第28話 城館の攻防

ドン!ドン!ドン!


分厚い背に連続して巨大な矢が当たり、体表で炸裂する。


「くそだらぁっ!!」


シーニスの分厚い皮もひび割れ、血がぬらぬらと流れ落ちる。


砦の中央付近に位置する実用本位の武骨な城館、その周囲には夥しい数の魔獣の死骸が散乱していた。


城館の上から、中背だか横幅のある身体に太い鎖を巻き付けた男が、シーニスとその周囲の魔獣を見下ろす。


「くそっ、シーニスの野郎、まだ諦めないのか……」


この城館は、見た目は大雑把だが対魔人用の設備を施され高い防御力を誇り、かつ彼らの主家であるウルザイン家から賜った多数の武具を格納している。

それ故、魔将とカテゴライズされている強力な魔人シーニスといえど、おいそれと負けるつもりはない。

だが、決して多人数を収用できるわけではない。砦の非戦闘員を匿うこともままならず、収容できなかった者達は蹂躙されるがままである。


考えるだけで、はらわたが煮えくり返る。


それに、性格は鼻持ちならないが個人で魔族に対抗できるという触れ込みの赤仮面は、主家の奥方の指示で不在だ。

折角の武力が使えないとは、無価値の極みとしか言いようがない。普段、我慢してやっているのが、無駄になるではないか。

店で金だけ払って、受け取ったのが欠陥品、くらいの気持ちだ。

心底腹が立つ。


「あと、奴らはどれくらい残っている?」

「は、魔将級はシーニス一体、魔人級と思われる個体は五十七体、それに魔獣が三百程度かと」


かなり退治したつもりだったが、まだ数が多い。


「城館にいる人数は?」

「兵士があと百二十くらい、避難民が百前後です。」


兵士の数が随分と減った。

守る分には問題ないが、攻めるとなると、最低でもこの三倍は欲しい。


忌々しいが、赤仮面の野郎が戻ってくるのを待つしかないか。

だが、砦の住人達の安否が気になる。

そんな時間を浪費していいのだろうか。


戦士長と呼ばれる男は、そんな焦燥にかられながら、むっつりと押し黙った。


***


肺が焼けるように熱い。

俺は、息を切らしながらも、なんとか城館の前に立った。


ここに来るまでに、人間の兵士にも、魔獣にも、区別なく襲われた。

こちらも区別なく切り捨てた。

この砦に入ってから、どれだけ命のやり取りをしたか分からない。


そして、目の前に、敵の本拠地と言える建物がある。

ここを攻略できれば、自分の心を黒く塗りつぶそうとする何か、その元凶を排除することができるだろうか?

そうあって欲しい。


だが、具体的にどうするかが問題だ。

城館と呼ばれる建物は、ざっと見た感じ、五階建てくらいだろうか。

周囲を倒れ伏した魔族や兵士が折り重なり、さらにその周りを大量の魔族が取り囲んでいた。

魔族達はいずれも満身創痍であり、それでも猛っている。

完全に包囲された建物。その包囲側の面々は、俺と険悪な関係であるシーニスとその仲間達。

どうみても、建物に取りつく隙もなかった。


更に、城館も、出入り口は封鎖され、低い階層は窓の類いを固く閉じられており、三階層以上は窓から矢を射てくる。

侵入する隙が見当たらない上に、近づけば攻撃に晒される。

仮に城館に取り付けたとしても、もともと城としての機能を持つ構造体なのだから、その堅牢性も推して知るべし、である。


「こんくそがぁっ!!」


シーニスが吠え猛りながら、その巨体で建物に突進する。

いい音がするのだが、目に見えた破壊痕はない。


「だらぁっ!」


両の掌に赤い炎を灯し、建物に叩きつけているが、引火はしていないようだ。

木造なのに、焦げ目すらない。

すごい木材である。


ドン!ドン!


上から巨大な矢が降ってきて、シーニスは止む無く後退した。

あの矢の大きさから見て、弩弓のようなもを垂直近い角度に射ち下ろしているのか。

その矢は大きいだけでなく、接地したタイミングで爆ぜるようで、シーニスでもかなり痛そうだ。


他の魔獣などが近づくと、三、四階あたりの窓から矢が射られる。

さらに、屋上には、シーニスに向けて放たれている弩弓のような設備が複数ありそうである。


こうして見ていても、本当に侵入する隙がない。


とはいえ、このまま、ぼーっと突っ立っているわけには行かない。

シーニス達が攻め込む前に、なんとか中に入り、俺の手であの戦士長に報復出来ないだろうか。

満身創痍で、懲りもせず、遮二無二、城館に突進するシーニスを凝視していると、ふと気づく。

あれは……


「ユウ!やっと追い付いた!」


後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこには老犬と、その背に乗った妖精、そして頭に埋もれている蜂鳥がいた。


「お前ら、なんでこんなところに!?」

「ユウがいきなり飛び出すからだろ!?」


妖精はそう言って憤慨する。

いや、回答になっていないんだが。


いまは、そこに拘っている余裕はないか。ぐずぐずしていると、敵が寄ってくる。

かなり強引だが、城館に入る方法を思い付いた。

危険極まりない上に、多少手段に問題はあるが、どうせシーニス敵視されているのだから構わない、と割り切る。


時間がない、せめて妖精達には諦めてもらわなくては。


「危ないからお前らはここから引き返せ。俺は、とにかくあいつらに借りを返さないと、普通に戻れないんだ。

だから行く。

お前らは危険だから、戻っていろ!」


そう言うなり、シーニスに向かって駆け出す。

そのシーニスは、相も変わらずに城館に向かって突撃を始めた。


どごん!と凄まじい音を立てる城館の壁だが、壊れる気配はない。


「ぐっ!」


また弩弓の攻撃があると分かっているので、素早く身を起こすシーニス。

実際、城館の最上階では、照準を定めようとしている。


この一瞬が勝負!


