第32話 テンカイチブドウカイ

そして、その日が来た。


「いやぁ、みんな集まってすごいね!」


まだ熱の残る、焦げ目のついた丸い果実を、はむ、と噛みつく。

ちゅ、と熱い果汁が口内に飛び、その後でじんわりと脂の味が染み渡る。


上質の肉の味がする果実、メイソルの皮をむき、串に刺して軽く炙った串焼きにかぶりつきながら、嬉しそうにはしゃぐ、皆からチビスケと呼ばれている妖精。

ユウからは、たまに子供扱いされているが、立派な成体である。


すぐ脇に、大きな黒い翼を背中に生やした魔人の女性、エルナも串焼きを齧りながら歩いていた。


「『祭りには、美味しい物を飲み食いするもんだ!』とかユウがあれこれやっていたけど、楽しいね!

火で炙るなんて、この辺りの魔族は、そうそうやらないけど、やっぱり美味しいや」


辺りには、同じように串焼やら、焼き物やら、あるいは果汁の詰まった果物やらを、あちこちで手にもってかぶり付いている者達がいる。

ユウと一緒に、皆で手分けして集めた食材を、彼の指示に従い調理し、今朝からタダで配られているものだ。

普段と違う味に、みんな興味津々で、いろいろ食べ比べては楽しんでいる。


脇を歩いている老犬が、ピクリと顔を動かす。

その視線の先にエルナ達が行くと、唸り合い、今にも喧嘩を始めそうな魔人達がいた。


「そこ、なにやってるいの!」


エルナが鋭く呼びかける。


「この場は喧嘩禁止よ!

手を出したら、ここから摘まみ出すからね!」


そう言ってエルナが睨みを効かすと、すごすごと散っていった。


「まったく、こんな広い場所で揉め事の仲裁なんて……ユウも面倒なこと言うわよね」


頭を掻きながら、エルナがぼやく。


「ああ、魔人が多くて疲れるな」


ヒートアップしている者達を見つけるのが得意な老犬も、ユウに依頼されて協力させられ、いささか面倒そうに歩いている。

その老犬の頭に丸くなっていた毛玉がぴょこんと顔を出した。


「でもよ!

あのルーパスまでひっぱり出して、ミンナに言い聞かせたんだから、なかなかだよな!

オマケに、シンパン?とかいう役までやらせてさ!おもしれぇよな!」


よほど面白かったのだろう。

老犬の頭の上で、楽しそうにコロコロ笑い、甲高く囀ずる蜂鳥。


「呼んだか?」


高笑いを続けていた蜂鳥は、二足歩行型の狼魔王につままれて口を噤む。


「あら、ルーパス。

出てきていたのね」

「まあな。

面倒だったが、あの男と約束してしまったからな…」


本当に嫌そうに、ルーパスは溜息をついて、お喋りな蜂鳥を老犬の頭の上に戻した。

そんな不本意そうな横顔を見て、心底疑問に思っていたことを口にした。


「ねえ、どうしてユウのお願いを聞いてあげたの?

正直、ルーパスが受けるとは全然思わなかったわ」


そう聞いてくるエルナの頭に、その大きな手をぽんと置いて、わしわしと撫でながらルーパスは答える。


「本当に不本意なんだけどな。

あの男、人間達の奴隷を後腐れないように解放するから協力しろ、と言ってきたんだ。

お前が勝手にやれ、と言ったんだがな、結局押し切られた」

「でも、別にルーパスが人間に興味ある訳じゃないのでしょ?

