、違う。


 その後も調べ続け、部屋の中から都合五個の球体ボールが見つかった。

 口に咥えることを忌避し、直接触らないように指示してからスケに窓から球体を廃棄してもらう。一個だけ、手掛かりとして残しつつ。

 残した球体ボールを密閉した入れ物に移して、換気のため再び窓を開く。


 やれやれ、だな。


 そう思った次の瞬間、常ならざる物を見通すカクの視界に、複数の影が入る。


「襲撃だ!」


 カクがそう叫ぶ。

 帳の向こうから無理やり魔族の象徴を隠したエルナが出てくるのと、扉を強引に開けて襲撃者が飛び込んでくるのと、ほぼ同時であった。


 扉が乱暴に開かれた瞬間、複数の飛翔体がに突き立ち、それと同時に白い煙を吹き出す。

 慌てて両側の煙を確認するエルナ。しかしその行動は風を起こす動作を遅らせ、結果的に後手に回る。

 対して襲撃者は複数名が見事に連携しており、十分な訓練が施された者達であることが窺える。


『がうっ!!』


 カクが威嚇に吠えるが、穂先が幾つもあるような変則的な槍を展開されて跳びかかることができない。

 そうしている間に矢を使い次々に攻撃を繰り出す。

 その攻撃を避け、捌くことは、さしたる問題はない。

 問題は――


 ばたん。


 音を立ててスケが倒れる。


 エルナに対して矢継ぎ早に牽制攻撃を仕掛けている間にスケに対しては白い煙を集中的に浴びせており、気が付くと最初にスケがやられていた。


「スケっ!!」


 エルナが叫ぶ。


 エルナが叫びスケの方に視線を移した次の瞬間に、エルナとカクを集中的な矢の攻撃が襲う。

 風と爪を使い全てを叩き落すエルナだが、カクはそうは行かずに後方に飛んで距離を取る。

 叩き落した矢から大量の赤い煙が噴霧され、警戒して風を巻き上げるエルナ。


 ――しかしそれは結果的にエルナの視界を遮断することにつながった。


 ぱぱぱぱぱぱぱんっ!!!


 間髪入れずにエルナとカクの周囲に音と光が乱舞する。

 何かの攻撃、とばかりに警戒を強めるエルナ。大きな音に動きを封じられるカク。


 それが隙になった。


「スケっ!?」


 襲撃者は手早くスケを確保し、そのまま全員が逃走に移る。


「行かせないよ!」


 まずエルナが駆け出し、一瞬の躊躇を見せてからカクもそれを追う。

 罠の可能性を懸念するカクだが、そもそも現世の物が見られないカクには罠の存在を感知できない。しかもエルナが全力で走り始めている以上、追わざるを得ない。


 しかし、カクの視界は半ば閉ざされていた。


 何故か。煙のせいだ。

 煙が催涙効果を持つのだろう。

 そして煙を見ることができないカクは、まともに目に入れてしまう。

 さしものカクも目を閉じては物を見ることができない。


 エルナを追う。


 しかし、見る間にエルナの影は小さくなり、催涙効果でよりぼやける。

 そして目と鼻の痛みから、ついにカクは追えずに蹲ってしまう。


 幸いに無力化したカクを攻撃する襲撃者はいなかった。

 いや、むしろいてくれれば反撃して確保できたかもしれなかったが、いなかった。


 そうして無為に時間が経っていき、回復した頃にユウに声を掛けられたのだった。


 これが、カクが語った再襲撃の一部始終であった。

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