第31話 赤仮面の憂鬱

コヴァニエ砦が魔族の大規模襲撃にあい陥落した日。


まんまとシーニスの計略に乗ってしまった赤仮面ことメフルは、対魔族戦用装備に身を固めた百騎と共に、南へ急いだ。

彼の雇い主たる貴士きし様の実質的な主たる奥方様から直々に命令され、不本意ながら現場に向かわなくてはならなかったのだ。


「……たく、ついてねぇな」


数時間の騎行の後、昼の休憩に入る。

簡易天幕の中で、忌々しい仮面を外してくつろぎながら、炙った肉と、少しの酒を食らった。


流石にまだ馬に乗らなくてはならない関係上、腹が満ちるまで飲食するわけにはいかないが、酒くらいは飲まないと気が晴れない。


「だいたいよぉ、あのババア、俺をアゴで使えるとか思っているのがおかしいんだよ」


メフルは一人言が多い。

素顔を晒して気安く話をすることができなくなった影響だ。

仮面を外して一人になると、今度は話し相手がいないのだ。


前はこうではなかった。

こんなこそこそする人生ではなかった。

そう思うと、胃がよじれる程の屈辱を感じる。


「隊長!!」


天幕の外から、メフルを呼ぶ声がする。

ちっ、と舌打ちをして、仮面を被り直した。


「入ってこい、何だ!」


どんな場合でも、決して許可なく入ることを許しはしないことを徹底された部下は、恐る恐る入ってきた。


「コヴァニエ砦から連絡がありました!

先ほど、第三魔王軍と見られる魔族が、大挙して砦に攻めて来た、とのことです!

既に正門は突破される寸前、と言われました!

ご指示を!」

「うるせぇ!」


とりあえず手近にあった酒袋を投げ付けてから、メフルは考える。

早朝に砦を出て、既に昼。

このタイミングで攻勢の連絡があったということは、メフル達の出発を見届けてから行動に移したということか?

そこまで理性的に行動を取るのなら、砦への襲撃にも、相応の頭数を揃えただろう。


あの単純に見えるシーニスがそれを指揮したというのも疑問だが、しかし明確に否定できるほど相手を知らない。

つまり、計略を用いる相手、という前提で考えなくてはならないだろう。


連絡があった時点で、門が危なかった。

なら、持ってあと一時珠いちじかんといったところか?


腕に嵌めた連時珠を見る。

二十四の珠のち、既に十一が消え、十二個目も薄くなっている。

約十一時半。

ここまで五時珠ごじかんかかったので、急いで戻っても、到着は精々四時といったところか。


既に砦は落ちていると見た方が良い。

なら、大半は砦内に入っている可能性が高い。

計略を用いたとは言え、魔族が後詰めを用意するとは思いがたい。

下手に斥候を出すより、全力で戻った方が良いだろう。

仮に待ち伏せがあったり、想定に反して後詰めが配置されていたりしても、自分が先陣にいれば何の問題もない。

多少の被害は出るであろうが、気にすまい。


ざっと考えを巡らせ、方針が決まったため、酒を頭からかぶった部下の傍らを抜け、天幕を出る。


「休憩終わりだ!

これから、全速力で砦に戻る!」


メフルの声が響き渡る。

兵士達は一斉に起立し、彼に従った。


***


案の定、魔族は待ち伏せも後詰めも置かず、斥候を出さずに全員で急いだことが功を奏し、最速で帰還できた。

だが、完全に破壊された正門を見ながら、自分達が手遅れであったことを悟る。


入り口から見える城館の、最上階に設置された弩弓に人が配されていないのを見て、既に陥落したか、少なくとも有効な攻撃手段に兵を避けないほど切羽詰まっている状況であることが分かった。


(負けたか…)


メフルは、頭の中で、ひとり結論づけた。

ここに来て頑張る理由など、彼には一つもない。

負け戦は、負け戦。

まあ、奥方ババァの指示で砦から離れている間に起こった負け戦なのだから、彼への責は限定的だろう。個人的には、責任などない、とメフルとしては言いたい。


「火箭を装備し、砦内の主要な建物に放て!