「おらぁっ!!」


掛け声と共にシーニスの背中めがけ飛び上がり、首の辺りに足を掛け、更に飛び上がった。


「ぬぉっ!?」


顔の脇を、弩弓から放たれた極太の矢が通りすぎる。

そのまま三階の窓に手を掛け、荒く組まれた壁面を蹴って窓から飛び込む。

そのまま床をごろごろと転がり、身体を丸めて発条バネを溜めて周囲を伺い――攻撃しようと構える敵は居なかった。


シーニスの巨体と、この肉体の身体能力の高さを信じた賭けだったが、ひとまず突入までは成功したようだ。


屋内は狭い倉庫のようになっており、大量の矢がそこかしこに積まれている。その中に呆然とした弓兵が固まっていた。

チャーンス!


「がべっ!」


部様な声を残して吹き飛ぶ弓兵達。

一応、峰打ちならぬ腹打ちである。


「どいてどいてどいてー!!」

「うぉっ!?」


窓から老犬と妖精と蜂鳥がセットで飛び込んでくる。


「おいおいおい!

こんなとこまで来るなよ!」


まさか、この老犬もシーニスを踏み台にして来たのだろうか?

ちらりと窓の下を見ると、シーニスが怒り狂い、身体中から炎が飛び散っている。

さらに、その炎を吹き出した風圧に押され、矢も散らされているようだ。


それ出来ていれば、そんな怪我しなくて済んだだろうに……自分の能力を使いこなせていないのだろう。

つくづく残念な奴である。


ばぁん!


と、突然部屋の扉が開く。

その先には、弓兵が五名ほども、弩をこちらに向け構えていた。


まずい!

射たれる!


「うわぁぁぁ!!」


悲鳴を上げたのは弓兵の方だった。

目の前に巨大な火の玉が現れ、彼らに向かい襲いかかった。


びぃん!という少し抜けた音と共に矢があらぬ方に飛ぶ。

焦って射ったのだろう。


「ぎゃあっ!!」


炎が消えた直後、老犬が弓兵達の中に飛込み、あっという間に倒してしまう。

いつも寝そべっている印象しかないのだが、その動作は俊敏であり、判断は正確。ちょっと驚いた。


「殺しては……いないのか」


地面に転がる兵達を見たが、ほとんど流血もない。

とても、通常の物が見えないとは思えない動きだ。


「へッ!

なんのためにオレ様がここにいると思ってやがんだ。

オレ様がオイボレの代わりに見てやってんだよ!」


なんと、無意味に頭に乗って居た訳ではなかったのか!


「コラテメー!

いまオレ様ことをバカにしただろ!」

「え?何で分かった??」


しまった。

思わず素で答えてしまった。


「この鳥は心が分かる。

又、伝えられる」


老犬が補足してくれた。

ユイと似たようなことが出来るのか?

すごい隠し芸だな。


「うぉぉぉ!」


兵士達が飛び込み様に剣を振り下ろしてきた。

老犬はひょいと横に避け、振り下ろされた腕を咥えて器用に投げ飛ばす。

一緒にいた兵士達を巻き添えに、壁に叩きつけられていた。

倒れて動かないところを見ると、投げられ巻き込まれた兵士達はそのまま気絶したようだ。


そうだ、こんなところで留まっているわけにはいかない。


「なあ老犬、廊下に兵隊はいるか?」


それを聞き、老犬はぐるりと周囲を見回した。


「廊下に数人、近づいている。

他の部屋に何人か。動きはない」


他の部屋まで分かる?

壁に関係なく見通せるのか!

普通の視覚が使えないのは不便だが、すごい能力だ。


とまれ、状況は分かった。


「俺は上に行く。

お前らは下に行け。

入口を開いて他の奴らを入れろ。

退路を確保しよう」

「承知」


この城館をこの人数で落とせまい。

それに、俺はともかく、こいつらには逃げ道が必要だ。

こいつらの能力なら、入口まで無理せずに到達できると期待する。


老犬の返事を聞きながら身を低くして廊下に飛び出す。

廊下に兵が五人、抜き身の剣をぶら下げ息を潜め待ち構えていた。


俺の動きに兵士達が素早く反応し、囲もうとしつつ、剣を振り上げた。

そこに頭から突っ込み、俺は一気に正面の三人を斬り伏せる。

残りは……既に老犬が倒してくれていた。


それを確認すると、広間の中央にある階段目掛け走り出す。


「オイ、ムリすんなよ!

オマエが戻らないと、このチビスケが泣くからな!」

「ユウ、気をつけてね!」


去り際に気遣いの言葉がかかった。

少しだけ、腹の中に淀んでいる何かが緩むような、そんな感覚を感じながら、階段を駆け上がった。

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