妖精の里
第46話 妖精の里
陽光を弾く小さな粒が空間一面に散りばめられ輝く。
限りなく細い、白く煌めく糸が縦横に張り巡らされ、それら輝く小さな粒を貫いていた。
幾何学的に整えられた煌めく糸は輝く粒を纏い、さながら光の陣のように重層的な輝きを高める。
アカリは飽くことなくその美しい光の陣を見続ける。
その繊細な糸の芸術を、破壊を怖れることなく手を伸ばして指に絡める。
輝く小さな粒はその糸からアカリの指に転がり移動し、可愛らしい手を染めた。
「ああ、駄目だって、蜘蛛の糸なんかで遊んじゃあ!!」
相変わらず俺の真似事をするのでない限りは何に対しても無関心に見えるアカリなのだが、何故か蜘蛛の巣にはご執心のようで、朝から巣を破壊し続けている。
俺が何かしている間に、見ていないところで蜘蛛の巣を触りまくりベタベタになる。
「アカリ、そこに座りなさい」
芝生の上に正座するアカリの前で俺も座る。
さて、何と言って蜘蛛の巣を触ってはいけないと伝えれば良いものか。
「いいかい、俺の故郷のお話では、蜘蛛の糸ってのは特別な物なんだ。
谷底に突き落とされた悪い男が、それでも以前助けた相手からこの蜘蛛の糸を垂らしてもらって、これを手繰って助かりそうになったほど。
結局、強度が足りなくて途中で切れてしまったけれど、かほどにありがたい蜘蛛の糸は大切にしなければならないんだ。そんな、見た端から触りまくって潰しちゃいけないんだよ?」
小説の蜘蛛の糸をアレンジして説話にしようとしたけれど、地獄も仏も概念的に替えが分からないので、えらく中途半端な説教になってしまった。
これで通じるのだろうか。
「ユウ、そんなところで何をやっているの?」
自分の文才の無さに身もだえしていたところ、後ろを通りかかったスケに不審に思われてしまったらしい。
自分の不審者っぷりは脇に置いておいて、アカリの悪戯についてスケに話して見た。
「ああ、アカリって細いものが好きだよね。糸とか」
初めて知った。
蜘蛛の糸だけではなかったのか。
「うん、衣服から出ている糸を引っ張ったり、糸くずをずっと眺めていたり。
結構前からそういうところあるよね、アカリって」
それと知って、改めてアカリの表情を見る。
いつもと同じ、無表情、無感動の能面顔。
肌が白く、造作が整っているだけに、精巧な人形のようだが、その奥で現世に関心を引く対象があったとは興味深い。
糸。糸ねえ。
興味を持つ対象があるのは嬉しいことだけど、それが糸くずだの蜘蛛の糸とあっては
もっと広げられないだろうか?
叶うならば、有用な方向性で。
――とそこまで考えたところで、おおよそのアイデアは頭の中で固まった。
「なあ、スケさんよ。ちょっと相談があるのだが」
「え……なんか、ヤだなあ。
ユウがその表情をするときって、大体ロクなことが無いんだよ?
自覚ある?」
「確かこの森には、妖精の里、という場所があるらしいな?
そしてそこでは精妙な工芸品を生産していて、人間達も遠路はるばる買いに来る。
妖精達は様々な技能を持ち、普通の人間には真似できないほどの素晴らしい品を生み出しているためだ。
間違っているか?」
「……いや、間違ってはない」
「なら、その中に製糸業や、あるいは織物業なんかもあるよな、きっと?」
「……言いたいことは大体予想はついた。
でも、ボクはその、行くのはイヤなんだけど……」
「なあ、スケさんや。確か、君は『ボクもできるだけ協力するよ!』と言ってくれていたよな?
今こそ、その時だと思わないか?」
「……」
結局、スケが折れて同行を承諾するまで、それほど時間はかからなかった。
***
肌で感じる空気は秋めいて涼やかになり、
季節は初秋に差し掛かっており、変わらず旺盛な生命力を見せつける森の植物と涼やかな気候の
そろそろこの地に拉致されてから一年ほども経つだろうか。
「そろそろ到着するよ」
渋るスケに先導され、いつものメンバーで妖精の里を目指していた俺らは、ようやく目的地に近づいたことを知る。
第三魔王軍の主だったもの達の棲み処がある場所から北に移動した、街道にほど近い場所に妖精の里はあった。
木々の枝をかき分けながら、はぐれないようアカリの手を引いて歩ていると、急に森が開けて建物が見えて来た。
なんというか……メルヘン?