残る魔族を焼き殺せ!」


メフルの号令に、一部の配下が驚き、反論する。


「お待ちください!

まだ砦には民間人や、兵士が残されています。

まずは捜索と救出を!」


メフルは、発言したその兵士を冷たい目で見遣り、否定した。


「阿呆が。

たかだか百騎程度で、この戦場を捜索するなど、自殺行為だ。

この様子を見る限り、どうせ兵も民も全滅だろう?火をかけて、魔獣どもを炙り出し、駆除する。

それが効率的であり、合理的と言うものだ、余計な差し出口を挟むな!」


ぐ、と一瞬口ごもるが、その兵士は、それでも顔を上げ抗弁した。


「それでも!

まだ民も兵も、残っている可能性があります!

どうか、お考え直し下さい!」


緊張した面持ちでそう提言する部下を見て、メフルは、ち、と舌打ちした。

顔をぐい、とその兵士に近づけ、両頬を鷲掴みにし、その兵にしか聞こえない程度の声で、耳元で囁いた。


「あのな。

逃げ遅れた愚図や、外に出る力もない屑は、死んでいるのと同じだ。

つまり、ここの民も兵も皆、死んでんだよ。

そう思え。

そして従え。

次は言わんぞ?」


そう言って、乱暴に兵士を離した。


一度、踵を返す素振りを見せ、兵士の様子を伺う。

反抗的な視線でこちらを睨んでいる。

そうか。あくまで逆らうか。


「ぎゃあっ!?」


メフルが振り向き様に、剣を振り下ろす。

肩口から斜めに切り下ろされ、抗弁した兵士は力なく崩れ落ちた。


血の滴る剣をぶら下げたまま、既に死体となった兵士を蹴り飛ばして脇に寄せ、驚く兵達の方を睨む。


「てめえら、コイツのようになりたくなければ、俺の言うことに逆らうんじゃねぇぞ!?

もし、文句のあるヤツは居るなら、いまここで名乗り出ろ!」


そして、睨みながら、呼吸十回分ほど黙って兵士の様子を伺う。


まあ、大丈夫だろう。

兵士達の様子を観察し、そう結論付けたメフルは、再び馬に跨がる。


「火箭の準備は出来たか!?

たらたらしてるんじゃねえ!

すぐ出発だ!!」


***


火箭。


特定の樹木から採れる樹液と、その樹に生る実をすり潰し、混ぜ合わせてできる粘液。

これを中空の太い矢に詰め、先の粘液の材料になった樹に生えるトゲを矢尻として付けると、そのトゲに含まれる成分が反応して粘液が変質。

矢として射た後に、標的に当たり矢尻が砕け、矢尻内の物質と内側の粘液が接触し爆発、と同時に粘液に引火し飛散。

周囲に炎を撒き散らし、火の海に沈める武器、それが火箭。


基本的に建造物は木造であるこの世界だが、その建材とする木は極めて難燃性の高いものであり、付けようと思ってもそうそう火はつかない。

それでも、火箭はその防火性を上回る着火性能を持ち、これに射かけられると建造物はいずれ焼け落ちるまで燃え盛る。

対魔族戦に非常に有用であると同時に、人間同士の争いでも活躍する。

それが火箭という武器である。


「火箭はありったけ射こめ!

建物に潜む魔獣を逃がさぬよう、入り口付近を狙え!

物陰も忘れるな!」


コヴァニエ砦の中は、火箭を射かけられ却火に包まれた。

建物に民間人が残っているか、などお構い無い。

時折、実際に建物から魔族が飛び出して襲いかかるが、待ち構えた兵士達の格好の獲物であった。


うらああああぁぁぁ!!!


兵達も、異常な高揚感に包まれ、雄叫びを上げながら、大通りを馬で疾駆し、手当たり次第に火箭を射かけた。


御館だあ!