何に対しても面倒といっているのに、こんな大変そうな役を任されて受けるなんて。

どうしちゃったの?」


そう言って、通称『森の娘』から好奇心を多分に含んだ不思議そうな目で見られると、ルーパスとしても、もう少し説明しなくてはならない気がしてきてしまう。面倒だけど。


「本当はな、あの人間の砦を潰すつもりはなかったんだ、俺はな。

だが、シーニスの奴が突っ走ってしまって、俺は止められなかった。

勿論、あの砦でやっていたという、俺達の仲間への胸糞悪いやり方は、どう考えたって俺だって許せるものではないさ」


そう言って、エルナの頭に置かれた手に、ぐ、と力がこもる。

実際に、ルーパス自身もかなり不快に思っていたのだろう。


「だが、もし砦を落としたりすれば、人間達は本腰を入れて攻撃に来る。

いや、負けるつもりは全くないが、しかし蹴散らせば人間に恨みが残る。

こっちだって無傷にはならないだろうから、もっと喧嘩腰になるだろう。

そうなったら、もう喧嘩では済まない。戦争になる。

それは防ぎたかった。

だが……砦は落ちた。ならば、せめて、これ以上傷口は広がらぬよう配慮せねば」

「故に捕らえた人間を解放するか」


ルーパスの古い友である老犬が言葉を継ぐ。

その常世の物ではない力の流れを見る目が、労わるようにルーパスを見る。


「そうだ。

俺がもしシーニス達に人間を解放しろと言っても、おそらく従わないだろう。

焼け死ぬのを防ぐためとは言え、森に連れ帰ることを認めてしまったからな。

それを、あの男は、シーニス達に諦めさせた上で人間を解き放つ、それには俺の協力が必要だ、と言ってきたんだ。

面倒で嫌だったが、最終的には受けるしかなかったよ」


そこで言葉を区切ると、周囲を珍しそうに見渡した。

人間ならばお祭り騒ぎは見知った光景だろうが、森の魔族達は、こんなのは初めての経験。面倒くさがりだが、この森には珍しい光景に、ルーパスも興味をひかれているようだ。

元々、好奇心も、他者を思い遣る心も、とても強い質なのだ。

エルナも、老犬も、それは良く知っている。


そうこうしているうちに、ユウが指定した場所に到着し、目の前に、大きく開けた景色が広がった。

生命力が過剰なほどに豊かなこの森だが、この場所は芝生が広がり、木々も少なく陽当たりが良いため、森の住人にとって人気のお昼寝スポットである。

この芝生に、近場からわざわざ岩を持ってきて、ぐるりと一周するように配置してある。

ユウの仕業である。


「シーニスに喧嘩を申し込んで、一週間の時間を取って、さて訓練でもするのかと思ったら、食べ物集めして、こんな岩を集めて。

いったい、何をしたいのかな?」


エルナは怪訝な顔で、その岩の円を眺める。


「あの円の内側で、それぞれ喧嘩するんだそうだ。

俺が、その立会人になる。それを依頼された」


ルーパスの言葉に、改めて岩と広場を見た。

かなり大きな円環サークルであり、確かにシーニスが暴れても、そう狭くもなさそうだ。


「俺の号令で喧嘩が始まり、俺が勝ちと思った方が勝ち、だそうだ。

条件は、殺してはいけない、大怪我をさせてはいけない、俺が勝ち負けを決めたら絶対に従うこと。

これはこの祭りに参加する者達、全員に説明しているらしい。

あとな、あの男からは、後に怪我とかになりそうだったら、遠慮なく喧嘩を止めてしまえ、と言っていた」


なるほど。

まあ、そんなことを決めさせられるのは、ルーパスしかいないだろうな。

妖精は、最後に串に残ったメイソルの実を頬張りながら、そう思う。


「お祭りかぁ……懐かしいな。

お祭りの名前とかあるの?」


この一行の中で唯一お祭りの経験のある妖精が、ルーパスに質問する。


「なんでも、『テンカイチブドウカイ』とか言うらしいぞ。

あの男の地元で有名な祭りを参考にした、とか言っていた」


その有名な祭りが架空の祭りであるとは知らずに、ルーパスはそう答えた。


***


「うぉっとぉ!?」


体長一メートルを優に越えそうな、巨大な針山の突撃を、ユウは身を捻り辛うじてかわす。

それと同期して、周囲から興奮した鳥獣の叫び声が聞こえる。

見せ物としては、どうやら観衆に興味を持って貰えたようだ。


改めて、初戦の相手を見た。

なんと言うか、ハリネズミのような外見の魔人である。

サイズ以外は。


日本にいた時に、よく映像で見たのは、手のひらに乗るようなサイズの生き物であったが、目の前のソレは、そんな可愛いものではない。

体格はゾウガメのように巨大であり、針を立てると更にふた回り以上、大きく見える。


その重鈍そうな見た目の癖に、驚異の瞬発力と機敏さ。

そこから生まれるタックルに、あやうく串刺しにされるところであった。


「チマチマ、ヨケルンジャネエ!」


いささか舌足らずな喋りで文句を言った後で、舌を高速で撃ち出して攻撃する。

この舌がまた驚異的に長く、小太刀くらいの長さはあるのではないだろか。


木剣を使いなんとかしのぐが、これに力をかけると触れるだけで怪我してしまうため、今回のような試合では使いづらい。

さてどうしたものか。


当たらない攻撃に苛々してきたのか、次第にハリネズミ魔人の攻撃が激しくなり、舌の刺突攻撃に加え、両前脚による鋭利な爪の攻撃を織り交ぜてきた。

さらに棘を逆立てた状態で体当たりをかます。


「っ!」


人間の動きとは大きく異なる攻撃を捌ききれず、避けきれなかった棘が頬の皮膚を裂き、血飛沫が舞う。


おおおおおーーー!!

観衆も、血を見て興奮の熱が増す。


それを感じてか、ハリネズミ魔人は嬉々として攻撃のリズムを上げ、より激しく攻撃を繰り出した。


「あしもとっ!」


ハリネズミ魔人が下から前脚の爪で切り上げ、上体が少し浮いたところを見澄まして、後脚に蹴りを入れる。

バランスを崩し、ハリネズミ魔人はそのまま前のめりに、ばーんと倒れた。


起き上がる隙を与えず機敏に後方に回り、両足首をつかみ、ジャイアントスイング!

そのまま放り出した。


「勝者、ユウ!」


岩の仕切り線を超えて飛んでいったハリネズミ魔人を見て、ルーパスは勝利宣言を上げる。


おおおおおーーー!!