初めて見る妖精の里は、色とりどりのおもちゃの国のようであった。
種族的に人間の子供くらいしか背丈がないというだけあり、家々は低く、全体的に平べったい印象がある。天然の木材を生かした建屋に対して屋根はパステルカラーのように鮮やかで強く自己主張している。
水玉調の模様を付けている家もあり、キノコか何かをモチーフにしているのだろうか。
里の中、ところどころに妖精が歩いていて、こちらをちらちらと見てくる。
小太りが
「俺みたいな体格だと、みんな子供みたいに見えてしまうけど、子供はもっと小さいんだろうね?」
「ボク達は生まれてから一年程度で成体になってしまうから、あんまり小さい子はいないけどね」
スケから驚きの返事が返る。
「一年! それで大人になってしまうなんて、遊ぶ時間もないじゃないか。
それでは人間の職人をも驚かせる技術はいつ学ぶんだ?」
「……そうか、ユウって常識的な知識があまりないのだっけ。
じゃあさ、妖精って、妖精樹という木から産み落とされるって知ってた?」
え?
余りの驚きに声も出ず、思わずスケをまじまじと眺めてしまう。
「その様子だと、知らなかったようだね。
ボク達は、妖精樹に生った実から生まれるんだ。
例えば言葉や基本的な知識なんかは生まれつき頭に入っていて、すぐに喋れるし物も考えられる。
そして妖精には、一体につき一つ、
これがさっきユウが言っていた人間の職人をも驚かせる技術、てやつの正体だよ」
そう言ってから、里の中央にあると言う妖精樹に連れていってくれた。
簡素な柵に囲われた敷地に、古木と呼ぶに相応しい風格の木が七本ほど生えている。幾つかの木にはさほど大きくはない実が生っていた。
「オ、いい木があるじゃねーか!」
ハチが喜んで木に止まろうとカクの背中から飛び立った。
「危ない!」
ぱぁん!!
スケが叫ぶとともに澄んだ音が響き、驚いたハチが空中で跳ね上がる。
と、本来ハチが進んだであろう空間を鋭く通り過ぎる影。
どうやらスケが幻音でハチを驚かせて、進路を変えさせることで回避できたようだ。
「イシナゲ、あれはボクの友達だから、石を投げるな!」
「はっ、誰かと思えばノウナシじゃあねぇか。全くなに遊んでるんだか、能がねぇと楽が出来ていいねぇ」
柵の影に居た妖精がふらりと姿を現す。スケと同じくらいの背丈に体格、手に小さな石をじゃらつかせていた。
「みんな、アレは庭師のイシナゲ。特に
「で、お前は幻の炎を出すだけの穀潰しだからノウナシ。は、遊び人は気楽でいいなぁ。
まぁ、邪魔だけはすんなよ」
そう言い捨て、石をじゃらつかせながら去って行く。
その背中を悔しそうに睨むスケ。
「妖精は素直な心を持つが故に時に残酷になる。あれで悪意があるわけではない。
気にするな」
カクにしては長めの
「……ありがとう、カク。ハチ、注意できてなかったけど、この柵の内側に無断で入ると、庭師が駆除に来るから気を付けてね」
暗い表情で話すスケを気にしてだろう、エルナがわざと明るく話しかける。
「妖精樹、ていうのが七本あるけど、みんなあれらの木から生まれるんだね!
そしたらみんな家族みたいなものなのかな!」
「妖精は生まれると一年ほどで成体になるのだけど、成長するまでは里で養い親を決めて面倒を見るんだ。同じ木から生まれた妖精から選ばれる決まりになっていてね、成体になると独立するんだけど、緩く繋がり続ける。
だから、同じ木から生まれた者同士のつながりが少し強いんだ」
「ナルホド、ならさっきのイシナゲヤロウは、ベツの木のヤツかよ!
ダカラあんなタイドだったんだな!」
「いや……イシナゲとは同じ木の生まれだよ。
ボクは役に立たない能力を持って生まれたから、大体あんな感じだ」
再び訪れる気まずい雰囲気。
「そうすると、スケにも養い親がいるんだよな? どんな妖精達だ?」
更に嫌な空気になる可能性を思いながらも、敢えて踏み込む。
「ボクの親はとても気が良くて、いつも優しいんだ。
昔から無能なボクを守ってくれた。
それで里の妖精達と喧嘩になってしまうことも良くあって、それでボクは……」
勢いの良かったスケの声が段々と萎んで行く。
おおよその事情は察した。
「それで、スケの父さんと母さんの
「父さんは金属加工の才能、鍛冶師の
――
まさしく求めていた技能。
ただ、スケのわだかまりを考えると、さてストレートに会わせて欲しいと言って良いものか、どうか……
「そんな顔しなくても大丈夫だよ、ユウ。アカリと母さんを引き合わせたいんだろ?
この時間帯に家にいるかどうかは分からないけれど、案内するよ!」
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