目の良いものが叫んだ。

砦内で最大の建造物である城館が眼前に広がる。


常人よりも遥かに視力の高いメフルはとっくに城館の観察をしていた。

入り口が破壊されていること、窓から時折見える影は魔族のそれであること、既に建物に火が回り始めていること。更に、最上階にも、大きな黒い翼を持つ何者かが、大きな物を抱えて飛び去るのが見えた。


既に城館は落ちていると見なす。

恐らく、かなりの数の魔族が建物に入り込んで、破壊に、殺戮に酔いしれているはずだ。

ならば、城館ごと魔族どもを炎に沈めてしまうのが上策。

中には、あるいは怪我人や民間人などの生存者もいるかも知れない。

知ったことか。

魔族の討伐こそが俺の功績。

足手まといの救出など、余事でしかない。


メフルは、そう心を定めた。


「総員、火箭の準備!

標的、正面城館!

館内の魔族を逃さぬよう、正面入口、窓を優先とせよ!」


ここまで聞いて、兵士達の頭に「館内の生存者は?」という思いがよぎる。

そして、同時に先ほど切り殺された同僚を思いだし、自らの思いを心の奥底に隠した。


「射てーーー!!!」


メフルの号令と共に、兵士達は一斉に火箭を放った!


***


「おい、燃えてるぜ!」


城館の中で、兵士達を追い詰め、備品を破壊して回っていた中で、一体の魔人が叫んだ。


「あぁ?何だと?」


気持ちよく破壊していたのに水を差された気分で、シーニスは叫び返した。

そこら中で、シーニスは建造物を燃やしているが、とはいえ本格的に火が回るにはまだ時間があるだろう。何を騒いでいるのか。


手近な窓から外を眺めると、窓の外を黒煙が覆っていた。

驚き、窓から外を見ると建物の外壁各所から火が出ている。

外壁には火をつけていないはず。

更に、見えづらいが、外には多数の人間の気配。

何かあった。


「おめぇら、敵だ!

今すぐ逃げろぉ!!

外に人間がいるから、けちらせ!!」


シーニスが大声で吠えた。


むしろその剣幕に驚いた魔人や魔獣は、我先にと入り口から飛び出す。


「ぎゃああ!」


飛び出した者達の悲鳴が響く。


「何事だぁ!」


入口で群がっている者達を押し退け、シーニスが外に出る。

外には、地べたに倒れ伏す仲間の魔族達がいた。


このやろう!


怒りで警戒心が薄れ、無造作に足を踏み出した。


ひゅどどどどっ!!


激しい音を立て、シーニスの体や周囲に矢が突き立ち、炸裂する。

シーニスの分厚い皮を通して衝撃が内臓まで響き、思わず膝をついた。

表皮に火が移り、燃え盛る。


熱い。

炎を操る魔人であるシーニスは、通常の魔人よりも炎に耐性がある。

それでも、体に直接火が着くのは、さすがに持たない。


……熱い。


周囲の揺らめく景色と、気道を焼く熱気。

呼吸すら苦しくなり、体は痛みを通り越して石を背負っているかの感覚に陥る。

視界は狭まり、霞む。

意識が朦朧としてくる……


……いつか、似たようなことがあったような……


以前、シーニスが小さかったころに…

同族の仲間がいっぱいいて…

森の中で暮らしていて…

ある日、突然森が燃え上がり…

森も、棲処も、仲間も、炎に包まれて…

小さかったシーニスは固まり、ただそれを見ていて…

その炎は恐ろしくて、恐ろしくて…


『うらああぁぁぁぁ!!!』


シーニスは全霊を籠めて咆哮する。

自分の過去も、無力も、絶望も。

身に纏わりつき、彼を蝕むこの炎も。

全てを吹き飛ばし、打ち克つために。

大切なものを奪った、憎い炎を屈服し、従え、二度と同じ目に会わないように。

彼とその仲間を脅かすものから守り、蹂躙するために。

シーニスは、彼の全てを籠めて吠えた。


シーニス自身を蝕む炎が、彼の周囲を囲む炎が、仲間を阻み脅かす炎が。

音を立てて弾け、消えた。


「くそだらあああぁぁぁ!!