また観衆が叫んでいる。

トーナメント式で順次勝ち上がった強者同士がぶつかり合う、熱い展開。

普段、こう言った見世物には縁がないだろうが、こういったバトルは、魔族にとってやはり見ているだけでも心踊るようだ。


この喧嘩祭りが始まった経緯から、俺がシーニスと戦うのは決勝、と決められている。さて、あと何回勝てばシーニスにぶつかるのだったか。

一回戦目からこれでは、後が思いやられる。


それでもシーニス以外には負けることはないだろう。うっかりがなければ。

あとは、シーニスの試合を観戦しながら、奴の攻略方法を見つけるだけ。


……そう、俺はまだ、シーニスへの勝ち筋を見つけられていないのだった……


***


「おつかれー!」


エルナと妖精が、笑顔で手を振って、俺を迎えてくれた。


……学生時代の学校行事を思い出して、ほんのり胸が暖かくなる。


このケンカ祭りを催すに当たって、様々なことを一緒にやったり、お願いしたり。

そうして何かを一緒に成し遂げ、お互いに笑顔になれる。

気がつくと、なんか仲間なんだなぁ、という気持ちになる。


脱け殻のようになって様々なことに思いを巡らせていた先々週。

課題解決のためとにかくいろいろな現実的思考を行い、それ以外は考えられずにあちこち駆け回った先週。

その彼に向かって手を振ってくれる者達を前にした今。


ようやく俺は、この世界に確かな手応えを感じられたような気がした。


この世界に拉致されてきて、様々な辛い出来事があり、正直、ここは自分の世界ではないと思っている。

だから、自分が何のためにこの世に生きているのか、わからない。


それでも、顔をあげて、この世界を見てみよう。

俺を受け入れてくれたこの仲間と共に。


こんなタイミングではあるが、初めてそう、実感した。


***


「勝者、シーニス!」


ルーパスの手が上がり、シーニスを指し示した。

事前に教えた審判の所作動作もなかなか決まっている。

散々、嫌がっていたが、ルーパスもあれで審判役を楽しんでいるのではなかろうか。


相手の猪魔人も、かなり敢闘はしたのだ。


体長二メートルを越えるであろう巨体に、全身を覆う黒い剛毛。

下顎から突き出す牙は研ぎ澄まされ、槍の穂先の様に鋭い。

少し距離を取り、その巨体を丸くしてから爆発的な瞬発力で飛び出し突撃する様は、以前見たトラックによるドラッグレースの迫力を彷彿させた。

あの勢い、あれにまともに当たったら死ぬわ!


その凄まじい勢いの突撃を、シーニスは真正面から受け止めた。

うそやん!


確か、猪って、体長が一メートルくらいで、体重が五十キロくらい、だったか?

あの猪魔人は、見た目で二メートルくらいだから、一辺が倍として、体積は二の三乗で八倍くらい?四百キロ?

相撲取りの平均体重が百五、六十キロくらいと聞いたことがあるから、相撲取りが二、三人がかりでぶちかましたのと同等以上の衝撃力。

これを止めた、ということ。


「あの突撃を受け止めるとか、ないよな……」


嘆息、それしかない。


「ああ、そういえばユウって、シーニスを倒さないといけないのだっけ?

あれは大変だよね」


と言いながら、エルナがコロコロと笑う。


「おまえ、なにかアレに勝てるアテはあるのか?」

「ない……」


蜂鳥の突っ込みに、力なく答える。


「ホント言うと、シーニスが戦っているところを見て決めるつもりだったんだ。

もうちょっと、頑張ってくれると思ったのだけど……」

「止められたら終わりだからな」


老犬が言葉を繋いでくれた通り、あれでは余り参考にならない。


「シーニスの弱点とか、ないのかな?」


妖精が老犬に質問した。


「ある。

だが、この男には狙えぬ」


ダメ出しだった。


「やっぱり、あたしが出た方が良かったかな?」


エルナが、少し困った顔で言ってくれた。気を遣ってくれているのだろう。

気持ちは、とてもありがたいと思う。

だけど……


「いや、前も話した通り、エルナとシーニスがぶつかってエルナが勝つと、たぶんシーニスの収まりがつかなくなると思うんだ。

基本的にシーニスは、強さを見せつけて他を押さえているから、負けっぱなしでは手下への示しがつかない。

おそらく、勝てるまでケンカをふっかけられることになるだろう。

それは嫌だろ?」


それを聞いて、エルナは困り眉のまま、こくこくとうなずいた。


「ま、俺ならシーニスに勝っても、後の事はなんとかするから」


そう、この森のパワーバランスを尊重しながら、人間達を解放するには、よそ者の俺が勝つしかないのだ。

まぁ、それでシーニスとの関係が決定的に悪くなったら、森を出ていかなくてはならないのだが、そんなことをエルナに伝える必要はない。


とはいえ、まずあのサイモドキ野郎をなんとかできないと、意味がないのだが、さて、どうしたものか……

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