ぜったいに許さねぇ!」


シーニスは、立ちはだかる敵を、呪い殺す思いで睨み付けた。


前に立ちはだかる人間の兵士達は、その迫力にたじろぎ、浮き足立つ。

ただ一人を除いて。


「すげぇじゃねぇか。

あの状態から火を制し、その上でその迫力……さすが、魔将なんて大層な呼び名で呼ばれているだけのことはあるな」


ニヤニヤ笑いながら、まるで臆するところなく、メフルが話しかけた。


「殺す……殺してやる……」


フー、フー、と荒く息をつき、睨み殺す気持ちで見続ける。


だが、そこまでだった。

もう、ろくに動くことも出来ない。

炎が彼を蝕んだダメージは、もはやシーニスが動くことも許さない。

気力で対峙しているだけだ。


「さて。

魔将の首でも持ち帰れば、俺の格好もつくというもの。

折角だから、手土産になってもらうぜ」


そういって、剣を引き抜き、ゆっくりと歩み寄り―――


ざっ


突風が吹いた。


城館の入口周辺の炎が吹き飛び、メフルと黒く焦げたシーニスの間を阻むように、立ちはだかった。


「……第三魔王、ルーパス、か……」


二足歩行の巨大な狼。

人間達からは第三魔王とラベル付けされた、名実共に第三魔王領の首領。


それが今、強烈な敵意を籠めた視線で、メフルを見ていた。


(分が悪いな……)


今のメフルでは、ルーパスには勝てない。

いや、勝てるかも知れないが、相手の能力も知らない上に、自分の立ち位置も準備も不足している。


ルーパスが動いたなら、他の魔将も既に動いているかも知れない。

こちらはたった百騎、火箭も殆どない今では、装備も心もとない。


ちっ。


ひとつ舌打ちして、メフルは全員に撤収を指示した。


***


「酷い有様だな……」


ルーパスは辺りを見回し、嘆息する。


「止むを得ぬ。

アレは強い」


隣で、長年の友である老犬が呟く。

途中で出会い、ここまで誘導してもらえたお陰で、真っ直ぐ来ることが出来た。

彼の目は、本当に信頼できる。


「ともかく長居は無用、と言いたいのだが……」


シーニスを初め、怪我をした者達が多数伏せており、未だ続々と魔族が出てくる城館には生存している人間もいると言う。

人間は敵だが、ルーパスとしては殊更に敵対するつもりはなく、不要な遺恨も残したくない。つまり、救助くらいはしておくべきだろう。


でも、シーニスはそんなやり方は甘いと抗議するのだろうな……

そんなことを考えていると、全てが面倒になって、投げ出したくなる。


あーあ、全部投げて旅にでも出たいなぁ、などと益体もないことを考えるルーパスに声がかかった。


「皆と人間を回収、帰ろう」


そう言って、老犬はルーパスの手をペロリと舐めた。


そうだな、仲間が彼の庇護を必要とする限り、彼はまだ帰らなくてはならない。

出奔は、役目を終えてから。


そう自分に言い聞かせ、ルーパスは皆に声をかけるべく、息を吸い込んだ。


***


「メフル様が御戻りになりました!」


薄暗い執務室に声が響き渡る。


白髪を隙なく結い上げた肉付きの薄い女性が、糸杉のように背筋を伸ばし佇んでいた。

黒を基調として要所に金糸や銀糸の刺繍を施されたドレスを纏い、決して大きくないが良く透る声で応じる。


「通しなさい」


メフルは、赤い仮面の位置を確認しながら、室内へ進んだ。


静謐な空気に満ちた、広く薄暗い部屋。

メフルはあまり好きになれない雰囲気だが、仕事だ、やむを得ない。


世に出づらい事情を持つ彼にとって、それを知りつつ庇護を与えるこの家のような存在は、どうしても必要だ。

少なくとも、人間社会において足場を作るまでは。


「外しなさい」


この部屋の主たる彼女は、メフルの後ろに控えるこの家付きの従者達を目線で指定して、メフルと二人にするように命じた。


女性と怪しげな男を残して外せという危うい指示に一言も反論することなく、従者達は恭しく一礼し、部屋を出ていく。


「報告を」


彼女の指示は、非常に簡潔だ。

その端的な言葉を頭で補完する際に、彼女と意図した内容と異なりでもすれば、次に目通りが叶うことはない。

メフルは、事実と推測を明確に分けた上で、コヴァニエ砦陥落のあらましを報告した。


彼女は目を閉じて、黙って聞いていた。

その間、姿勢は全く崩れない。

まるで人形か何かを前にして居るかのように。

報告を終えたあとも、暫し沈黙を保った後で、一言だけ発した。


「それで?」


こういうのが一番困る。

何について聞きたいのだろうか?

それを彼女に問いただせば、その時点で罵倒の嵐を食らい、さらに質問者の評価も激減する。


彼女の思考をトレースし、当たらずとも遠からずの回答を導けば、彼女は評価を下げずに補足してくれる。

しかも、こういった端的な質問をしてくる場合、大体において、考えれば想定可能なケースが殆どなのだ。

故に、まずは自分の頭を精一杯、動かさなくてはならない。

おそらく、今回の件の敗因をどこに置いているのかと聞かれているのだろう、と仮定する。


「今回の事変ですが、先日の捕獲した魔人が逃走した事件の連なりで発生したものでしょう。

同族の悲惨な最期を知り、一部の過激派が捨て身で挑んできた、と考えます。

それに対して事態の深刻化を嫌った魔王が出てきて、早期収束を図った。

故に、今後の事態悪化の可能性は低いと考えます」


この時点で、彼女の表情は、ピクとも動いていない。

恐らく大きな間違いはないのだろう、メフルはそう踏んで続けた。


「今後、別の砦でコヴァニエの代行をするにせよ、コヴァニエに砦を再建する場合にせよ、同様の事故を防ぐには、より早急かつ確実な処刑を実施するように、規則を修正いただければ、再発は防がれるかと考えます」


敢えて民間人の犠牲の方ではなく、同じ失敗を繰り返さない、という課題の方を回答する。

この女なら民間人の犠牲など歯牙にもかけないとは思うが、余計なことを思い出させる必要など、ない。


言葉を結び、微動だにしない女の目を見る。


やがて、女の目がやや細められ、少しトーンの上がった声が発せられた。


「今後の規則になど言及するとは、砦長気取りですか?

砦の陥落も防げなかった不心得者が、増長するものではありませんよ」


予想以上に厳しい言葉が返ってきた。

ふざけんな、俺が砦に居なかったのはお前が余計な口出ししたせいじゃねぇか、と言いたい気持ちをぐっとこらえる。

あの状況から取って返し、魔軍に一矢報いることができたおかげで、防衛責任を担うこの家の名誉を支えるのに役立ったんじゃねぇか!


そう思いながら、表情を読まれぬよう、やや俯く。

そのメフルに、続けて言葉が発せられた。


「魔人の分際で、余計な気を回すのではありません。

お前は、魔王にすらひけを取らないと言った、その個人的な戦闘能力を見せれば良い。それだけで良い。

戦略だの運用だのは、人間様が考えるものです。

お前は、一人ででも戦っていれば良いのですよ」


淡々と紡がれる酷い言葉に、怒りの余り血の気が引くメフル。


「お前が、この世界で人がましい生き方をしたいのなら、当家くらいの力ある貴族の庇護が必要です。

お分かりでしょうがね」


そう。

この女の言うことは正しい。

屈辱だが、今は耐えるしかない。

意思の力を総動員して、とにかく今は耐える。


その様子を無表情に眺めた後で、その女は、メフルに向かいこう告げた。


「コヴァニエの砦が落ちたのです。

埋め合わせるには、魔王の首ぐらいは持ってきてもらわないとなりません。

それであれば、新しい砦の砦長くらいの役は考えましょう。

功績をもたらす者に相応しき報奨を。

決して、この言葉に偽りはありません」


そう言って、手振りでメフルに下がれと示す。

慇懃に一礼し、無言で下がるメフル。

この屈辱、砦長の地位を戴いたら、その後で存分に返してやる。そう心に誓う。


想定外の難題に憂鬱になりながら、赤い仮面を被り直して、メフルは廊下を歩き始めた。

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